【共幻社公式作品】ジャングルに虎がいる

1-05 お伽話の詳細

エピソードの総文字数=2,343文字

 むかしむかし、南の国を治める王さまが、ジャングルの王と呼ばれる一頭の虎と賭けをした。
 王さまは『おまえの住むジャングルもまた、わしの領土なのだから、真の王はこのわしだ』と言い、虎は『おまえはたくさんの強い兵士を率いているが、しょせんは弱い人間にすぎない。その兵士の誰もわしに勝つことはできないだろう。真の王はこのわしだ』と言った。
 そこで王さまは国中におふれがきを出して勇者をつのった。

『ジャングルに住む虎を倒した者に、望むものを何でも与える』

 城下町とジャングルは、一本の川でへだてられていた。
 川には一箇所だけ橋がかけられていて、橋の真ん中には賢いオウムが住みついていた。
 オウムはそのおふれがきが出た日から、いくどもその橋を渡ってジャングルへ行く人間を見送っている。
 オウムはその人間たちに、いつも同じ問いかけを続けた。
 なぜジャングルに行くのか……と。
 返ってくる答えも、いつも同じだった。

「ジャングルに虎がいるから」

 ジャングルへ行った者たちは、そのほとんどが二度と帰ってこなかった。
 そして帰ってくるわずかな者たちも、誰も王が待ちわびる虎の毛皮を手にしてはいなかった。
 だからオウムはまた、いつも同じ問いかけをした。
 なぜジャングルから逃げるのか、と。
 やはり返ってくる答えは同じだった。

「ジャングルに虎がいるから」

 オウムは不思議だった。
 人間はたくさんの言葉を知っているはずだ。
 それなのにこの橋を渡るとき人間が口にするのは――ジャングルへ行く者も、ジャングルから逃げる者も――いつも同じ言葉ばかりだったからだ。

 何年経っても、王さまの望みを叶えて帰って来る者はいなかった。
 「お伽話の詳細」のリンク先にあったのは、思ったよりあっさりとした内容の記事だった。
 いかにも尻切れトンボという印象だったし、詳細と言うほど長い文章ではないようにも思える。前書きにもあった通り、別の話の一部に過ぎないものなのかもしれない。

 だが……。
篤志が言ってた話と、同じだ……。
 文章を読み終えたあとも、茂はモニターを見つめたまま、身動きすることができなかった。
 茂が『ジャングルに虎がいる』というお伽話のことを初めて聞いたのは高校生のときだ。
『おまえさ、ジャングルに虎がいるってお伽話、聞いたことある?』
 EIJIがホームページで投げかけているのと同じ疑問を、佐原篤志というクラスメイトが口にしたことがある。
『……ジャングルに虎? なんだよ、それ』
『やっぱり知らねえか』
『そりゃあ、虎はジャングルにいるだろうけどさ』
『そうじゃなくってさ……。王さまと虎が賭けをする話だよ』
『ポーカーとかルーレットとか?』
『いや……知らないならいいんだ』
 どういう流れでその話が出てきたのかは覚えていなかったし、あまりまじめに受け答えをした記憶もない。
 まぜっかえすような茂の言い方が引っかかったのか、その後篤志から同じ話を聞かされた覚えはない。
 いや……茂にしたって、今回のことがなければそんな話、思い出すこともなかっただろう。記憶をいくら手繰ってみたところで、バターになった虎の話は思い出せても王さまと賭けをした虎の話なんて思い出すことはできなかった。
 そもそも篤志は日ごろは課題図書を開くのも億劫がる方で、文学青年のイメージはかけらもなかった。むしろクラスでは単細胞の力自慢と見られていた生徒だ。そういう篤志が、突然お伽話なんて言葉を口にするなんてこと自体が、
 オマエ、なんか悪いモンでも食ったか?
 ……とツッコミを入れたくなるぐらい不似合いなことだったのだ。

ねえってば、お兄ちゃん。
うわぁっ!
 突然背後から声をかけられて、茂は椅子から転げ落ちそうなくらい驚いた。いつのまにか部屋に妹の由宇が入りこんでいて、モニターを見つめて眉を寄せている茂を観察していたらしい。
おどかすなよ、由宇。
俺の部屋に入るときはノックしろって何度も……。
したよー、何度も何度も何度も。でもぜんぜん返事ないんだもん。なんかコワイ顔しちゃってたし……何見てたの?
何でもないよ。

あー、いじわる。教えてくれたっていいじゃない!
あのな、何度も言ってるように、家族の間にもプライバシーってものがあってだな。
 無駄と分かってはいても、抵抗を試みずにはいられなかった。
 この部屋は茂にとって、ピンクとフリルの洪水からわが身を守る最後の砦なのだ。ここだけは何としても女どもの侵略から守り抜かなければならない。
いいもーん。ママに言っちゃうから。お兄ちゃんがネットのエッチなサイト見てにやにやしてたって。
違うだろーが! エッチなサイトなんか見てねぇぇぇっ。
ねえねえ、王さまと虎の賭けってどうなったの?
勝手に見るなって言ってるだろ。あー、うるせえな。
 そう言って、茂は画面を『バニーちゃん・本日の占い』に切り替えた。
 どうせ由宇がこの部屋に入りこんでくる理由はひとつしかない。ショッキングピンクで耳の垂れたうさぎが、「えいやっ」と甲高い掛け声をかけてサイコロを振るインターネットの占いにすっかりハマっているのだ。
 そのくせパソコンの使い方を教えてやると言っても完全スルーだった。茂がバイト代をつぎ込んだ高性能パソコンを助手付きの占いマシンぐらいにしか思っちゃいない。
あたしはパソコンなんかよりユミちゃんがCMやってるスマホのがいいなぁ。買ってくれたらお兄ちゃんのプライバシー守ってあげるよ。ほら、あたし、もうすぐお誕生日だし?

あ、やったー、大吉ゲット!
 バニーちゃんに8回もサイコロを振らせて、由宇は歓声を上げた。
 大凶、凶、小吉、中吉、大吉の5種類の結果しかないんだから、かなり運が悪いような気もするのだが、それは決して口にしてはいけない事実だ。

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