【共幻社公式作品】ジャングルに虎がいる

2-02 封じられたもの

エピソードの総文字数=2,284文字

確かなんだろうな。テキトーぶっこいてんならタダじゃすまなねえぞ。
じゃあ他のどこだってんだよ。
……だからいちいち鉄パイプ握んなって。ホント気が短かいな、あんた。
大間団地か。
一応聞いたことくらいはあるが、何でそんなところに……。
 大間団地について、篤志の知っていることは決して多くはない。
 当時も崩壊事故のニュースを見た記憶はあるが、まだ小学生だったし、ちょうど都内へ引越しをした(と母親から聞かされた)ころだ。篤志の記憶が一番混沌としている時期でもある。

 ――少し前に事件や事故を特集したテレビ番組があって、バイト先の連中と一緒に見た。

 大間団地の事故について篤志の知っていることは、ほとんどがその番組から得た情報だ。いつまでも放ってはおけないだろうし、そろそろ撤去の話が出てもいいんじゃないか。ウチにも声が掛かるかも……と、先輩たちが話していたのを覚えている。

俺はこの街で育ったんだ。10年ぶりだけど見間違えるわけないだろ。
――ここは団地のはずれにあった病院の待合室なんだ。よく連れてこられたから、はっきり覚えてる。向こうが診療室で……あっちに大きな虎の絵があった。
ああ、虎の絵なら見た。
俺が目を覚ましたのはその絵のすぐ下だったんだ。
絵は見たけど、ドコの馬の骨とも分からないパソコンマニアの言葉なんて信じられない。――そういう顔だな。
誰が何を言おうと信じられるか、こんなこと。
……ま、そりゃそうか。SFかオカルトだもんな、まるで。
 英司は気楽そうに言った。別段、気を悪くしたというわけでもないらしい。
 だが篤志には、この状況を英司が平静に受け止めていること自体が信じられなかった。
 ここが英司の言う通り大間団地の病院跡であれ、もっと別の場所であれ、あの新宿地下街の怪しげな喫茶店から一瞬のうちに落下するべき場所でないのは確かだ。
以前にもこんな経験したことがあるのか、おまえ。
あるわけないだろ。
――に、しちゃあ、ずいぶんと落ちついてるじゃないか。
予感はしてたからさ。
 ぽつりとそう言って、英司は再び果歩に歩み寄った。
 果歩の身体を抱き上げて、ソファの上に寝かせる。
…………ん。
 わずかに果歩がそう声をもらした。
 見たところ外傷はないが、その声は苦しそうだった。
あんたも少し寝てた方がいいんじゃねえの。血……ぜんぜん止まってないみたいだけど?
こんな場所で寝られるか。――出口はどこだ!
出口はありませんよ。完全に封じ込められている。
 暗がりから、そう声がした。
 いつのまにかほんの数メートルしか離れていない場所に人影が立っている。茂だった。手にビニール袋と洗面器のような器を持ち、果歩の寝かされているソファへ近づくとその器を置いた。
 ビニール袋の中から白い布を取り出して洗面器に満たされた水に浸し、砂埃で汚れた果歩の顔をぬぐっていく。手の動きが妙に滑らかだった。だが果歩を見下ろす表情はまるで人形のように凍り付いている。
このホールは完全に土砂で埋まっています。出入り口も完全にふさがれてるし、窓もごらんの通りだ。ホールの向こうに廊下があって……床がかなり傾斜してるんです。その先は水没してました。土砂崩れの時に水道管でも破れたんでしょう
果歩の顔を拭き終わると、茂は袋から新しい布を取り出して再び洗面器で絞った。表情は、まだ変わらない。
あなたの怪我も手当てした方がいい。
 篤志を見上げ、茂は言った。
 その茂の一連の行動を見下ろしながら、篤志は首筋の毛が逆立つような居心地の悪さを感じていた。
――おまえ、誰だ。
 目の前にいるのは茂のはずだ。
 姿形は確かに篤志が高校の頃から見馴れた福島茂のものだった。それなのに……。
(……くそっ、どうしてこんなに印象が違う?)
 息苦しいほど不快感がこみ上げてきた。
妙な質問ですね。
俺はな、フクとは5年もダチだったんだよ! 
分かるさ、それくらいのことは。顔がいくら同じでも……おまえはフクとは別人だ。
 その篤志の前に、茂がゆっくりと立ちあがった。
 1歩、2歩と近づくと、長く息を吐く。そして息を吐きながら、その茂の口が、引きつったように笑った形を形作った。
 何の感情も伴わずに福島茂らしい表情をなぞって、精一杯好意的なフリをしている――としか思えない変化だ。
すみません。まだ、表情が上手くコントロールできないんです。人間の身体に〈滞在〉するのは初めてなんでね。
くそっ、妖怪が……。
 吐き捨てるように英司が言った。
 英司もまた、目の前に立つ茂から発せられる気配に気づいていた。妖怪という呼び方が正しいのかどうかは分からない。だがそれが英司にとっては馴染んだ呼び方だったし……いずれにしても目の前にいるのは人間以外の何かだ。
 篤志が投げ捨てたまま床に転がっていた鉄パイプを拾い上げると、英司は力任せに茂めがけて振り下ろした。
 茂の眼球がわずかに動いてその行動を追った。
(キレやがって……)
 篤志が舌を打った。
 だが篤志が止めに入るより早く、茂の腕が跳ねるように捻じ曲がった。今にも肩の関節が外れそうな無理のある態勢のまま、その手が振り下ろされる鉄パイプを受け止める。
 同時に目を射るような激しい光が放たれ、英司の身体はあっけなく弾き飛ばされて崩れかけた壁に叩きつけられていたた。
 思わず身構えた篤志に、茂はまた引きつったような笑みを作ってその顔を向けた。
私は確かに福島茂じゃない。――だが同時に、福島茂でもある。あなたたちに危害を加えるつもりはありませんよ。
意味が分からねえな。
あなたたちに協力して欲しいってことですよ。この状況を収束させるためにね。

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