地球革命アイドル学部

プロローグ

エピソードの総文字数=2,829文字

君たちにとって、我が女子高のイメージは?
 深刻な面持ちで校長が問うてきた。
日本最強の空手無双集団。
 非常勤教員の俺――38歳の宗形錬(むなかたれん)は端的なイメージを口にした。
鬼も泣き出すチート武闘派高校、ですかねー。

 隣で直立する正規教員――24歳の浅倉一華(あさくらいちか)は軽い口調だった。

 窓辺へとよろめくように歩いて外の様子を眺めた校長は、再びこちらに視線を戻して口にする。

死にたい……。私は死にたいのだ……。わかるかね……?

 面倒くさい人だなと思う。ビジネス畑出身の校長はアイデアマンで行動力旺盛なのだが、打たれ弱く、守りに入るととたんに情緒不安定になるところがあった。

うちの高校への志願者が、まさか倍率1倍を下回る事態になるとは思いもよりませんでしたね。急転直下の転落劇ですから、私立高校界隈ではちょっとした話題ですよ。

おしまいだ……。優良私立と目されていたはずのわが校が、まさかあるとき突然に、ここまでの不人気校に転落してしまうとは……。

 校長の顔はますます青ざめていた。この高校のオーナーによほど叱られたのか、それとも解雇すら申し渡されたのか、切実な雰囲気が漂っていた。

空手最強高校としてここまで名が轟くとは予想外でしたよ。
 他人事のように俺は相槌を打った。実際のところ俺にはそれほど当事者意識はない。

うちの空手部、バキバキに強いですからね~。女子にとってはイメージが致命的に重要なんで、雑誌とかテレビで『無双無双』と連呼されると、やっぱり敬遠しちゃうものですよ。

 本来、スポーツマンシップで高校の名前が世界に轟くなら、それは誇るべきことのはずだ。バスケットボールや陸上競技、あるいは剣道あたりまでなら、これほどの事態には陥らなかっただろう。しかしそれが空手であり、『日本一強すぎる女子高』として報道されるほどだった。それが突然の不人気高に転落した唯一の理由である。摩訶不思議な話だが本当なのだ。

おのれ空手部め、私の人生をメチャメチャに踏みにじってくれる……。
いや元々、空手部を新たに創設したのは桐生校長のアイデアだったのでは……?

 俺は冷静に事実を指摘した。

 50歳の桐生校長は、校長としては若いほうである。うちの高校の校長は、教育者というより経営者というほうが適切だろう。投資銀行の関連会社で役員を務めていたらしい校長は、高校経営の安定化のためにビジネス界から引き抜かれてきたそうだ。それゆえ私立高校を所有するオーナー一族から経営を任されているだけの立場だ。だから校長は教育内容にはほぼ関心を払っていないのだが、高校の業容拡大や宣伝活動には熱心だった。その一環として3年前に、中学校で日本空手全国ナンバーワンだった女子中学生を、授業料全額免除のうえ高校が少額の支援金まで出すという特待生として迎え入れた。当初は校長の目論見通り、文武両道の高校というイメージ形成に役立っていたのだが……問題は、その特待生があまりに強すぎたことにある。

そこでだ、宗形くんを呼んだのは他でもない。この高校の再建を君に託そうと思う。我が校は、フェニックスのごとく蘇るのだ。

はあ……。いったい何をしろと?

 非常勤教員に過ぎないこの俺は、職場に思い入れがあるわけではない。給料も安く、明日解雇されたって仕方がない立場であり、そんな俺が高校にとっての重大任務を背負うなんて、あまり妥当な人選とは思えなかった。

私は懸命に打開策を模索した。そして……クフフフフフ……ついに、ついにたどり着いたのだよ、この苦境を盛り返すのみならず、さらなる高校の飛躍のために打てる手に……。これこそ起死回生の最終戦争、これこそファイナルアンサー、これこそ西条女子高校のビッグバンだ。

ビ、ビッグバン?
我が校は、アイドル学部を創設する。
………………は? アイドル学部!?

この一発逆転のアイデアをひらめいたとき、私は背筋に稲妻が走ったよ。武道を極める無双女子高の強大なインパクトに対抗できるのは、やはり美しく可憐なアイドルたち……。これで……これで逆転だ……クフフフフフ……。

 校長はマッドサイエンティストのように微笑んだ。よほど追い詰められ、苛まれていたらしい。

 隣の一華が、唖然とする俺を向いて口にする。

私は、そんなの都合よく上手くいくわけないって言ったんですよ~。ビッグバンの責任を取らされるなんて勘弁です。

なんだ、浅倉先生は聞いてたの、ビッグバンのこと?

イエス、ビッグバン。最初に、アイドル学部を担当してくれって振られたのが私だったんです。でも、そんな失敗が見えているものなんて、私は嫌だって断ったんですよ。そしたら校長先生が、責任者は別に立てるからやってくれって。

なるほどな……。何かあった場合の責任者ってことで、俺に白羽の矢が立ったってだけか。

 非常勤教員の俺なら、不測の事態が発生した際にも首が切りやすいという事情もあるのだろう。俺は生徒たちのみならず、教師の間ですらあまり場に溶け込めず、いつ人員整理の対象になっても仕方ないとも思っていたので、学校側も丁度よい人選なのかもしれない。

責任者は宗形くん、現場担当は元アイドルにして現教師の浅倉くんということだ。

 校長はそう言って、俺と一華を交互に見やりながらくつくつと笑う。

クフフフフフフフフ……宗形くんはともかく、浅倉くんがいれば完璧だ……。なぜ私はもっと早く、浅倉くんとアイドル学部を結びつけようとしなかったのか。

 校長が、教員免許を取得した元アイドルの一華をいち早く見出し、説得してこの女子高の正規教員として採用したのも、高校の宣伝活動の一環だった。元アイドルの教師という肩書は、学校のイメージアップとして有用だと考えたのだろう。ただ記憶にある限り、別に一華が元アイドルだったからといって高校のイメージが特別上がった印象はないし、そもそも話題になるほどの大物芸能人だったら、一華だって教師になってはいないだろう。

何度もお伝えしましたが、きっと上手くいきませんよ~。

大丈夫だ、問題ない。浅倉先生は必ずビッグバンを巻き起こす。大宇宙は爆発して誕生するのだよ。この高校を苦境から救ったこの私の手腕は、いずれMHKが感動の教育者ドラマとして取り上げ、日本中を感動の嵐に陥れることだろう。映画化せざるを得ない……クフフフフフフフフフフフ……。

 すっかり他力本願の校長は、現実逃避するしか術が残されていないようだった。

 考えてみれば、空手最強だった女子を学費免除の特待生待遇で高校に迎えたのも校長で、元アイドルだった一華を連れてきたのも校長だ。校長のせいで高校は危機に陥り、そこから脱しようと校長は猛烈にあがいている。すさまじい一人相撲を俺はいま目撃しているのではないだろうか。校長のなかではすごいことになっている関ケ原の天下分け目の一戦に、どうやら尻ぬぐいとして俺が引っ張り出されることになったらしかった。勘弁して頂けないだろうか……。

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