【共幻社公式作品】ジャングルに虎がいる

2-14 野次馬気分

エピソードの総文字数=3,215文字

(殴られると足に来るって、ホントなんだな……)
 英司は壁際に座り込んだまま、立ち上がる気力もなかった。

 眼鏡は拾ってあったが、フレームが歪んだらしくどうにも座りが悪い。

 どうせ度の入っていないダテ眼鏡だったが、大学に入って以来トレードマークになるくらい日常的に使っていたせいで、外すのも落ち着かない。

俺……マジで生きてここから出られるのか?
 そんな不安がどっと押し寄せてくる。

 はっきり言って妖怪よりも、炎の虎より……最大の脅威となるのは篤志だという気がする。

 視界が揺れて焦点が定まらないし、足は未だに震えている。

 王牙の破壊した天井の穴をじっと見上げて、英司はさっきからもう何度目になるかわからないため息をもらした。

頭……痛ぇ……。
 小さくそうつぶやく。

 実際のところ、痛いのは頭だけではなかった。殴られた顔も痛い。その衝撃をもろに食らった首も同様。

 頭が痛いのは床に倒れたときに瓦礫に思いっきりぶつけたせいだ。触れるのもこわいから確認はしていないが、きっとコブになっている。

――つくづく、俺ってこういう荒っぽい見せ場には不向きだよな。
あぶない人に見えるから独り言はやめてください。
 その英司を見下ろして茂が立っていた。

 不機嫌極まりない表情を見て、一瞬、声を掛けるのを躊躇ったようだった。

あんたに聞こえるように愚痴ったんだよっ!
英司くんはマヨネーズのおにぎり、大丈夫ですか?
はぁっ?
 ひょっとすると茂は茂なりに気を効かせたつもりなのかもしれない。

 ……が、英司には『何の冗談だ』という以外に思い浮かぶ言葉はない。

………………。
 無言で茂を見上げた。

 茂は英司の出方をうかがっているようでもある。……が、その割に手を貸そうという素振りさえ見せようとしない。

おにぎりの話なんかより……他に言うことないのかよ。
他に……というと?
大丈夫ですかとか、立てますかとか、こんなことに巻き込んで誠に申し訳ございませんとか。

いくらだってあるんじゃないの、こういう状況にふさわしい言葉。

ああ……そう言えばそうですね。

――気分どうです?

 まさしく取ってつけたようなご挨拶だ。

 そもそも英司が篤志にぶん殴られる羽目に陥ったのは、福島茂に呼び出つけられたことに端を発しているのだし、威月という妖怪が召喚をミスったせいでもあった。その元凶ふたりが今はひとりの人間の身体に同居して英司を見下ろしていることになる。それなのに、目の前にいる男はこの状況に1ミリたりとも責任を感じちゃいないという顔だ。

 どうして英司がむかっ腹を立てていることに考えが及ばないのか不思議でならない。

(別に男に心配されたって、嬉しかないけどね。……こいつ妖怪だし)
 英司はもう一度ため息をついた。

 足に力を込め、自力で立ちあがる。

小霧ってヤツ……死んだの?
わざわざ言わせておいて、返事もせずに話題を変えることはないでしょう。
え、何が?
『気分どうです?』って言わせたのはあなたでしょう。
ダンプに激突されたとするじゃん。で、『あーめっちゃ痛えけどなんとか生き延びた。これってラッキー?』とか思った瞬間に上から金ダライ落ちてくる……みたいな?
どういう意味です?
分からなきゃスルーして。全然構わないから。
 立ちあがってはみたが、足に力が入らなかった。

 英司は手近のソファに腰を下ろしてまだずきずきと痛む頭におそるおそる手をやった。傷自体は小さいのだが、思った通り大きなコブができている。
――水狐は消滅しましたよ。人間が核を素手で握りつぶす光景なんて、初めて見ました。小霧の方は……何とも言えませんけど、死んでたって不思議じゃありません。この惨状ですからね。王牙の炎をまともに食らったみたいですし……。

惜しい友人を……。

勝手に殺すなっ!
 茂の言葉に割りこんでそう声が聞こえた。

 上の階にいた小霧が、天井の穴から飛び降りてくる。軽い身のこなしだった。魔界の水が形作っていた少年とそっくりだったが、どこか印象が違う。

 多分……表情がずっと豊かなせいだろう。

 それにあのアポロキャップからはみ出していた長い耳がないせいだ。耳たぶにはリング状のピアスがずらっと並んでいたが、形はとりたててどうってことのない人間の耳になっている。

あの耳はね、俺の本体のスタイルなんだよ。

割りと気に入ってんだけど人間に混じって生活するには邪魔だから、普段はこういうカッコしてんの。

 じろじろと無遠慮に見つめる英司の視線に気づいたのか、小霧はそう言って笑った。別に気分を害したというわけでもなさそうだ。

 むしろ自分たちのゲームに飛びこんできた人間の方に興味津々なのだろう。もはや小霧はゲームオーバーとなった身の上だった。あとは対岸の火事の行く末を見届けて野次を飛ばすだけの気楽な立場なのだ。

 小霧や威月がゲームに使う核なんて、言って見れば子供のオモチャみたいなものだ。大間という場の力を得ているからこそ魔界の炎や水を召喚し、自分好みの姿を形作って動かすことができる。……が、それだけだ。妖怪としては最底辺に位置する彼らにはそのコマを使って単純なゲームをするのが能力の限界だった。

 生きた核を媒体に魔界の生物を召喚するほどの強大な力を持つ妖怪なんて――小霧にとっても噂に聞くだけの存在なのだ。このチャンスを逃したら、もう一生目にすることなんてないかもしれない。

 完全に他人事でも興味津々だった。

――戦ってみて、君はどう思った?
俺もあんなコマを手に入れる幸運に恵まれてみてえや。

まあ……炎の獣じゃ、俺には天敵同然だけどな。でも魔界も広いだろうし、水の獣もいるんじゃね? 龍とかだとカッコイイよな!

 そう言って、にやっと口元を歪めた。

 威月が柄にもなくマジになっているのが小霧にはおかしくてしかたなかった。

 この大間でのゲームは、威月にとっても小霧にとっても……他の参加者にとっても単なる遊びだ。人間に紛れて生活していても、時おり戦いや刺激を求めてどうしようもなく頭をもたげる妖怪の性(さが)を満足させるはけ口に過ぎない。

 ――例えばあの時、その気になれば王牙が出現するより早く篤志の腕をひきちぎることができたのかもしれない。大間という場所でなら小霧にもその程度の力はあった。

 だが結局……そこまでは思いきれなかった。

(リアルな人間の腕を引きちぎるなんて……もうそれゲームじゃないし。俺グロいのダメだし)


 生きた標的を相手に戦うことに小霧は馴れていない。

 これまでのゲームではそんな必要もなかった。負けることだって別に珍しくない。オンラインゲームとなんら変わらない、軽い感覚。負けたとしても、せいぜいポイントをふんだくられるくらいだ。ふんだくられたポイントは次のゲームで取り返せばいい。

(まあ、威月にとってはもうそういうゲームじゃないんだろうけどな)
 自らのコマとして3人もの人間の生命を背負い込むことになり、自分もまた意図せずに人間の身体に〈滞在することになった威月はさぞ混乱しているのだろう。
篤志は英司くんが王牙を呼ぶ〈火種なんじゃないかと言っていました。そして私は篤志が王牙を封じる〈鍵なのだと思うんです
そうかもな。
 小霧は英司の横に座った。

 アポロキャップのつばを後ろに回し、つま先でコンクリートの破片を蹴り上げる。

俺、聞いたことがあるよ、大間団地のゲームの話。

ヤツらがどんなルールで戦ってたかをさ。

どうせ尾ひれのついた噂話でしょう。アテになんか……。
信じるかどうかはあんた次第だよ。

俺はどっちでもいいけど、聞いておくくらいのことはしたほうがいいんじゃないかなー。

 そう言って小霧はまた笑った。

 もう一度、今度は茂のほうへとコンクリート片を蹴り上げる。飛んできた破片を顔の前で受け止めて茂は表情を固くした。

条件はなんです?
 顔の造作こそは福島茂のものだったが、そこに浮かぶ表情は小霧の見なれた威月のものだった。

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