地球革命アイドル学部

極貧少女と理想の世界(2)

エピソードの総文字数=4,114文字

 昼休みの時間。

 校庭の隅のベンチで、俺は昨晩買っておいたパンを頬張っていた。スーパーで半額セールだったパンである。賞味期限は昨日で切れていたが、菓子パンというものは添加物が多量に使われているため、賞味期限が少し過ぎたくらいなら全然問題ない。それに人生に対して半ば諦めの境地に達している俺は、長生きや健康に気を遣うような意識も低かった。今はとにかくリタイア資金を少しでも多く確保し、それを投資に回しておくことである。

 リタイアまでは我慢のときだ。今は腹を満たせればいい。胡白から指摘されたとおり、リタイアすれば野垂れ死ぬかもしれないことはわかっている。仮に40ですっかり引退したとしても、俺が年金をもらうころには支給年齢が70歳とか75歳になっているに違いない。いや国の財政事情を鑑みれば80歳の可能性もある。するとあと30年か40年は手持ちの資産で生き延びねばならないが、生活費は年100万程度にまで切り詰めても保たないことは明らかだ。ほそぼそと運用で増やすつもりだが、アテにしてはならない。なるべく釣りをしたりすることで食料を確保する必要があるだろう。もし途中で大病を患うようならそこで人生ゲームセットで構わなかった。

 そんな風にリタイア後の生活を夢想していたところ、右手側から声がする。

こちらスネーク。ボッチ発見、繰り返す、ボッチ教師を発見。

なんだ千香くんか。

ぷーくすくす。宗形先生、独り寂しくボッチ飯っすか?

職員室だとどうも息苦しくてな。かといって学食だと生徒たちにバカにされてる感覚を感じてなんだか怖い。だからいつもここで食ってるんだ。

宗形先生は自分だった……? なにそれ怖い。自分もボッチっす。せっかくだし、隣、いっすか。

 千香は、スーパーやコンビニでもらうような白いビニール袋を手に持っていた。シワシワになった袋で、使い回しているのだろう。千香の薄汚れた制服やソックスや靴と相まって、極貧感が実にすごい。

そりゃ構わんが。貴重な昼休みを俺なんかと過ごしていいのか?

 つい今しがたまで俺は、リタイア後になんとか食いつなぐ貧乏生活を思い描いていたのだが、幾ばくかの資産がある俺のほうがもしかしたらだいぶマシなのかもしれない。円香や千香には、もしもの頼みになってくれるような資産などまったくない様子だったからだ。

自分、高校に来てから新しい友達なかなかできないっすよ。中学のころは普通に友達いたんすけど、西条女子高校の人たちはなんか女子として色々レベル高くて、自分の場違い感マジパネェって思います。

レベル高いかな? むしろ千香くんのほうが群を抜いて際立つ美人だが。アイドルでも通用するレベルだと思うぞ。

またまたご冗談を。ボッチな自分への同情の言葉だってはっきりわかんだね。んなこと言われた経験ないっすよ。

 小学生男子や中学生男子が面と向かって女子にそんなことを言う可能性は低いだろう。子供にとっては告白でもしているように思えてしまうからだ。無関係の大人だからこそ冷静に指摘できるのかもしれない。

どうせボッチですし、昼休みは体育館で武道の稽古してます。それが終わってから、授業の前にお昼ご飯を食べてるっす。いつもは体育館の隅で食べてるっすけど、今日はバスケしてる子たちがなんか多くて、校庭に来てみました。

 見れば、千香は少し汗をかいているようだった。運動後だからだろう。ちょっとした昼休みにわざわざ着替えての稽古などしないだろうから、余計に制服がズタボロになっていくような気がした。

 千香はニッと笑みを浮かべ、白いビニール袋を持ち上げる。

自分もパンっす。じゃじゃーん、パンの耳!

 ビニール袋には、パンの耳が束になっていた。腹は満たされそうだが、炭水化物100%である。

マ、マジか……? そんな昼飯、初めてみたぞ。

パンの耳って美味いっすよマジで。自分は香ばしいのが好きっすね。お姉ちゃんも同じ昼食ですよ。

栄養が偏らないか?

ちゃんと夜には野菜や野草や卵をメインに食べてるんで無問題っす。お昼は料理とかできないんで、これで済ませてるんですよ。近所にパン工場があって、子どものころ、その工場がこれを大量に捨ててたのを見つけたんです。その日に自分が交渉して、それからタダでもらえるようになりました。今じゃ自分ちの主食っす。

 これじゃ確かに一人飯になるだろうなと思った。仮に親しい友だちがいても、目の前でこんな弁当を広げられたら友だちのほうが居たたまれなくなるからだ。

俺のような大人ならともかく、高校生くらいだとボッチは結構辛くないか?

イジメにあってたりするわけじゃないんで。人生どんなときでも修行っす。
強いんだな、千香くんは。

追い求める理想があるっすよ。こんな自分ですけど、一つの道をコツコツ極めていけば、いつかきっと世界を変えられるんじゃないかって信じてます。自分もお姉ちゃんもあんまり頭いいほうじゃないですけど、その分、物心つく前から武道の道が敷かれてたのはラッキーでした。そのおかげで、こんな立派な高校の特待生にもなれたわけですし、これからだってきっと良いことあります。

いつか世界を変えるなんてすごい目標だな。なかなかそこまで言い切れる女子高生なんていないよ。

でも、どんな風に変えればいいのか、肝心のことがわからなくて草。今はただ、毎日のたゆまぬ研鑽が、自分の道を照らし出してくれるんじゃないかって勝手に期待してます。なーんて……本当のこと言っちゃっていいすか? いいっすか?

ぜひとも言ってくれ。

自分たちの武の道が、いつか世界を変えてくれる……そう思っておかないと、この道を邁進できないってのが自分の正直なところかもしれないっす。ぶっちゃけ、じゃないと心折れちゃうんで。

 ふと千香は視線をそらし、校庭に漠然と目を向けた。
どうしてだ? 立派な道じゃないか。

本当は気づいてるっす。武道を追及した先に待っているものは、別に何もないんだって。自分はお姉ちゃんみたいに心身とも強くないんで、時々迷うことあるっすね。だから自分はお姉ちゃんに全然及ばないんすよ。

人間、迷うのが当然じゃないか。俺なんて人生に迷いすぎて脱出できなくなっちまったよ。

だけど自分のすぐそばには、お姉ちゃんみたいな本物がいるんで。お姉ちゃん、変な風に思われちゃうこと多いかもですけど、世界のために身を捧げようって気持ち、本当っすよ。自分は色々悩んじゃいますけど、お姉ちゃんはずっと先を行ってます。信念の人っす。

円香くんは確かにすごいよな、色々な意味で……。

子供のころは自分のほうが普通に強かったんすよ。だけど自分が遊んでたときに、ずーっとお姉ちゃんはコツコツ努力し続けてきました。ふと気づいたときには武道家として圧倒的な差がついちゃってて……。

 こちらに視線を戻した千香は、生真面目な顔で続ける。

自分だと、素手で熊を倒すことは結構しんどいかもです。お姉ちゃんは余裕ですけど。

いや倒せる可能性がゼロじゃないだけですごいんだが……。というか、熊で比較するのがおかしい。

お姉ちゃんを間近で見てると、心持ちって大事なんだなって思うっす。だからお姉ちゃんみたいに世界のために身を捧げるってところまで思いきれないかもしれないっすけど、せめて自分の歩む道が世界を変えてくれるんじゃないかなって信じることにしたんです。そしたらこんな自分でも、少しは自信が持てるようになりました。

だからボッチでも気丈でいられるんだな。

ボッチ同士だと思って、自分、つい変な話しちゃったかもしれません。もし人に聞かれてたら草生やしてると思いますよ。

先日説得して断られたばかりだけど、アイドルってどうなんだろうな? ある部分じゃ、コツコツ修練を重ねていく武道家に近い道かもしれないぞ。それに、世界に奉仕したり、世界を変えたりするような道とそれほど違っているとも思わないしな。

またその話っすか。自分なんかガチ貧乏でこんなボロボロの制服着てますし。

まるでシンデレラみたいじゃないか。制服なんて飾りだろ。大事なのは、中身が伴っているかどうかだ。

……あ……ありのまま、今起こったことを話すぜ。パンの耳食べ終わったらシンデレラ呼ばわりされていた。な、何を言っているのかわからねーと思うが以下略。

俺も正直に話すけど、アイドル学部ってのを突然任されたんだよな。どうしていいかわからなくて、可能性のありそうな子にも声を掛けてみて、あっさり断られてばかりだ。これからアイドル学部がどうなるかもわからない。だけど、アイドル学部がどうとかいう話じゃなくて、俺は今、本当に千香くんなら何かを成し遂げられる可能性があるんじゃないかって感じたよ。もちろん円香くんもな。きっと飛躍をつかめるキッカケになるから、こういう道もあるんだって知っておいてほしいところだ。

 ちょうどそのとき、昼休み終了5分前を予告するチャイムが鳴り響いた。

 千香はパンの耳を入れていたビニール袋を握りしめ、ポケットに入れた。ゴワゴワのビニール袋を捨てずに使いまわすためだろう。そしてベンチから立ち上がり、こちらを振り向いてくる。

こんな自分に声かけてくれて、あざっした! また道に迷ったら相談乗ってください。信念あるお姉ちゃんと違って、自分は腑抜けっすから。

むしろハブられ教師が相談に乗れるのか心配だ。俺みたいな半端者の話はあんまりアテにしないほうがいいぞ。

今度ヒマがあったら、うちの道場、見学オナシャス。もてなしは何もできませんが、話の続きならそっちでどっすか。

 もしかしたらアイドル学部への可能性が繋がりそうだった。ここは話に飛び乗る以外の選択肢など、他にあろうものか。

俺としても話を続けられるならありがたい、ぜひ見学に行かせてもらうよ。さっそく今日にでもいいかな?

今日っすか!? 自分はいいっすけど。
なら決まりだな。前は急げだ。
らじゃっす。宗形先生が見学に来てくれるのをワクテカしながら待ってます!
 千香はニコリと笑い、右手で敬礼してくる。
じゃ、お先です! サラダバー。

 校舎に駆けてゆく千香の後ろ姿を見やりながら、俺もゆっくりとベンチから立ち上がったのだった。

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