神と大統領と弾道ミサイル(仮)

神の宣戦布告

エピソードの総文字数=4,353文字

ふむ。

どうやらマリシェヴァは君の暗殺に失敗したようだな。

 PCモニタを通して向かい合うプーチンは、落ち着いた声音で言った。エリカだと装ってコンタクトし、天馬は直接プーチンと話す機会を得ていたのである。使用しているノートPCはエリカのものだったが、今プーチンと向かい合っているのは大統領執務室であり、天馬一人が向かい合っていた。
この俺を倒せるわけがない。

俺を本気にさせてしまうとは、貴様は実に愚かなことをしたな?

あるいはもしかしたら、かなり早い段階からマリシェヴァは君の側についていた?

……マリシェヴァは能力、思想、従順さ――およそ多くの点で高い評価を得ていた工作員だ。そのマリシェヴァを取り込んだのだとしたら……ややもすれば君は、我々が想定していた以上の政治性がある男やもしれぬな。

ふん、貴様らの想定などはなっから間違っているのだよ。俺が地球を統一する可能性を織り込めないとは無能も極まるというものだ。ちなみにだ、CIAの分析チームは、この俺のオーレス統一の確率を8000%だと断じていたことを教えておこう。
鼻息だけは荒いようだな。だが犬の遠吠えを聞いてやるほどの暇人ではない。君がまだ口達者で、マリシェヴァがどうやらロシアを裏切ったのだということがわかればそれでいい。君もマリシェヴァも殺す。このコンタクトは終了だ――
 いきなりプーチンがネットワークを切断しようとしたことを察知し、天馬が畳みかける。
このコンタクトは、ロシアへの最後通牒だ。ロシアは、我が帝国に無条件降伏せよ。モスクワを炎の海に沈める前に、一度だけ考える時間をくれてやろう。
何ッ?
 プーチンは手を止め、奇妙な表情をした。
この俺は神として小生意気なロシアのやり方に天罰を喰らわせてやってもいいのだが、あらゆる理性を総動員し、今こうして猛烈な優しさを発揮してやっている。ロシア国家の消滅か、それとも全面降伏か、選ばせてやる。
…………。

私は夢でも見ているのか? 君の珍妙な言葉がまるで脳に収まってくれない。

 怪訝な面持ちのままプーチンは言った。
帝国は、すでに1000を超える弾道ミサイルを配備済みだ。射程は3000キロ。
マリシェヴァからは、アメリカが提供してきた材料をもとに、不動天馬が首都オーレス攻撃用として準備した即席の弾道ミサイルは100程度だと報告があったが? 射程もせいぜい、弾頭を搭載しない段階で1200キロの範囲内だという。
思いたければ思うがいい。貴様は、エリカがどの時点からこの俺に付いたかわからないと最初に言ったな? エリカがどこまで正確な報告をしていたか、FSBには不明だということだ。仮にエリカが早い段階で俺に取り込まれていたとしたら、真の実力を正確に伝える可能性はあるまい。
民間で販売されている低廉なパーツだけで、3000キロの飛距離がある弾道ミサイルが作れるものか。
貴様は、俺が1200キロまでの飛距離がある弾道ミサイルなら作れると信じたのか? ならば、3000キロの弾道ミサイルを作れないと考える理由はなんだ? エンジン、燃料、安定装置、ミサイル自体の重さ、弾頭の種類……それらによって飛距離のコントロールなどいくらでも可能だ。ロシア人は、最先端民間企業の経営努力を見くびりすぎだ。
そんなミサイルが簡単に作れたら世界の色が今すぐに変わる。
貧者のためのハイテクノロジー兵器の開発――それこそ貴様が俺に望んだ仕事だったのだろう? だからこそ貴様は俺を大統領に据えたことを思い出せ。たとえ世界の最貧国でも、テロ組織であっても、山奥のいち個人の家庭であっても、アメリカにすら対抗できる軍事力が持てる世界……それを俺は成し遂げることができる。
ふん、だが核弾頭を搭載できるわけでもあるまい。貴様には、核弾頭を開発するような時間は確実になかった。もちろん、相応しい生産設備もだ。
中国からプルトニウムを密輸することに成功した。貴様の指摘通り、生産設備や電力の欠如のためまだ核兵器、核弾頭化はなしえていないが、これをダーティーボムとしてばらまく算段ならできている。モスクワの空に、ダーティーボムの脅威が降り注ぐことだろう。
 プルトニウムの密輸などまったくのデマだったが、エリカからの情報が経ち切れたロシア側には、直接確認するための手段がない。ならばここは、言ったもの勝ちの場面である。相手が1割でも可能性があると感じ取ってくれるレベルまでの誇張であれば、この交渉では有用に機能する。
何を言い出すかと思えば。核弾頭ならともかく、実際にはダーティーボムなどそれほどの脅威ではない。弾頭に搭載できる程度の放射性物質など、都市を広範囲に被ばくさせるには量が足りない。しかも攻撃で直接人が死ぬわけでもなし、被害はガン発生率をわずかに高める程度だ。
フフフ、それは攻撃効果を低く見積もりすぎだ。現実的な効力は貴様の見立てとそれほど違っていないが、そもそもダーティーボムの真の威力はそこではない。本当の意味は、愚民どもが過剰に騒ぎ立てることで、社会的混乱やパニックを巻き起こすことにある。
お前自身が攻撃効果の低さを認めているではないか。そんなもので我が国を脅しているつもりかね? テロリスト風情が笑わせてくれる。
ダーティーボムが頭上に降り注ぐと知れるだけで、市民どもが大挙して逃げ出すのは間違いない。そして、そんな状況をもたらした貴様の外交的失策は、確実に市民の支持を削り落としてくれるだろう。貴様の政治的命脈を、この俺がもらい受ける。
お前に揺るがされるほどロシアの政権基盤は脆くはない。死を前にして無駄なあがきだ。
政権基盤は盤石か? メディアの報道は100%クレムリンの統制下にあるのか? 仮にロシアの主流メディアが沈黙しようとも、海外のメディアがこぞって注目し、ロシア人に恐怖心を植え付けてくれることだろう。

 こうした互いの煽り合いは無意味なものではない。いわば天馬の側が意図してチキンレースを挑んでいるのである。そして天馬としては、こうした罵り合いを繰り返すことによって、ダーティーボムの存在が既成事実化していくことは都合がいいことでもあった。

 プーチンは強気の姿勢を崩さない。

お前が何をしようが大ロシアは揺るがない。自分の影響力を高く見積もりすぎていることを教えておいてやる。
大ロシア? 大きなことを誇っているつもりか? それは逆だ。俺一人がこうして貴様を脅していることの重みを思い知れ。この俺1人が今、ロシア国民1億4400万人を道連れに、差し違えようとしている闘争なのだ。
危険なゲームが好みのようだな。火遊びが過ぎればさらに寿命を縮めるだけだぞ?
クックック……俺は火遊びが大好きなんだよ。どうせ火遊びするのなら、一人でも多くのロシア人と楽しめると尚いい。貴様も俺の火遊び仲間だ。

 ささやくように言って、天馬はニヤリと笑みを浮かべた。

 こうして煽りに煽るのは、いわゆるマッドマンセオリー(狂人理論)である。外交上、こいつは何をするかわからない危険人物――マッドマンだとされていたほうが有利な点が実は多い。敵対相手が、こちらの危険を予め織り込んで交渉に臨んできてくれるからだ。

「こいつは本当に核を撃つかも?」と疑念を抱かせれば、どうしたって自分は弱手にならざるを得ない。互いの腹の内を読めない外交戦において、危険人物を装うのは一定の有効性がある。

 もともとロシアも、ある程度までマッドマンセオリーを有効活用した外交戦略を好んで用いる場合がある。ロシアは外交上、常にコワモテで通っていて、それが国力を遥かに超えた力をロシアにもたらしている。だがそれでもロシアが用いるマッドマンセオリーは、国家という枠組みに当てはめられた範囲内なので、天馬のような一個人のマッドマンぶりにはとうてい敵わないのである。ロシア政府と天馬個人を比べれば、頭おかしい競争をすれば天馬のほうが圧倒的に優勢だ。弱きこと、小さきことは、マッドマンとしてなら逆に大きな強みに転化するのだ。

 天馬はマッドサイエンティストのように微笑む。

宣言しよう。

我がアスタリア帝国は今ここに、ロシア連邦に対して宣戦を布告する。

……何?
ククク、貴様との決戦の舞台は明日としよう。明朝6時、我が帝国の弾道ミサイル群をモスクワへ向けて発射する。昼前にはモスクワにミサイルの雨が降り注ぐことになろう。
 天馬は発射時間を明示した。普通なら攻撃時間など明示しないほうが有効だ。しかしこれには、重要な意味があった。
もちろんいくつかのミサイルは、モスクワ周辺に張り巡らされた防衛システムによって撃ち落されるだろう。しかし1000発の弾道ミサイルは圧倒的な飽和攻撃であり、その大半がモスクワ中心部へと到達する。いや仮に防衛システムによって撃ち落されたミサイルも、それがダーティーボムなら目論見通りの攻撃効果を発揮してくれるだろう。

ハーッハッハ! ロシアの命脈は明日で終わる!

 天馬はさもジャンキーだと言わんばかりに高笑いした。
この期に及んで見苦しいあがきだ。追い詰められた人間の、最後のあがきというものか。お前とマリシェヴァの命はその前に終わる。

 プーチンも然る者である。動じた表情を見せず、最後通牒を突き付けてきた。

 最も近いロシア軍基地から空軍を動かせば、明朝6時の弾道ミサイル群発射前までにここに攻撃を仕掛けることができるはずだ。天馬とエリカという個人の殺害を目的にした作戦ならば、個人をターゲットにすること難しい爆撃機による攻撃ではなく、特殊部隊をここまで運び、直接殺しに来るに違いないと想定できる。天馬が生き残っている限りミサイルが放たれる危機は確実に残り続けるのだから、ロシア側としてはどうしたって天馬個人に狙いを定め、殺害を確認しないとならないのだ。

神とロシアの戦争の始まりだ。神の天罰を喰らうがいい。世界で初めての核戦争として記憶されることになるかもしれん。
 天馬は不敵に微笑んでみせた。
なかなかゲームを楽しませてくれる男じゃないか!

死の間際まで火遊びのペテンを演じてくれることを期待しているぞ。

 プーチンも破顔した。それは天馬が直接目にしたプーチンの初めての笑みだった。テレビや写真などを通して無理に笑顔を作るプーチンの映像なら幾らでも見たことはあったが、それらとは違う、心の底からの楽しげな笑みに見えた。
話し合いの時間は終わりだ。貴様は神を怒らせた。地獄の底で懺悔しろ。

 そう言い残し、先に通信を切ったのは天馬のほうからだった。これもブラフの一つだ。

 マッドマン同士、互いに指し合う次の一手は強烈なものになるはずだ。こちらはあらゆる指し手を上回るインパクトのものを繰り出していかねばならない。

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