いかに主は導きたまうか。

1. Brief Note 概要から。 

エピソードの総文字数=2,401文字

  その会社の名前は「理晃」といった。社長は「林」さん、副社長は「八藤丸」さんといった。この会社の全体像は最後まで分からなかった。ただ、社長と副社長の二人で、ほとんどの実取引はできあがっていたのだと思う。*それもかなり大きな売上の取引が。お二人の立場の違いは、単に会社設立における資本金への支出額の違いからきているものでしかなかったのだと思う。世でよくあるダブルスタンダードの会社だった。またよくある話で、お二人の仲は余り良くはなかった。考え方、価値観の違いのためだ。お互いが相手に対しての愚痴をよく口にされていた。社長は主にインドネシアを、副社長は韓国を相手に訪問を繰り返しておられた。会社は、その道の人たちには知られた、そこそこ歴史のある会社であったらしい。

  入社して、先ずは、なぜ中間層がいないのかが不思議だった。またボクを含め、ほぼ新人に等しい男性三人を求人広告で、この時期に揃えられたのかが分からなかった。*恐らくだが会社を大きくしたいという思いで、最後の挑戦として若手を数名ほど採用することを決断されたばかりだったのだと思う。同じ新人である「小西」という若い同僚は、入社初日のボクの挨拶のあと「うるさい先輩達がいないので、ここはやりやすくチャンスである」と返礼代わりに、ボクにそっと語っていた。確かに状況としては出来過ぎている嫌いがあるようにしか思えなかった。また、揃っていた人々もまた出来過ぎてはいたのだったが....。

  今度の職場は大阪ではあったが、ボクは実家に住まいすることを好まなかった。なので、本町界隈、大通りに面したの賃貸の斡旋会社に行ってアパート探しをまたした。そのお店に入って、すぐにそこの荒れた雰囲気にびっくりする。狭い事務所だった。壁に貼られた紙に手描きで下手な字で、なにやら数字が乱暴に書かれてあった。*売上の成績表だったのかもしれない。ロッカーもかなり年代物のもので開きっぱなし、オンボロで無骨に見えた。若い男性がカウンターで対応をしてくれたのだが、彼の印象も悪かった。卑屈にすり切れて、見窄らしく思えたのだ。彼の着ていた[スーツ]は「馬子にも衣装」の域をでていなかった。彼の隣には上司だと思われる人がいたのだけれど、何故かボクにはまったくの無関心で、ただ接客中の彼に睨みを利かせているだけの不気味な存在でしかなかった。「えらいところに入ってしまった」と思いを抱く。「おどおど」と若者が繰るファイルは傷みが激しかった。この事務所は全体的に粗暴にして不健全な感じで、さしずめ[この世の地獄の一区画]に知らずの内に、迷い込んでしまったとしか思えなかった。*[この世]自体が、既に[天国]とも[地獄]とも地続きなのだということをこの時に知った。
  一件、賃貸のお勧めがあるので「このあとすぐご一緒に」とのことで、彼の引率で見に行った。場所は弁天町のあたりか..。そのアパートは、とてもじゃないが人の住める場所とは思えなかった。その上、家賃も安くはなかった。彼は部屋を出てすぐに、本性露に、また切羽詰まった感じで、脅しにも等しい口調で、本契約をボクに求めてきた。「ここまで来て、ただでは帰らせない」とばかりに...。駄目押しの説得材料には「この近くに○○○があるんですよ」と下卑た愛想笑いを浮かべながら、さも大切なことですよとばかりに話す。ともかくも今回の大阪勤務においては「賃貸を考えることは止めるように」と状況が告げているように思えた。ボクは一人住まいを諦めて、実家からしばらくは通勤することにした。

  ボクは、[貿易]というものがよく分かっていなかった。さらには、この会社の専門は[繊維の仕上加工の為の機械とその処理剤]で、こういったものに関しての知見は、まったく持ち合わせてはいなかった。「勉強しときなさい」と渡された書籍は、かなり専門職の強いもので、何一つとして頭が受け付けることが適わない内容のものだった。「仕上加工のライン行程において、含金染料では...、顔料では...、捺染糊には...、」チンプンカンプンも良いところだった。言葉も固いものだった。まあ、これは当座の時間潰しではあった。なにか、やっている内に、身に付けるべきものはそのうち憶えるだろうと呑気な体でいた。

  貿易商社で、[営業]という立場の仕事をするということは、かなり難しい。これはまったくの[新規]で、[一から]始める場合の話だ。海の向こうの相手(買手)と国内のメーカー(売手)を[マッチング]をする、これが基本の課題である。しかし両者とも見ず知らずの赤の他人で、信頼関係がゼロであった場合は、いろいろと面倒くさいことが仕事として含まれてくる。このリスクを取れて初めて商社としての存在意義は生まれてくる。*ただの「%ビジネス」とは、もう呼べなくなる。メーカーは絶対に、この面での仕事をこなすことはできない。たとえ貿易部があったとしても...。

  最初に仕事としてさせられたのは、JETRO の発行する公報にある海外からの引合"Inquiry" に対する応答 "Offer" であった。引合元は韓国、バングラ、中東、東南アジアがほとんどだった。モノは電子機器、バルブ、鍵、現地工場での取替部品、試験機、ect。どんな引合であろうと、それへの対応をさせられた。*墓石と人身売買等の非合法なモノ以外はなんでもやるが八藤丸(副社長)さんの方針だった。しかし、これは土台成り立つ訳がない引合なのだ。かれらには、本丸は元々別にいるわけなのだ。長い取引先が。これとは別に[相見積]を念のために取って、有利に本丸との値段交渉を改めてするわけだ。情報を集めに使われていることが多かったのだと思う。要は[かませ犬]としての立場なのであった。

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