【ユーザー参加企画★リレー小説】イブに初デートしたらヤバい世界に飛ばされた件

【ギン】【フェン】【タイト】【ユウア】たけうちりうと

エピソードの総文字数=8,179文字

ストーリー 1 

もの思う指輪・ギン

2017/11/30 16:01

ぼくらはもともと『ふたつでひとつの指輪』だった。

 

 金の指輪の名前はフェン。

 亜麻色の石を抱いている。


 ぼくは銀色。

 指輪の内側に古代文字が刻まれている。

 名前はギン。そのままだけど。


 ぼくにも、フェンにも、輪の端に溝がある。

 溝を合わせて連結するとひとつの指輪。

 離せばふたつの指輪。


 そしてぼくらはもの思う指輪だ。

 そのように作られた。

 遠い遠い古代に。

 

 けれどもフェンが何を考えているのか、ぼくにはわからない。

 フェンはときどきぼくの思っていることを言い当てる。

 全部わかってるわけではないらしい。

 当てられたときはびっくりするほど正確だから、ぼくは驚く。

 

 フェンは自由だ。

 指輪以外のものに変身できる。

 生き物に変身して動くことも。

 行きたい場所に行き、したいことができる。


 ぼくは自分ひとりでは動けない。

 自立機能がもともと備わっていない。

 それでもぼくらが連結状態であれば、フェンが変身したときに持ち物のふりをしてあちこちへ行くことができた。


 今、フェンはいない。

 ぼくらを買ったふたりの人間が、僕とフェンを別々にしたからだ。

 フェンはどこかへ行ってしまった。

 ぼくを買った人間ふたりも、ぼくを放ってどこかへ行った。

 

 というわけでぼくは。

 今、この世に生まれ出てから初めての経験をしている。

『指輪の半分』形態でありながら見た目は『ひとつの指輪』状態。

 ちょっとややこしい。

 

 だけど。

 ぼっちの指輪であること以外、ぼく自身は何も変わっていないんだ。

 もの思う指輪。

 動けない指輪。

 そして誰のものでもない指輪。

 

 ぼくはどうしたらいいんだろう……。

 空を見上げてみる。

 

 雪片が白くなったりグレーに陰ったり燦めいたりしながら、ひらひらと、ひらひらと、ひらひらと……。

 

2017/11/30 16:07

riutot

彷徨う指輪・フェン
2017/11/30 16:08

ギンがどこにいるのかわからない。

 いままでこんなこと、一度もなかった。

 ギンってどこかぽんやりしてて、注意力ないし、頼りないし。

 でも、いつでもわたしのそばにいたのに。

 三秒以上離れたことってなかったのに。


 そしてわたしは、自分がどこにいるのかわかっていない。

 昏い。気温低い。雪の上。気圧が低い。

 それは自分の体積の変化でわかる。わかるの。

 だけど。ここはどこなの?


 四つ足のけものが近づいてきた。

 生暖かい息。ふっふとわたしの匂いをかいで。


 あっ!!


 ちょっ! 何するの! 


 噛んだわね! この変態野郎!


 急いで外円を縮めてエネルギーを溜め込んで。

 F———E———N!(変身)


 いいい痛い痛い痛いっってば! 爪たてないで!

 いつまでわたしにしがみついてる気? バカなんじゃないの?

 わたし、大型の北極オオカミに変身したのよ?

 怖がりなさいよ、ホントにもうっ!


「すみません、そのフェレット僕のなんですけど」

 男の子の声が聞こえた。

 わたしから少し離れたところにその子は立っていた。

 高校生くらいかしら?

 オオカミに話しかけるって、どうかと思いますけど。

 

 でも。そのときわたしは自分が直立していることに気付いた。

 あらら? オオカミは二本足で立たないはず。でしょ?

 

 わたし……えっ? えっ、えっ、えええーーーっ!

 きゃーっ!


 わわ、何? 何故? なんで? ヒト型になってる!

 しかもビキニ! この気温で夏仕様?

 白いふわふわのファーに縁取られた真っ赤なビキニって。

 ありえなーい!


 そしてビキニの真上!

 女の子的に、そこ絶対触られたくない谷間領域にくっついているのは。

 白っぽくてほっそりして真正のもふもふなけもの。

 だけどね! 生肌に生爪でしがみつくのは頼むからやめて!


「こ、これってフェレット……?」

「それってサンタクロースの衣装?」


 わたしとその子は同時に尋ね合った。

 白いフェレットが顔を上げてわたしを見る。

 目が丸くてつぶらで。可愛い。

 可愛いのはいいとして、いつまで胸に乗ってるの。

 どうかと思いますよ。もふの分際で。


「早く捕まえて。あなたこの子の飼い主なんでしょ?」


 男の子は軽く首を傾げ、うん、と言った。

 近づいてきて、フェレットの頭を雑な感じで掴む。


 白い身体がにゅうーんという感じで伸びてフェレットはわたしから離れた。



2017/11/30 16:10

riutot

奇蹟を超えて旅をする・タイト
2017/11/30 16:10

 ああ雪だ。

 と、上を見ていた。五秒くらい。

 で、視線を戻したらぼくの前にいたはずのユウアが消えてた。


 あれれと思って、ぐるっと360度、見回してみる。

 いない。

 五秒前まで僕の斜め前に立っていたユウアが。

 いない。

 

 目の前のスピーカーからはBGM。明るくてにぎやかな感じの曲。

 この曲知ってる。

 クリスマスツリーの下にはラブがあるってこと、忘れないでね。

 って意味。


 うん、忘れない。と思う。少なくともぼくは。

 クリスマスイブにぼくとユウアの初デート(誘ったのはユウアだ)。

 湘デパ前のクリスマスツリーを見に来た(提案したのはユウア)。

 ひとつの輪がふたつにわかれる型の指輪を買った(買おうよと言い出したのはユウア)。


 大きなツリーがぼくの目の前にある。


「ねえ、湘デパツリーの面白エピ知ってる?」

 一時間前、ユウアはそう言って笑った。


 笑ったユウアはとても可愛い。

 高2になって同じクラスになったときから可愛いなと思ってきたけど、最近の可愛さはもう異次元レベルなんじゃないかって思うくらい可愛い。

 で、同じようなことを一昨日、ぼくはユウアから言われた。

「タイトってさ、ホントもうどうかしてるよってくらい可愛いよね。可愛い過ぎて歴史的発見レベル」

 なんだよそれ。

 ぼくは笑ってしまって、返事ができなかった。


 イブにデートしよっか。

 湘デパのツリー見にいこう。

 そう提案しあって、すぐに行き先も決まった。


『イブの夜・モニュメントツリーの奇蹟』……って、新聞広告にも、そのツリーの写真が載っていた。

 このモニュメントツリーっていうのはクリスマスツリー型をしてるけどそれは特殊な紙で作られたたくさんの小枝のパーツでできているのであって、小枝ひとつは500円で売られてて、小枝を買って願い事を書いてモニュメントに加えると、願い事がかなう。かもしれない(という設定になってるらしい)。その小枝の売り上げは被災地の支援。という、いわば支援イベントだ。


 クリスマスと絵馬と被災地支援活動が合体したこのツリーは、いろいろな意味で不思議な存在だ。

 まず、特殊紙ってやつが面白い。防水仕様で、なおかつ特殊ペンで書いた文字は一分後に完全に消失する。

 だから幾千幾数千という願い事がこのツリーを組成しているはずだけれど、それは書いたひと以外の他者には読めないんだ。

 枝は次第に増えていく。再下段が小枝でいっぱいになると、ツリーの主幹がシフトアップして樹高があがる。

 円錐形の下枝の数もだんだん増えてゆく。

 クリスマスツリーにつきもののオーナメントとかイルミネーションとかは何もない。

 淡いシルバーと控えめなゴールドの小枝たちが主幹を彩っていて、ライトアップされているだけ。

 シンプル。そして綺麗だ。



 このツリーの一番下に、小さな出っ張りがある。

 謎の出っ張り。


「出っ張りってなにその言いかた、ひどー。これ妖精テラスっていうんだよ。ほら、見て。ここに書いてあるでしょ?」

 五分と少し前、ユウアはそう言って僕を肘でつついた。

「ここにね。大事なものを置くんだって。そしたらツリーの妖精さんがそれを持っていって、一時間後に幸せプラスして返してくれるんだって」

 ユウアが指さしたのは小さな案内板。うん。たしかにそう書いてある。

 条件も書かれていた。

『貴重品はご遠慮願います・一回にひとつです・一時間後に必ずここまでお戻りください』

 大事なものって何。と、ぼくは尋ねた。

 指輪。とユウアが答えた。


 さっきふたりで買ったばかりの指輪だ。

 ぼくのは銀色で、ユウアのは金色。

 ぼくのはシンプルな形で、古代文字のようなものがうっすらと掘ってある。

 ユウアのは変形7角形の琥珀色した結晶石のようなものがくっついてる。

 溝を合わせて軽く回すとひとつの指輪になるタイプ。

 湘デパ三階のファンジン&マジンというファンシーグッズ店で僕らはそれを買った。


 えー。

 でもー。

 貴重品はご遠慮ください。って書いてあるじゃん。

 僕は軽く反対した。

「大丈夫だよ、千八十円だよ?」とユウアは笑った。

 一回にひとつ。って書いてあるし。

 もう一度僕は抵抗した。

「もともとはひとつじゃんこの指輪」ユウアは軽くふくれた。


 ああ、これ、ぼくがだめだなと思った。

 イブなんだし、ちょっとはっちゃけて面白いことに乗ってみようよ。ってユウアは言ってる。

 ぼくの小心警戒心猜疑心の類いで、反対したらイブはだいなし。

 いいよ、やってみよう。とぼくは指輪を外してユウアに渡した。

「じゃ、載せるね。妖精さんお願いしまーす」

 ユウアは指輪を謎の出っ張り、もとい、妖精テラスの上に並べて置いた。

 ぼくの鼻に柔らかくて冷たいものがそっと触ったのはその直後。


 あ、雪かなと空を見上げた。

 夜空からぼくをめがけて雪が降ってくる。

 ぼくの頭上は消失点。

 みたいなことを考えてから、視線を戻したんだ。


 ユウアがいない。

 そして出っ張りの上に指輪がない。

 

 たっぷり十秒、僕は黙って動かず静かに、そしてものすごくパニック状態になった。

 それから、気がついた。


 コンコースは屋内だったよね。

 雪は降らない。はず。

 見上げても、雪空は見えないはず。


 だけど今、僕の頭上には漆黒の夜の空、そして幾億か数をも知れぬ雪片がしずかにしずかに舞い降りてくる。

 湘デパの建物は僕の右手、100メートルくらい先にある。

 建物全体がスケルトンになってた。

 内部から細かい光の粒がほわわわ、ほわわわ、と空に向かって立ち上っていく。

 湘デパとぼくのあいだは、ふっさりとした雪で隔てられている。


 ありえねー……。


 けれどツリーは目の前にある。BGMも聞こえている。

 ふいに気付く。

 ぼくは今、さっきまでぼくらがいた湘デパのコンコースではないところにいるのかもしれない。

 次元移動とぼくの脳は連想する。

 ツリーの出っ張り、もとい、妖精のテラスの仕業だろうか。

 指輪が消えて、一時間後に戻ってくるかもという含みだったのに。

 

 指輪もユウアもここにいないし、湘デパは透けてるし雪は積もってるし。

 もしかしたら消えたのはぼくのほうだったのか。


「どんな願い事をしたの?」

 背後からものしずかに尋ねてくるひとがいた。

 振り返ってから、パニックふたたびだ。


 ぼくよりは小さいひと、身長はぼくの半分くらいだけれど、容貌は僕よりずっと年上な感じの……性別ちょっとわかんない系の。

 自分がそうしたものの存在を信じる人間だと認めたくはないけれど。

 妖精さんタイプのひとが、そこに浮かんでいた。




2017/11/30 16:12

riutot

ダッフルとだっふるについて・ユウア
2017/11/30 16:13


「何者ぞ! そこに直れ!」

 突然の大きな声。びっくり。

 というよりは、目の前に突然突き出された刃物の怖さに震え上がった。


「えっ、えっ、あたし? ですか?」

 怒鳴られてるのがあたしではありませんように。

 祈りながら後ずさる。


 とたんに、足下がふにゃんと柔らかくなって。

 ああああっと思ったときには、尻餅をついてた。

 手もついた。

 かさかさかさっと、音がした。

 えっ、こんなところになんで草?

 湘デパのモニュメントツリーのまわりには草とか花とかの入ったプランターとか、コンテナみたいなものってなかったよね?


「名を名乗れ、怪しい奴め! もしや物の怪か?」


 大きな声が迫ってくる。

 先が尖った金属の切っ先はあたしの顔の前。

 50センチと離れていない。


 声の向こう側から数人のひとの気配がして、

「お待ち。むすめではないのか。退きや、わらわが検分いたそう」

 女のひとの声が聞こえた。

「しかしお方様、身なりからしてこれこのように怪しげなる者、きみょう極まるいでたちゆえ、物の怪やもしれませぬ、近づいてはお危のうございますよ」

 それを聞いてあたしはさっと立ち上がった。

「なんのロケか知らないけど!」

 目の前の金物っぽいものは怖い。

 でもこれがロケなら撮影前の確認が足りなかったとか、何かの手違いだとか、つまり悪いのはそっちでしょ!

 いきなり怒鳴ってきて、しかもその言い方ってひどいんじゃない?

 「ふざけないで! ひとのこと物の怪って何それ!」


 小さな灯りが、ゆらゆらと近づいてきた。

「勇ましいむすめごじゃ。わが手の者が無礼を言うた、許しやれ。村のむすめにしてはハキとしておるの。もしや伴天連の連れででもあるのかえ」

 小さな器に小さな炎。ホタルみたいな小さな灯りが揺れている。

 話しかけてきたのはあたしよりちょっと小柄な、でもあたしとそう年は変わらない感じの女優さんだった。


 時代劇の撮影? なのかな?

 え、でもすごい勘違いしてると思う。

 あたし、出演者じゃないし。

 この服見たらわかるはずでしょ。


「なに伴天連って。違います。女子高生です」

「南蛮のいでたちかと思うたのでな。その……上掛けが」

「ダッフルだよ? 上掛けってなに?」

「だっふるか。さようか。よう似合うておる、愛らしいことこのうえない。わらわはこのさきの城の」

「お方様」

 と、その後ろから、別の声が聞こえてきた。

「急ぎませんと。小雪もよいとなってまいりましたゆえ」

「いま暫しのう」

 その女の人は軽く笑んでからあたしにもう一度近づいてきた。

「はつゆきの忍び草なる梔はいざ宵こめてもの恋うるなり」

「は?」

 意味わかんないんですけど。

「すいません、何を言ってるの?」

「ほっほ……」

 女優さんは軽く笑ってから離れていった。


 ぞろぞろと、大勢の男たちが歩き出す。

 着ているのはどう見ても鎧。

 何時代の衣装なのかわからないけれど。

 なんとなく子汚い雰囲気の男たち数人が歩いていく。

 最後尾のひとりが振り返った。

「お方様の命じゃ。白湯なりもてなしてしんぜよう、ついてくるがよい」

「あのね」

 ロケでしょ?

 あたしが出演者じゃないって、見てわかんないの?

 それにあたしはここで、妖精のテラスの前で一時間待って、タイトと一緒にどんな幸せが指輪にプラスされてくるのか待ってなくちゃいけないの。

 そう、指輪……。


 え……。


 ここ! 湘デパじゃない!?


 さっきまで、あたしとタイトがいたコンコースの、モニュメントツリーの下じゃない。


 遠くのほうに何かある。あれ何? なんの建物?

 形は全然違う。湘デパには似てない。

 城ってさっき、あの女優さんが言ってた?

 あれが、城?

 テレビとかで見たお城と全然、違うんですけど。


 あっ!


 直感力には自信あるあたし!

 タイムスリップしちゃってない?

 今、どんな時代?

 そして、ここどこ?


「於犬(おいぬ)」

 前の方から、さっきの女優さん、ではなくて。『お方様』でしたか。

 そのひとの声が聞こえた。

「何か」

 あたしの前にいた男のひとが答えた。

「だっふるとやらの縫いようをむすめに尋ねよ。追って誂えてたもれ」

「承知」

 男の人が答えた。


「えっとー。聞いていい?」

 随意に、と男のひとは振り向いた。

「あのひと、お方様っていうの? あなたの上司?」

「じょうし、とは何か」

「あ、上のひとっていうか、お仕えしてるひとっていうか。部長とか、課長クラスとか、社長さんとか。えっと、もしかしたら先生だったりするのかな。あああ、だめだ。わかんない、この時代の言葉だと、なんて言えばいいのか。もー、だめだ、すいません。あたし日本語めちゃくちゃだね」

「ところどころわからぬが、めちゃくちゃというほどのこともない。しかしそなた、いかにもあけすけじゃのう。そのようなことで忍びはつとまらぬぞ」

「忍びじゃないし」

「戯れ言じゃ」

 於犬さんは笑った。

 あ、ちょっと。何。

 笑うと、タイトに似てる。


「さっきのね」

「うむ」

「お方様がなんか、すらすらっと言ったでしょ? あれ、どういう意味?」


 はつゆきの忍び草なる梔のいざ宵こめてもの恋うるなり


 於犬さんは黙ってしまった。


 聞いちゃいけなかったのかしら。

 暗号みたいなもの?

 しかしわからん。

 

 雪。

 降ってる。

 普通に寒い。

 でも、この時代のひとびとは寒いとか、いやだとか言わないのね。

 なので、あたしも黙って歩く。

 黙々と。ほんとうに黙々と。

 夜の雪の中を歩く。ひたすらに。

 クリスマスイブ? はあ? なにそれ。もう。泣きたいよー。


 タイト、今頃どうしてるだろう。

 もしかしてあたしが突然いなくなって、慌ててるかも。

 なんであたし、妖精さんのテラスに指輪を置こうなんて言ったのかな。

 しかも、ひとつしか置いちゃいけないって注意無視して。

 ふたつ置いちゃったし。

 そのせいでこんなことになったんだとしたら、自業自得だけれど。

 あたしが消えてしまったあとでタイトがどんな思いでいるか想像したら、悲しくなってきた。


 でも、そんなことを横にいる於犬さんに言っても、どうしようもないよね。

 解決できるはずもないしね。

 なので、そのまま歩き続けた。

 しばらくすると、大きな門をくぐって、広い庭に入った。

 目の前に、三階建てふうの、たぶんこれが御城。

 その横に平屋の家? 館っていうのかな、たくさんの建物が並んでる。

 お方様がしずしずと歩いていって、そのひとつの建物に入った。


 あたしは於犬さんと一緒に、別の建物。

 玄関に入ると、男の人が桶を持って近づいてきた。

 男の人が於犬さんの足を洗う。

 ああ、そうか。素足で外、歩くからだ。

 でもあたしは遠慮した。ブーツに靴下だもんねー。

 洗う必要ないし、男にひとに足触られるのもイヤだし。

 水で洗ったら冷たそうだし。これが本音。


 そのあと、於犬さんに案内されてつやつやの廊下を歩いていった。

 右へ、左へ、渡り廊下、池の端の廊下。

 ずいぶん長いこと歩いたあとで、於犬さんは引き戸を開けた。


「ここでくつろがれるがよい」

 うわー、この部屋天井低い。圧迫感。

 それにこの寒さ。

 部屋に家具とか、こたつとか、何もない。

 そして! 畳がない。板の間! 

 ジャパニーズフローリングだよ?

 オーガニックにもほどがあるでしょ?

 清潔なのはわかる。チリ一つ落ちてない。

 でも正直、くつろげないです、この環境では。

 だって、あたしは平成の子。

 もー、再び泣きたくなってきた。

 一時間後にちゃんと湘デパまで帰れなかったらあたし泣きますから。


「すまぬ。尋ねてよいか」

「はい?」

「だっふるをお借りしたいがかまわぬか」

「嘘でしょ。ここ寒いし。脱ぎたくない」

 すると於犬さんは小首を傾げ、

「火を用意させよう。それと上掛けを。あとで下人が持ってまいる。寒さがやわらいだらだっふるを。それでいかが」

 この部屋が暖まるのを待ってダッフルを貸したら、一時間過ぎちゃうよね。

 そのときあたしがこの部屋にいるとは限らないしね。

 ちょっと迷ってから、あたしはダッフルを脱いだ。

「どぞ」

 服を差し出すと、於犬さんは床に片膝をつき、両手を差し出して、恭しい雰囲気で受け取った。

「かたじけない」


 見上げてくる於犬さんの顔が、やっぱりタイトに似てた。

 生真面目で優しい表情。

 なんでかな。悲しい。


 於犬さんが出て行ってから、なんていうか急に。

 心細いっていうか、怖いというのとも違う、変な気持ちになった。

 タイトに逢いたい。

 あたしが何を言ってもほとんど動揺しないタイト。

 あたしの我が儘をふんわり包んでくれるタイト。

 鈍いとか、反応遅いとかいろいろ言っちゃってごめん。

 本当はタイトのそういうところがすごく安心できた。

 

 逢えなかったらどうしよう。

 軽い不安もある。

 妖精のテラスに指輪ふたつを置いちゃったことをまた思い出した。

 ひとつって書いてあったのになあ。

 ああもう、あたしったら!

 もしもこの時代に閉じ込められたままだったらどうするのーーーー!


 だめ。不安に負けないんだよユウア。

 きっと大丈夫。そう信じよう。


 でも寒いなあ!

 早く上掛け持ってきて〜〜

 

 わおおおーーーーーん!


 誰もいない小部屋でオオカミみたいに遠吠えした。


 

 

2017/11/30 16:16

riutot

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