雪子さんのヒトフリ

『基本はアウトロー、はい復唱』

エピソードの総文字数=2,394文字

今日も雪子先輩から予約はない旨の連絡がメッセージにあったものの、一応ルール上は出勤する曜日だったので、僕は処置室に顔を出すことにした。


まぁ、先輩と他愛もない会話……というより一方的な暴虐の言葉を浴びている感じだが、バイト代は出るという一点のみで僕は割り切っていた。



何度通っても慣れることのない仰々しい大門をくぐり、敷地内へ。



城のような邸宅の横に、若干ミスマッチな建物が立っている。これが処置室だ。これが僕のバイト先であり、雪子先輩が「人色の塗り替え」を行う場所である。



僕は玄関で靴を脱ぎ、とりあえずの「こんにちは」を消え入るような声で言いつつ、処置室のドアを開けた。
誰だ!


急に大声を浴びせられ、僕は戸惑う。



いつもなら雪子先輩があられもない格好で寝ているソファに、先輩の姿はなく、先輩によく似た女性がソファから僕を睨みつけていた。

いや……ここでバイトしてる十和田ですが……先輩は?


雪子先輩はいらっしゃらないのですか?

僕がそう説明すると、その女性は一瞬驚いたような顔をしたが、それは満面の笑みに切り替わった。
あー! あー! 君ね!


宏太くんね! 雪子から話は聞いてるわ! ほらさっさとこっちに来なさい! お姉さんとお話しましょう!


僕は確信した。これは雪子先輩のお姉さんだ。



背格好も顔も似ていることもあるが、この有無を言わせない感じは間違いなく奏家のDNAなんだろう。



雪子先輩からこのお姉さんに関して、これまで全くロクな話は聞いていない。



僕が知ってるのはメンヘラで敏腕の寿司職人ということだけだった。

こん! 雪子の姉の爽子です!



というかはじめまして、ね!

え、ええ……



十和田宏太と言います。雪子先輩にはいつもお世話になっております。

下の世話ってこと?
してもらってないですよ!
話は前から聞いていたが、想像以上にまず下世話だった。というかこれじゃ下衆だ。
あら、そうなの……?



じゃあ、こっちにきてお姉さんと楽しいことしましょう。


お姉さん、いやお義姉さんか……

そうして爽子さんに腕を掴まれた僕は、ソファに引きずり込まれるようにして倒された。ものすごい怪力だぞ、この人。
いただきます♪
ひっ…… あっ……
爽子さんが物凄い勢いで僕に馬乗りになり、ワイシャツに手をかけ、猛獣のような眼光で僕を見据えている。



僕が己の貞操の終劇を確信した瞬間、ちょっとした衝撃音。



そして、爽子さんが仰け反るようにしてベッドに倒れた。

ちょっと! 何してんのよ!
僕が体を起こして爽子さんを見やると、爽子さんの額に何か跡がついており、ソファの下にはテニスボールが転がっていた。




処置室の入り口に、テニスラケットを持った雪子先輩が立っていた。鬼のような形相でこっちへ向かってくる。

これは……





事後?

違いますよ! 先輩は何を見てそのテニスボールをぶっ飛ばしたんですか!
いや、とりあえずお姉ちゃんが居たからぶっ飛ばしてみたんだけど、下に宏太くんがいるとは思わなくてね。
見かけられたらとりあえずでぶっ飛ばされる姉っていうのも、聞いたこと無いが。


妹もアレだが、姉もアレである。

宏太くん、なんか考えてない?
いえ! 何も!
お得意のエスパーだった。迂闊にものも考えられないときている。
いてて……




私の童貞100人斬りマラソン、あとちょっとで折り返し地点だったのに……

どんなマラソンだよ。アレなビデオの企画だろうか。
お姉ちゃん、タイプの男みかけたらこうなのよ。


良かったわね宏太くん、家族には好かれてるわよ。婿入りの障壁は一つ消えたわね。

しねえよ!
えっ、しないの?
えっ、しないの?
見事な姉妹によるシンクロだった。


声も似てるので、悪夢がサラウンドしているような感じだ。

1回も言ったことないですよ……




で、なんでお姉さんがいるんですか?

また死にたくなって家に帰ってきたのかしら?
いや、高校の制服取りにきただけ!
そのついでに僕がひどい目にあってませんか!
そもそも今更高校の制服なんて何に使うんだろうか。お姉さん……爽子さんは寿司職人だったはずだが。
いや、今度新店舗を任されることになったんだけど、とりあえずそのコスプレ用に取りに来たの!
この姉もエスパーだった。 僕の思考はここにいる両者に筒抜けらしかった。
それならとっとと帰ればいいじゃない。 なんでここに居たのよ。
いや、やっぱり寿司職人としては、生きのいいネタを握りたいじゃない!
僕は寿司ネタですか!
宏太くんの何を握るのかしら?
そりゃナニよ!
色々とやめろ!

妹も妹だが、姉も姉で強烈だった。




その後も姉妹のきわどい会話は続き、僕はツッコミを放棄して立ち尽くすしか無かった。







しばらくの会話の後、急に爽子さんが黙りこんだ。

なんか、死にたくなってきたわね……
メンヘラのタイミング!
ダメよお姉ちゃん、まだ童貞100人斬りマラソンの途中じゃない。



まだまだ諦めちゃいけないわ。とりあえず帰って病み闇ツイート連発しないと。

そうね……じゃ、2人とも、元気でね。
そう言うと爽子さんは、冒頭の元気はどこにいったのかという具合の思い足取りで、処置室を後にしていった。
話には聞いていましたが、強烈なお姉さんですね……
毎回あんな調子だからこっちが疲れるわよ。 宏太くんも今日はゴメンね。
どっちがお姉さんなんだかわからなくなってきましたよ……
お姉ちゃん、私とちょうど一回り違うのよ。 



だから今年で30歳になるのかしら。

まさかのアラサー! というかサー! 



おかしいぐらい若く見えましたよ!

昔から若く見える方だったけど、童貞狩りを始めてからグングン若くなっているような気がするわ。
僕も危うく若さを吸い取られるとこでしたよ……
私もやろうかしら、童貞1000人斬りマラソン。
どさくさに紛れて人数を増やさないでくださいよ! 何の対抗意識ですか!
スタートの号砲は、宏太くんにお願いするわね。


そう言ってニヤリと笑う先輩に、僕は返す言葉がなかったのだった。






(次回に続く)

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