いかに主は導きたまうか。

2. Trading 密室での作業。

エピソードの総文字数=2,597文字

  Inquiry (引合)に対しては、Offer (見積)を行う。短い文章を添えてFAXで返す。その為には台帳を作成しなければならなかった。A2サイズの黄緑色の厚紙だった。かなりサイズとしては大きな紙だった。横置きで、7:3で縦の仕切り線がある。左がOfferに表される内容(アイテム名、そのSPEC、数量、そして売値)、その右手には売値を算出するのに使った[方程式]から始まり、各アイテムの原価とその仕入先(担当者、Tel)、そして見込みとして考えられた諸経費の明細が記載される。P/Lのレイアウトを左右逆転したものといえる。方程式はこんな感じ... 
  A+30(経費)÷110(Rate)÷【0.9】÷0.95=FOB価格。
*これは捺染糊(ケミカル)で、@単価/kgの算出を例にとった。船に積まれた時点で取引完了で、ドル建てでの場合。*最後の0.05%は値引き幅としてとってある。*会社としての利益は【10%】である。
できあがった台帳を元にタイプで正式見積[Offer]を作成する。最後には作成者、つまりは[責任者の証]としてのサインを手書する。そしてFAXをすれば完了。中古の繊維の加工ライン(設備)の場合では見積の内容は、とんでもなく長いものになった。

  ここでの課題は端的には二つあった。一つは「タイプミスは許されない」ということ。SPECの間違いも絶対にダメである。基本、ダメなのは分かるのだけれど、実際の理由が世知辛い。相手が支払いを遅らせたいとの思いから、つまらない画策をしてくることがあるのだ。その場合に手段として取られるのが、こちらの[落ち度]の粗探しであった。銀行の信用を元にした信用状(L/C)の決裁では(あるアジア相手では)よくこの手は使われる。ディスクレ(不一致)を言い分にして決裁のストップを言ってくるのだ。でもこういったことは、こちらの注意、努力の範囲でなんとかはできる。
  もう一つの方が厄介だった...。台帳が完成すれば、上司である八藤丸さんに確認をもらわなければならなかった。*かなり気難しく強情な人だった。彼は、いつも弱気を許さなかった。はっきりとは理由も言わずに見直しを大抵は命ずる。「仕入れ価格を更もっと下げてもらえ」「販売価格の%をもっと上げろ」が、その求めであった。しかし、彼の納得する[%]では必ず商談は流れるのが常だった。仕入れ価格の折衝は人間関係もなしには無理な話でしかなかった。あとに繋げれる説得材料もなかったのだから。
  一度、三◯◯機の電子機器の引合に際しては、かっての伝手として重工の[おばさま]に相談したことがあった。紹介を受けた京都の商社からは、いい見積がとれた。これも、そのおばさまの名前を添えれたこそだった。
  何度も何度も見直しを行い、やっとOKをもらえても、そのOfferが注文までに至ることは殆どなかった。大変な作業がすべて徒労に終わる。*でも、ダメでも強気に高く売ろうとする気概は、この時に身に付いたかも知れない。

  ボクがよく対応で回された相手に[サウジアラビア]がある。引合は、専ら[石油精製ライン]の消耗部品の取替アイテムだった。数と数量はいつも大きく、こちらとしては期待が大きくなる。見積の回答期限をいつもつけてくるのだが、かなり厳しい猶予であった。相手は、物事を[よく知った]人間なのだろう、事後、必ず”少しだけ”は発注をしてくる。また、なんと電話までかけてくることもあった。これは、今後においても、こちらに価格見積の努力を続けさせる為のものだ。土台、そんな虫のいい話はないのだ。活かさず殺さずの加減を熟知していると思われた。面白いのは、彼のFAXの文章には”念”が込められていると感じられたことだ。ほとんどの海外からのFAXの文章は即物的なメッセージしかないのだが、かの地よりのモノには、これを強く感じさせられる作用があった。こちらを操るということに自覚的で巧みな技なのだ。さてその効果は如何に?....。ボクにとっては、あった。なぜか文章を読むと、不気味なプレッシャーを感じてしまっていたのだから...。
追記:かの地のいろんな会社とやり取りをしたのだが、一社とても気になる会社があった。全体像は分からないのだが、とても恐ろしいとまでの感じを受けた。名前のサイン(暗示)も気になった。あえて、情報を残しておこう。その会社の表記は [SAM] とあった。いずれかの時に、おかしな動きをしてくるコングリマリットだとう。*2017はサウジがおかしい。関わりにならない方がいいと思う。

  社長の林さんにおいても書いておこう。京都人であることは最初に言った。時々、身内であろう年配の女性が複数で訪ねてきていたので、女系家族の末っ子であったのではないか?。この人の印象はクリストファー・リーが相応しいと思った。。古いドラキュラ映画の俳優さんだ。とても身支度のセンスがいいのだが、更にはドライでクールな雰囲気をお持ちの方であったのだ。*ドラキュラのイメージは決して的外れではないと思う。彼は恐ろしく記憶力がよかった。過去の取引の全てをすべて憶えているのではないかと思えた。また、透視力でもあるのか、誰の机の仲に何が入っているのかを、見もせずに当てることができた。*ある探し物があった時に「だれそれの机に入っているやろ!」と言いやり、その通りであったことがある。人差し指で電卓を押す姿に、「あの指を使うことになにか秘密があるのではないか」と、へたな推量をしたりしていた。独特の押し方だった。酒の飲み過ぎの為、胃を半分程切ってしまっているとのことだった。でも、タバコは死んでも辞めないとのことだった。
  一度、夜遅くまでボクは居残りで仕事をしていた時のことだ。急に社長が事務所に入ってきて二人だけの時を過ごすはめになった。やがてボクは、なにやら得体の知れないプレッシャーを感じだす。彼のすべてを見通す力をもって心中を丸裸にでもされてしまいそうな気がして恐怖を感じる。素知らぬ振りで、作業をしつつも、あるイメージに自分を化して、これを必死に凌いだのを憶えている。「ごうごうと流れる川の側の草に止まり、ただ風に揺れて動かぬトンボ」この心境でなんとか無事に、この時をやり過ごすことができた。


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