頭狂ファナティックス

大室銀太VS守門恒明②

エピソードの総文字数=3,767文字

 銀太は廊下に備えつけられている消火器を手に抱えると、鋏で切り開き、それを相手向かって投げつけた。消火器は恒明の下に辿りつく前に『重力の虹』によって床に叩き落とされたが、暴発して白い煙幕があたりに広がった。恒明は不明瞭になった視界を利用して銀太が突撃を仕掛けてくると思い、身構えていたが、消火剤が散り散りになり視界が開けたとき、銀太の姿は見えなかった。
 しかし銀太がどこに行ったのかは簡単に推測できた。というのもの教室の扉が一つ開いたままになっており、あの短い時間で身を隠すならば、教室の中に入るしかなかったからだ。恒明は警戒を怠らず、緩慢な足取りで教室のドアに近づいた。だが恒明が教室の扉までたどり着く前に、銀太は思いもよらぬところから奇襲をかけてきた。
 廊下と教室を隔てる壁が突然、円形に刳り貫かれた。そこから銀太が鋏を突き出しながら飛び出してきた。この奇襲は恒明にも予想できなかったことであり、恒明は相手の攻撃に対して、迎撃などできるはずもなく、防御の体勢を取ることが精一杯だった。教室の壁から飛び出してきた銀太はまず相手がシンボルを持っている左腕を狙った。
 やはり恒明は『緑の家』の能力を把握しきれておらず、左腕はあっさりと切断された。恒明の左腕とシンボルは床に落ち、金平糖が散乱した。恒明が奇襲による当惑から回復するよりも前に、銀太はさらに攻撃を畳みかけた。
 銀太は相手の左胸に鋏を突き立てた。鋏はブレザーを貫通して、浅くだが、恒明の左胸にも沈み込んだ。銀太の思惑は相手の身体に傷をつけることではなく、ブレザーに切り目を入れることにあり、目論見どおり、切れ目からビー玉がこぼれ落ち、床に落ちて耳障りな音を立てた。さらに銀太は相手の喉元に鋏を突き立てようとしたが、恒明は身を屈めてその攻撃を避けた。そして床に落ちているものを拾い上げた。
 それはシンボルの金平糖ではなく、切断された左腕だった。一瞬の攻防のあいだに恒明は切断された自分の左腕が自由に動くことに気がついていた。恒明は左腕を真上に投げた。その左手には金平糖が一つ握られていた。金平糖を指で押しつぶし割ると、左腕は恐ろしい勢いで銀太の首筋に落下した。銀太は首根っこを掴まれて、そのまま床に押し倒された。この隙に恒明は相手から距離を取り、状況に――特に『緑の家』の能力について――思考を巡らせた。
銀太くんのコンプレックスは消火器と壁をあっさりと切り裂いた。しかしきみのコンプレックスの本質は鋏の切れ味ではないようです。切断しても、その物体の性質は保たれる。その証拠に僕の左腕は自由に動かせた。それがあなたのコンプレックスの真価でしょう。ちなみにコンプレックスの名前は何というのでしょうか?
 銀太は指が肉に食い込んでいる相手の左腕を力ずくで引きはがすと、後方に投げ捨てた。立ち上がるあいだ、手振り身振りを加えながら、銀太のコンプレックスについて推論を述べる恒明に耳を凝らしていた。その身体からはビー玉のような硬質な物体がぶつかり合う音は聞こえなかった。どうやら恒明はビー玉以外の武器を持ってこなかったようだった。
僕のコンプレックスは『緑の家』と言います。これでお互いのコンプレックスを理解したというところですかね。
 その台詞を吐くと同時に銀太は相手に背を向けて駆け出した。恒明がブレザーからビー玉を取りこぼしたとはいえ、廊下に散乱しているのは事実であり、武器を無力化したとは言い難かった。銀太はもっと自分に有利になる場所を探して駆け回った――とは言っても、両足が床から離れないように気をつけながらの、奇妙な足取りで。
 全速力で駆けることのできる相手にすぐに追いつかれるのは当然で、躊躇している暇もなく反撃に移らなければならなかった。それゆえに何の部屋かも確認せずに、駆け出してすぐさま見つけた部屋に飛び込んだ。そこは化学準備室だった。これは悪運を引いたようだぞ、と銀太は内心毒づいた。なぜならその部屋には投擲に適した実験用の備品が大量にあったからだ。化学教師はこの部屋の整理を怠っていたらしく乱雑だった。銀太が部屋に入ったあと、すぐに恒明も入ってきた。

 『緑の家』によって切断されたものは、切断部を合わせれば接合することはすぐに見破られたようで、恒明の左腕は治っていた。化学準備室は細長い部屋で、必然的に銀太は奥へ奥へと退いた。
 恒明は薬品棚にある強塩酸の入った瓶を取り上げ、再び放物線を描くように緩やかに投擲した。銀太はその瓶を避けるためにさらに飛び退いて部屋のどん詰まりまで下がらなければならなかった。そして身を屈めて、いつでも飛び出せるように体勢を作った。『重力の虹』によって瓶が落下すると、あたり一面に強塩酸が飛び散った。銀太にも跳ね返りがかかったが、致命的なほどではなかった。しかし本当に銀太が追い詰められたのは、背にしているものが窓ガラスであることで、そのことに本人はまだ気がついていなかった。
 恒明は次に電子天秤を投擲した。その投擲はこれまでのように放物線を描くものではなく、全力を込めた直線的なものだった。電子天秤はやはり銀太の頭上を通過して、そして窓ガラスを粉砕した。それと同時に恒明は『重力の虹』を発動した。細かいガラス片が銀太の頭に降り注ぐことは問題なかったが、手のひらを限界まで広げたよりも大きいガラス片が凄まじい速度で落下した。
 そのガラス片は銀太の右腕を肩の部分から切断した。この殺し合いで、相手を殺害する確固たる決意を秘めた銀太は決して弱気なところを見せない心づもりでいたが、さすがに右腕の切断に対しては、巨大な機械が軋みを上げるような叫び声を上げた。化学準備室は奥の方から化学室に繋がる扉があった。銀太は叫び声を上げたまま転がるように化学室の方へと飛び出た。そのとき、恒明が奇妙に思ったことは相手が切断された右腕を左腋に抱えて持っていったことで、恒明には切断された右腕が何の役に立つのかまったくわからなかった。
 恒明はほとんど勝利への確信から悠然と化学室へ向かった。化学室には実験のための大きな机が規則正しく並んでおり、銀太の姿は見当たらず、どうやら机の影に隠れているようだった。恒明は自分の方が格上であるという自負から、言い換えれば慢心となるが、その余裕から机の影を一つひとつ調べることに決めた。恒明は片手にシンボルの金平糖の入った壺を持ちながら、勝者の落ち着きを持って化学室を大回りに一周することにした。
 恒明は壁際に寄せてある、人体模型の前を通った――その人体模型を恒明は見ていなかった、あるいは見ていたとしてもまったく意識にはのぼらなかった。恒明が人体模型の前を通り過ぎたとき、それは突然、背後から恒明の首を絞めてきた。予想もしなかった攻撃に、年齢に見合わない精神の強かさを持つ恒明でも驚愕に襲われた。恒明は首を絞めてくる両腕を外すために、その両手を掴むと、触感から、その腕は人体模型のものではなく、間違いなく人間のものであることを理解した。何とその右腕は切断された銀太の右腕だった!
 首を絞めてくる両腕の力は強く、恒明はどれだけ足掻いても外すことができず、そして何より、何が起きているのか理解できなかった。奥の方にある机の影から銀太が現れた。驚くべきことにその両腕には人体模型の腕が接合されていた。その姿を見て、あまりにも不可解な現象に恒明は『緑の家』以外の能力、つまりは銀太の励起した能力の支配下にあることを理解した。今の銀太の腕は人体模型のものであり、自由に動かすことができないようだった。そのためにシンボルの鋏は口に咥えていた。
 人体模型によって身動きが取れなくなっている恒明は格好の標的であり、銀太は口に咥えた鋏で相手の首を刎ねるために突撃を仕掛けた。並の能力者同士の対決ならば、これで決着がついただろうが、恒明は特別科クラスに所属するだけの先見と機転があった。恒明は呼吸もままならない状況で、内隠しから濃硫酸の入った瓶を取り出し――化学準備室を出る前に薬品棚からくすねていたのだ――相手の頭上に投げ、『重力の虹』を発動した。
 瓶は銀太の頭部に直撃したが、高度が低く、速度を得られなかったこともあり、致命傷にはならず、それでも瓶は割れて、銀太はつむじのあたりから出血し、濃硫酸を被った。瓶の砕けた破片が床に散らばった。銀太は濃硫酸を被ったことによって視界を失った。その状態では相手に決定打を与えることもままならず、銀太は化学室から逃げ出した。
 どういうわけか、銀太の肩から接合されている人体模型の腕の十指だけは動かせるようになっていた。口に咥えた鋏で薬品の洗浄をするための流し台から蛇口を一つ根本から切り取り、器用にズボンのポケットに入れたあと、窓ガラスを突き破り、第三校舎に接する校庭へと飛び出した。

 恒明が人体模型と格闘していると、次第に腕の力は弱まっていき、そして両腕は人間のものではなく、完全に人体模型のものになった。恒明はこの変化が銀太の第二のコンプレックスの特質だとは理解していたが、その正確なところは測りかねた。人体模型の両腕の強度も元のものになっており、恒明は力ずくでその腕を破壊すると、銀太を追いかけた。

◆作者をワンクリックで応援!

0人が応援しました。

◆コメント欄は未記入でもOK! 公開されないのでお気軽に。

ページトップへ