頭狂ファナティックス

ショッピングモールの幹部たち

エピソードの総文字数=5,394文字

 銀太たちは紅月の部屋に戻って、住処を変える準備を整えた。しかし持っていかなくてはならないようなものはほとんどなく、これから必要になるだろうものはショッピングモールの方に備蓄されているはずだった。謝礼というわけではないが、銀太たちの貯蓄している食料はすべて持っていき、七星に渡すことにした。綴の遺体はやむを得ず、そのままベッドに寝かせておくことで意見が一致した。綴の遺体からまだ犯人に繋がる手がかりが見つかる可能性があったので、埋葬することもできなかったのだ。食料をリュックサックに詰め込んでいるあいだ、秋姫が銀太に聞いた。
綴さんの豆本はちゃんと持っていますか?
 銀太は答えに窮した。恒明に譲渡したことを言うわけにはいかず、だからといって紛失したと嘘を吐くわけにもいかなかった。銀太は日常生活で直面するようなつまずきに対応して、嘘を吐く性質を持っていなかった。吐いた嘘は覚え続けていなければ、いつか必ず破綻するときが来ることを経験的とも、直観的とも言わず知っていたからだ。長期的な視点で見るとほとんどの場合に不利になるので、咄嗟の嘘を吐くことを銀太は避けていたが、このときばかりは話をでっち上げるしかなかった。
そのことはすぐにでも言わなければと思っていたんですけれども、機を逃していましてね。実は豆本は僕の友人のある人に預けてあるんです。その人のコンプレックスは情報を解析するタイプでして(もちろんこのことは説得力を持たせるための嘘である)、僕が調べるよりも圧倒的に早く犯人の情報を掴んでくれるはずです。
しかしその人が誰か言わせるような真似はやめてください。お姉ちゃんの豆本を持っていることが判明したら、犯人に殺されかねません。なのでその人とは必ずその名前を口外しないという約束を交わしているんです。秋姫さんにもその人が誰か教えることはできません。もちろん紅月にも。申し訳ありませんが、今はこれで納得してください。
そうですか。
 秋姫は銀太が姉の形見を手放したことが腑に落ちないらしく、納得していない様子で一言返しただけだった。
 残っていた食料をすべて持って、銀太たちは再びショッピングモールを訪れた。建物に入ると、わざわざ七星が出迎えをしてくれ、銀太たちの使う部屋まで案内した。その部屋は三階にある靴屋であり、店の様子は学園が封鎖されたときから変わっていなかった。店の主人に見捨てられた何足もの靴は沈鬱な臭いを発していた。
 銀太は持ってきた食料をすべて七星に渡した。その代わり、抗生物質を三日分ほどいただきたいと頼むと、七星は気前よく了承してくれた。七星が言うには、一つの店に三人から五人が共同生活を行っており、現在、ショッピングモール全体で五十人ほどが生活しているとのことだった。そのうち二十人が医者や薬剤師など専門職の人間で、残りが学園の生徒だった。
 靴屋の主人がどこかへ消えたときからそのままになっている部屋では生活しにくいので、銀太たちはまず部屋の整理をすることから始めた。靴が陳列されている棚をすべて脇に寄せて、大量の靴も部屋の隅に邪魔にならないように並べた。部屋の整理をしているあいだに、七星が抗生物質を持ってきてくれた。
三日分の抗生物質だ。それと瀧川と大室にはこのショッピングモールの幹部になってもらう。二人にはそれだけの能力がある。幹部の仕事は私とともにショッピングモールの方針を決めることと、食料や日用品の配分を管理することだ。
 部屋の整理が終わり、生活するに十分なだけのスペースが空くと、ようやく三人は休憩を取ることができた。このショッピングモールでどのような生活が行われているかわからず、勝手に行動するわけにもいかなかったので、三人は部屋で静かにしていた。
 しかし一時間ほど経つと、一人の生徒が訪ねてきた。その生徒は須磨楓子だった。
久しぶりね。といっても大室くんと決闘してからまだ一週間ほどしか経っていないけど。あなたたちがここに来るのは意外だったわ。あなたたちは自力で生活していくと思っていたから。
綴さんのこと、小耳に挟んだわ。非常に無念なことね。お悔やみ申し上げるわ。それで私が訪ねて来た用件だけど、これからショッピングモールの幹部が集まって会議を行うわ。会議と行っても、何か重要な話をするわけではなくて、新しく幹部になった二人の紹介よ。常盤さんの部屋に来て。埜切先輩には申し訳ないけど、二人を借りるわ。
須磨もここの住人になっていたのか。呼び出されることは別に構わない。しかしその招集をかけるのに、なぜ須磨が来たんだ?
それは私も幹部の一人だからよ。あなたには責任を取って娶ってもらわなければならないほどの恥辱を受けたけれども、私はそのことを水に流すわ。大室くん、これからはここの幹部同士、協力してこの危機を脱出しましょう。
 銀太と紅月は楓子に連れられて七星の部屋を訪ねた。木目の浮いたテーブルの周りには五脚の椅子が用意されていた。その一つに七星はすでに座っていた。そしてその隣に銀太と紅月には面識のない一人の男子生徒が座っていた。銀太たちは部屋に入り一礼したあと、それぞれ椅子に座った。五人が揃ったのを確認すると、七星は話を切り出した。
この二人が新しく幹部として身内になった瀧川紅月くんと大室銀太くんだ。今日の会議は顔合わせだ。互いに自己紹介をして、ショッピングモールの生活についての説明と共有しておくべき情報を話したあとに解散する。
 七星は楓子に目を向け、自己紹介をするように促した。楓子は律儀に立ち上がって、自己紹介を始めた。
一年六組所属の須磨楓子よ。実際のところ、紅月と大室くんとは友人関係に当たるから、今さら詳しく身の上を話さなくてもいいわよね。ここでは幹部として、食料の配分と管理を任されているわ。
なんだ、須磨と二人はすでに知り合いなのか。それなら話は早いな。次は犬童頼む。
 七星の隣に座っている男子生徒が自己紹介を始めた。しかし楓子のように立ち上がりはしなかった。
三年二組所属、犬童影千代です。学年としては最上級生に当たりますが、俺たちは幹部同士です。何か意見があれば遠慮なく言ってください。幹部としては、医療品や日用品などの生活必需品の管理を任されています。俺に言ってくれれば、それらを支給します。これから同等の立場として、ともにショッピングモールの運営に全力を務めましょう。
 犬童は質が固いゆえにところどころ跳ねている髪型をしており、銀色でフレームの細い眼鏡をかけていた。その理知的な顔つきには相手の警戒を解くような柔らかい微笑を絶やさなかった。
 犬童の自己紹介が終わると、紅月が楓子に倣って立ち上がった。
瀧川紅月っす。知っていると思いますが、空白組に所属しています。様々な要因が重なった結果、同じ空白組である常盤先輩と手を組んだ方がいいと判断して、ここを訪れました。ショッピングモールに受け入れてもらって早々に幹部の地位にまで就かせていただき、光栄っす。これから生活をともにする仲間としてよろしくお願いします。
 紅月が座ると、すぐに銀太が立ち上がった。
一年八組所属、大室銀太です。紅月とは相方の関係です(ここで楓子は銀太にも聞こえるように舌打ちをした)。その縁でここに受け入れてもらいました。といっても、紅月とは恋人同士というわけではなく、昔馴染みの腐れ縁なだけです。これからショッピングモールのために精一杯働かせていただくので、よろしくお願いします。
これで一通りの自己紹介は終わったか。いや、一応私も自己紹介をしておくか。ここにいる人間はすでに私の立場や性格を知っているとは思うが。空白組所属、常盤七星だ。このショッピングモールの管理者を担っている。それだけ言えば十分だろう。
瀧川と大室の二人にここで生活するに当たってのルールを教えよう。食料は一日に二回、須磨から供給される。食料を受け取るには午前八時と午後六時、規定の時間に玄関ホールに集まってくれ。一回に供給される食料の量は決まっている。育ち盛りの男子には少々物足りないかもしれないが、我慢してくれ。このショッピングモールの中では良識が許す限り、自由に振る舞ってもらっていい。しかし建物の外に出るときには、十分な理由を添えて、私に報告してくれ。朝にすでに言ったことだが、ショッピングモールの鎖国状態を保つために、無用な外部との接触は禁じる。
それとこれは義務というより忠告だが、抑鬱を避けるために軽い運動と他人とのコミュニケーションは怠るな。ショッピングモールは広いとはいえ、室内に閉じ込められていることには変わらないからな。そして瀧川と大室の幹部としての役割だが、風紀の維持を頼もうと思う。これまでは私がその役割を引き受けていたが、二人に委任することにする。管理者の役割とは、自分で物事を処理するのではなく、他人に役割を割り当てて、その責任を肩代わりすることにあるのだからな。
風紀の維持ための具体的な仕事は、何か揉め事が起きたさい、その調停と和解を図ることだ。揉め事がもつれ込んだ場合、例外的にコンプレックスの使用による実力行使も認める。当たり前だが、ここでの生活において、風紀を乱すようなコンプレックスの使用は禁じている。二人に、今日からすぐに風紀の維持を担わせるとは言わない。数日ここで過ごして、生活が落ち着いてからそのノウハウを教える。何か質問はあるか?
常盤先輩が背中の痒いところまで説明してくれたので、特にはないですね。
 紅月が答えた。
ここの生活のルールのおおまかなところは教えた。細かい部分は実際に生活して覚えていってくれ。次に共有しておかなければならない情報を伝える。といっても、その情報は一つしかないのだが。瀧川は学園の封鎖に当たって、空白組に一人追加されたことを知っているか?
そうなんすか? 知らなかったっす。そんな人間には会ったことはないですね。
 紅月は奇妙なこともあるのものだな、と表明するような口調で言った。銀太はこの話題についてはすでに恒明から聞いており、下手に口を滑らさないために、黙り込んでいようと決心した。
不思議なことだが、その追加された生徒は他の空白組にも正体が隠されている。その理由はわからない。しかしその生徒の役職はわかっている。暗殺だ。その生徒は生徒会暗殺の役職についている。公にはされていないが、すでに理事長と封鎖政策に反対していた理事会の一人が殺されたことを確認している。どうやらその生徒は学園の封鎖に当たって、不都合な人物を消しているらしい。さらにその殺され方が異常なんだ。二人とも人体が縦に切断されて殺されていた。つまり左半身と右半身に真っ二つになっていたのだよ。
 紅月はすぐさま七星の言葉と綴の遺体を結びつけ、思わぬところから出た犯人への手がかりに狼狽したが、それを隠すためにできるだけ間を開けずに返事をした。
なるほど。学園の封鎖に当たって、反対する立場の人間が少なからずいるのは当然でしょう。そしてその人間たちを消そうとするのも当然。しかし常盤先輩はどこからその情報を?
吾妻からだ。奴と戦闘になったとき、吾妻は死に際に命乞いをした。そこで私は他の空白組が教えられている情報を可能な限り聞き出した。
けれども常盤先輩は情報を引き出すだけ引き出して、命乞いには答えなかったんすよね? そこらへん、相変わらずというか、常盤先輩らしいというか。
人の心がないとでも、人非人とでも、何とでも言え。ともかく空白組である瀧川には、八人目の存在を伝えておかなければならないと思ってな。今日のところ、言うことはこのくらいだ。他に伝えることがあるとすれば、きみたちがここでの生活に慣れてからにしよう。今日は解散とする。急遽集まってもらったこと、感謝する。
 七星を抜いた四人は立ち上がった。しかし四人が部屋を後にしようとすると、七星はそういえば瀧川と大室に言い残したことがある、と言って引き留めた。二人は再び椅子に座り、部屋には三人だけになった。
あの犬童という男には気をつけろ。あの男は常に慇懃な態度を崩さないが、どこか胡散臭いところがある。私はこのショッピングモールの中にいる人間のコンプレックスはすべて把握している。直接聞き出したり、伝聞という形で聞いたりしてな。もちろんその中には誤情報や嘘が混じっているだろうから、正確というわけにはいかないが。
しかし犬童のコンプレックスだけはまったく知ることができていない。奴は自分のコンプレックスをひた隠しにしている。ショッピングモールの中で、奴のコンプレックスだけ私は把握していない。
それは犬童先輩が空白組に追加された生徒の可能性があるということっすか?
 紅月が聞いた。銀太は犬童が綴を殺した犯人である可能性はどの程度のものかと、恒明の話と照らし合わせ始めたために、黙り込み続けた。
そこまでは断言できない。しかし犬童には警戒に値する何かがある。
それでも幹部として手近に置いておくあたり、常盤先輩の性格が表れていますね。いいかげんその敵に塩を送る癖、治さないと寝首をかかれますよ?
犬童は幹部を任せられるほどに有能なのは事実だからな。奴が何か仕掛けてくるとして、こちらの味方には須磨、瀧川、大室がいる。簡単には殺されんよ。

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