『みじょかもんの祈り ー 心の貧しい人は幸い? ー』

03. 「後期高齢者ショック。」

エピソードの総文字数=1,424文字

第1段階の実習。
朝の8時から始まり、夕方の5時に終わる。

ここは、特別養護老人ホームである。

初めて行った日のことは、よく覚えている。
利用者との最初の対面は、朝食の時だった。

介護福祉士の方々が、横に立ち食事の介助をしている。
教師生活の中で、老人ホームに来たことはあった。
しかし、30分程度、生徒が歌をプレゼントするボランティアの引率だ。

高齢者の方々が食事をしている姿を見るのは初めてだった。

驚愕。

自分より、40くらい年齢の離れた方々。
人生の大先輩の姿。

首に布を掛けられ、スプーンを持つが、それで自分の皿の中にある食べ物をグネグネかき回す。
ある方は、机をホークで突く。
ある方は、ヨダレを垂らして寝ている。

施設を利用しているのは、後期高齢者。
75歳以上の方々である。

入居できるのは、要介護の認定を受けている人で、認知症や寝たきりの方、障がいを持っていらっしゃる方だった。

居室には4人の方のベットがある。

食事は大きなフロアで、何十人いう方々が一緒に食べる。
食事の介助で職員は大忙しだ。

食事の介助は、第1段階の実習生はできないことになっている。
第1段階の目的は「コミュニケーション」だ。

この2週間は、会話をすることに徹し、他は洗い物をしたりなどをした。

1日中、コミュニケーションを意識して過ごすのは、本当にシンドイ。
何か介助などをさせてもらえればいいのだが、何もせず、ただ横に座り話しかけるだけ。

Aさんは、 80歳くらいの180センチくらいありそうな大柄の男性だった。
ある日、港近くでお祭りがあるので付き添って散歩する行事があった。

寝ている男性に声をかける。
「おはようございます。今日は、お祭りですよ。一緒に行きましょう。」
ベットで寝ている男性は、目を開き、私を見つめる。
「何ね?、、どがんしたとか?祭り?、、行くとね?、、あんた誰ね?」
「私は、この間から実習に来ている森です。よろしくお願いします。一緒に着替えて行きましょう。」
男性は、体をゆっくり起こす。
私は、着替えを手伝い、彼の髭を剃る。

歩幅は狭く、ちょこちょことした足取りで前に進む。
彼の横に付き添い、エレベーターに連れて行き、降りて行く。

バスの入り口のステップに、彼が足をかけた時、私の方を見て言った。
「あんた誰ね?、、、どこ行くとね?、、、、」
「え?」
「何しようとか?、、」
「え?、、え、、あ、森です。今週から、、、」
最初の自己紹介から10分も経っていない。

彼は先程のことを全く忘れてしまっているのだ。
認知症を患っていた。

認知症の人にとって、恐怖は2つの意味があるそうだ。
1つは、目の前にいる相手が、毎回、「初めて出会う存在」であり、「自分が何をしているのか分からない」ということ。
(過去に出会った人、家族などは覚えているらしい。)
もう1つは、「さっきまでのことを、自分が忘れてしまっているのではないか」という恐怖。

彼にとって私は、毎回、初めて会う男である。
その男に、知らない場所で向き合うのだから、恐怖だろう。
このやり取りは、祭りから帰って来るまで、何度も繰り返した。

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