放蕩鬼ヂンガイオー

03「俺、もう帰っていいかな」

エピソードの総文字数=2,587文字

「キラーン。おまえ、ちょっと見所ありそうなのだ」

 ヂンガイはニヤニヤしながら腕組みひとつ、さも偉そうに鼻を鳴らした。

「ちょっとこの時代のアドバイザーとして協力してもらおうし古代人。低脳にもわかるように説明してやると、あたしたちは人間の持つ『燃え』の力をエネルギーとして戦っているのだ。さあ、どんなくだらない道化を演じればこのヂゲンの庶民どもは燃えるのだ?」
「人様に協力をお願いする態度じゃねえだろッ!」
「ひっ!? うう……毎回そうなのだ。低脳な古代人どもはあたしの苦労なんて理解せず、やれ黒い鬼だ、やれ空跳ぶ化け物だ、やれ上から目線で見下している、やれ幼女なぞに平和を任せられないなどと抜かして『燃え』てくれないのだ……」

 ひっく、ぐすっと泣いている。泣くのかよ。

『――その通り。落ちこぼれでクズで傲慢で信頼のない、全戦無勝の放蕩鬼、それが貴様だ」

 突如響いた声に、あわてて顔を向ける。

 店の影から、目を血走らせたシシドクロが顔を覗かせていた。

『そこにいたか、放蕩鬼』
「こ、こいつらはヂゲン獣! 様々なヂゲンに現れて侵略を行う化け物だし! 燃えのエネルギー『LAE』に対して、負の心を元にした反物質『ダークLAE』を集めることで時空の果てに封印されたヂゲン邪神を目覚めさせ、全てのヂゲンを絶大零度にしようとしているのだ!」
「ぜ、絶大零度!?」
「絶対零度よりももっと寒い世界! それが、絶大零度なのだ!」
「……ふ、フーン? フゥーン?」
『我らが覇道に恐れをなしたか。そう、気温絶対零度にして人の心も完全に冷え切り、世界から完全にLAEの消え去ったヂゲン……それが絶大零度だ』

 シシドクロはコンクリートの道路を蹴り砕き、宙へと舞った。
 咽を震わせて叫ぶ。

『さあ! 人間どもよ、この私に負の感情を与えるがよい! 魅せてみろ! この時代、この町の人間が持つ絶望や悲しみは何だ!』

 寂れた裏通りを睥睨するシシドクロ。
 この時間で人通りは少ないかと思ったが、映画か何かの撮影と勘違いした人たちだろうか、緊張感を感じさせない面持ちの人々が携帯片手に集まってきていた。

 その中に一人、道路のはしに突っ伏して震えているスーツ姿の中年男性がいた。

『――見つけた。さあ、貴様の絶望を我に与えたまえ! ダークブキナイズ!』

 シシドクロが腕を振るう。

 中年男性がビクッと痙攣し、全身からどす黒いオーラを立ちのぼらせた。
 オーラはゆらゆらとうごめき、シシドクロの体に集まってゆく。

「チッ、やられたし! ……奴らのもつ最大の能力がこれ、人間の持つ負の感情を増幅、力に変えて自分の身にまとうこと。かつて他のヂゲンでも、疫病の恐怖や戦争による心の傷、飢餓や裏切りなどなど様々な負の感情が利用されたのだ」

 ヂンガイが歯噛みしている。
 確かに、そんなものを利用されたら人々は『燃え』ている場合ではなくなるだろう。

 秋葉原に住む人々の持つ負の感情……? 
 いったいシシドクロはどんな力を顕現化するのだろうか。

 徐々にオーラが晴れてゆき、新たな姿をしたシシドクロのシルエットが浮かび上がった。野次馬含む周囲の視線が集まっていく。

『ダークブキナイズ完了。ほほう、この人間が持っていた負の感情モチーフは――《ラブキャラの主人公、秋星キャラリちゃんが可愛すぎて生きるのがつらい》か』
「…………は?」

 そこには、パッツパツのレオタードを筋肉の圧力でやぶりながら着ている巨漢がいた。しかも首から上はライオンである。

 毛深い豪腕には宝石のちりばめられたピンクのステッキが握られている。
 先ほどまでぶら下げていたドクロのアクセサリーも、いつのまにか可愛らしいイチゴモチーフに挿げ替えられていた。

 大衆が、一瞬にして凍りつく。

「変態だあああああアアアァァァァ――――――ッッッ!」
『ククク、恐ろしいか人間ども』
「別の意味でなッ!」

 ダークブキナイズで力を吸い取られたスーツの中年男性は、うずくまってブルブル震えながらアニメ絵のプリントされた紙袋を抱いていた。

 描かれた女の子の衣装がシシドクロの惨状と酷似している。
 なんとなくあまり同情できない気もしたが、よく見ると男性の全身に霜が張り始め、ぱりぱりと氷の割れるような音が響いている。
 ダークブキナイズされた人間は、心から体へとシンクロするように凍りついていくのだろうか。

 燦太郎は、いつのまにか頭を抱えてしゃがみこんでしまっているヂンガイの肩を乱暴に叩いた。

「おまえ、ヂンガイ! あれなら倒せるだろ! むしろ倒せよあの公害! いけよ、ほら!」

 肝心のヂンガイは、心ここにあらずといった表情で青ざめていた。

「だ、だってあれ、見た目はあんなんでもフェイズ2まで強化されてるし……あたしなんかじゃ歯が立たないよぅ」
「だからこそアレだ! エルエーイー? エネルギーを集めるためにも人前で目立たなきゃなんねーんだろ!? ならとりあえず前に出ろよ!」
「だってそんなの怖いし! あたしは超がつくほど極めつけの人見知り屋さんなのだ!」
「何から何まで向いてねえーッッッ! しかもそんな偉そうに主張することじゃねーし!」
「もうやだ! あんな化け物、落ちこぼれじゃなくても勝てるわけないのだ!」

 涙ぐむヂンガイの視線を辿る。

 シシドクロがステッキを近場の人々に向けていた。

『このラブリーアイスベリーにかけて人間どもを滅亡させてくれる。さあ喰らうがいいッ!』

 ステッキの先からハート型の闇が広がる。巻き込まれた人々はみな凍えてひざをつき、口の端から血をしたたらせながら「ああキャラリちゃんかわいいよう!」「マジ天使!」「きゃわ! きゃわわっ!」「新グッズ発売マダーっ!?」「二期はよ!」「いいから結婚しよ!」「ペロペロペロペロ……」などと、のどをかきむしって悶え苦しんでいる。

 なぜか表情は全員笑顔というか恍惚。
 本能的に理解する。これがアレか、阿鼻叫喚というやつか。

『グワーッハッハッハ! 全ての人間は我が力の前にキュン死するがいい!』

 キュン死いうな。

「俺、もう帰っていいかな」
「そ、それもマズイのだ!」

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