勇者の武器屋

第四四話 いつか金融業界へ

エピソードの総文字数=3,737文字

誰からプレゼンする? 私は準備万端すぎるんだけど。

そうですね……では、ここはやっぱり、私たちのパーティーではいつも一番手が早い魔法使いさんからお願いできますか?

アタシ、一番手が早いかね?

先制攻撃も、防戦を強いられたときも、いつだって魔法使いさんが最初に打撃を喰らわせる役目でした。魔法使いさんの放つ魔法が、戦いの号令みたいなものでしたよ。

僧侶や勇者が強すぎるせいで、最初に一撃をぶち込んでおかないと、もうアタシの出番なんてなかったからな。いちおう仕事してますってことを主張したかっただけなんだぜ、割とマジで。

猛烈に俺もそうしたかったが、魔法使いみたいに遠距離からの攻撃手段に乏しかったからな……。おかげで本当にお前らの荷物運んでただけだったが……。

じゃあアタシからいくぞ。

これを見てくれ。紙に計画を書き殴ってきたんだ。高価な紙を自由に使えるようになったなんて、アタシらも出世したなぁ。

保険業……ですか?

そうだ。アタシらも大陸を渡るときには、何度も船をチャーターして航海してきたものだろ。


そのとき知ったんだけどさ、船舶事業には保険というものがある。航海保険として知られているな。どこの貿易港にも、航海保険を引き受ける銀行がある。初めてこの仕組みをしったときには、なかなか考えたものだなぁと感心したものさ。

あったわね、航海保険。遠洋に乗り出すごとに航海保険をかけておけば、万が一遭難したり、沈没したり、海賊にあって積み荷を奪われたりした場合に、船主や家族に保証がされるという仕組みのことよね。

そうそう。昔の船乗りたちは難破や遭難なんて珍しくなかったから、船乗りギルドで共同基金を創設して、積み荷を失った船主や、大黒柱を亡くした家族への保証をすることにしたらしい。

それが今、銀行が金融商品として売り出している航海保険に繋がっている。船の技術改良が進んで難破や遭難が縁遠くなった今でも、その仕組みは残ってるわけだ。

そういや、昔と比べて保険料がだいぶ安くなってきたんだろ? 銀行が、最新の数学技法を駆使して、リスク計算なんかをちゃんと弾きだしているのも保険料低下に繋がってるらしいな。だが、俺たちに航海保険がどう関係するっていうんだ?

だから、保険ってビジネスモデルは、何も船乗りたちだけの専売特許にしなくてもいいじゃないか。

たとえば冒険者たちのリスク保険、市民らの火災保険、国家の戦争保険……いろんなものに応用していけると思わないか?

な、なるほど、そいつはいい! ちょっとダンジョンに潜ろうとするときに、念のため保険をかけておくってのも十分にアリだ!

むう、面白いかもね……。『ドリームアームズ』みたいにモノを生産して売るわけじゃなくて、ただ単に空気を売っていくわけだからね……。やりようによっちゃ、途方もない儲けになるかも……。

すごいです……。

もし一つでも保険商品として成功させたら、次々と別の分野にまで保険を拡大させて、一気に開拓できそうな予感がします。途方もなく遠大で、すごい事業になるかもしれません。

だろー? ここに誰もまだ気づいてないんだよな。

でもアタシは単に、既存にある航海保険をちょっと別の分野に持って来られないかなって考えただけなんだよ。

その応用が、なかなか普通の人にはできないんですよ! やっぱり魔法使いさんは頭が良いと思います。さすがです。

良く言えば要領がいい、悪く言えば小賢しい……魔法使いってそんなタイプよね。賢いことは認めるけど、小さくまとまってる感が否めない。まぁ、私と比べればって話だけどね。

そりゃあ神をも凌駕しそうな無敵の強さを誇る僧侶様と比べればな。

ともかく、本当に尊敬されるべきは最初に航海保険の仕組みを考え出した船乗りギルドの先人たちであって、アタシじゃないことは確かだ。アタシらはその先人たちに敬意を表しつつ、『ドリームアームズ』の新規事業に採り入れさせてもらおうぜ。

ダンジョン保険とかいいですね。これから潜ろうってときに、『ドリームアームズ』で保険に加入してもらって、ついでに武器防具も買っていってもらえれば一石二鳥にもなります。

どうせダンジョンに潜ったって、そうそう簡単には死にはしないからな。安い保険料でも、『ドリームアームズ』が損をする可能性はあんまりないだろう。

わざわざダンジョンに潜ろうとする冒険者なんだから、腕に自信があるわけよ。死んだら珍しいくらいよね。

ごくたまに死亡者が出ると、冒険者の間では結構話題になるからな。新しいモンスターが現れたんじゃないかとか。ひとつのダンジョンにつき、死亡事故は年に数回ってところかね?

話題になるってことは、普段はあんまり倒れる冒険者さんはいないってことの裏返しですよ。だからお金を稼ぐ一方になるかもしれません。安心を売って、お代金をもらうわけです。

むうう、考えれば考えるほど、大きな可能性が見込める事業分野よね。これは絶対、『ドリームアームズ』で事業化しなくちゃ……。

だが待ってくれ……。たしかに素晴らしい目の付け所だが……この保険事業を切り開いていこうとすれば、そんな簡単な話でもないぞ。下手にスタートを切れば、また魔境銀行にすがらなくてはならない事態に陥るかもしれない。

何よアンタ、こんなビッグビジネスを目の前にして、茶々を入れてどうすんのよ。儲けられるときに儲けていくべきでしょ。

いや、戦士の言うのもアタシはわかるんだよ。構想自体は面白いと思っちゃいるんだが、いざ現実の仕組みを整えようとしたときには、色んな障害が大きいんじゃないかなとは思っていた。

たとえば、どんなことが障害になりそうですか?

実際のところ、一つの金融保険商品を作るにあたっては、相当な数学的技能を駆使していかねばならないと思うんだよな。適切な確率計算をする必要があるだろ。じゃないと、大事業だと思って始めた保険業で、逆に大損を扱きかねない。

保険を高く売りつければ、どう転んでも損はしないでしょ?

保険は売って終わりじゃないだろう。本当に死者が出たり、怪我人が出たりすれば、契約内容に基づいて保険料を支払えるからこそ価値がある。保険料の支払いのほうが多ければ、当たり前だが損ばかりが膨らむんだよ。

アタシらとしてはリスクを最小化して儲けを最大化したいから、当然高く保険を売りたがる。かといって保険の購入者が高いと思えば、誰も買ってくれないだろ。だから適切な確率計算をして、アタシらにも購入者側にもメリットが見出せる範囲がどこか探り当てなくちゃならない。

ぶっちゃけ、その範囲がサッパリわからない。

全然ダメじゃん。

その確率計算は、航海保険を真似させてもらえばいいんじゃないでしょうか。航海保険を販売している銀行さんがノウハウは持っているわけですよね?

いいや、航海のリスクと、ダンジョンに潜るリスクや、積み荷を山賊に奪われるリスク、家が火事になるリスクはまったく異次元のものだぞ。たぶん商品化する分野ごとに、綿密な確率計算を繰り返して、シミュレーションを重ねていかなきゃならないんだ。

それはそうかもしれませんです……。

銀行はたしかに金融商品を作るノウハウを持ってる。悔しいがやっぱり銀行なんだよ。


戦士が言うように、アタシらが適当に確率を弾き出せばいいというものじゃない。誰も手を付けていない面白い分野だとわかっちゃいるんだが、アタシらも相当な準備をして臨まないと、結局は本当に美味しいところをまた魔王に奪われてしまいかねないんだ。

何なの? 自分でプレゼンしておいて、自分で否定してどうするのよ。

否定したわけじゃねーって。ただ、軽く飛びつくのは待とうぜってことなんだよ。魔法剣製造販売事業で、魔境銀行に頼らなくちゃならなくなった失敗でコリゴリしてるからな。

まぁなぁ。そもそも俺たちに適切な確率計算ができるとは思いがたい。それに、保険料の支払いを想定すれば、相当な資金力を保有しておかなきゃならないだろう。保険を買う客だって、『ドリームアームズ』がもしものときに保険料をしっかり支払えるかどうか見越して買うはずだ。

魔法使いの保険事業は実に魅力的だが、目先で俺たちがやるべきこととは少し違うのかもしれん。

たしかにそうですね……。いずれ『ドリームアームズ』で事業化するにしても、もう少し力を付けてから乗り出すべきだと思いました。事業案としてしっかり温めておいて、ここだって思うタイミングで一気に形にしていきましょう。

私は、目の前に黄金の山があるっていうのに、飛びつかないなんてバカのやることだと思うけどね。

保険を売ろうっていうのに、俺たち自身がリスク計算ができないほど盲目になってちゃダメだろ。いずれ事業化するっていう話に違いはないんだから、まずは手に追えるものから取り組んでいくべきだ。

金融業で魔王さんと戦うには、まだまだ『ドリームアームズ』は力量不足ということでしょうか。

逆に言えば、それくらい金融業は濡れ手に粟で儲けられるかもしれないということなんだけどね。

では魔法使いさんのビジネスプランは、『ドリームアームズ』でいずれ必ず事業化していくとして……次は戦士さん、いいですか?

了解した。俺の事業案は魔法使いみたいに遠大じゃないんだが――

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