頭狂ファナティックス

守門恒明

エピソードの総文字数=2,956文字

 学園の敷地内ではあるが土地の境が曖昧でほとんど街と融けあっている区域には大型のショッピングモールがある。これは学園が企業と契約して誘致したもので、学園関係者以外の街の住民も利用できるものだったが、明日から始まる冬季休業のあいだ、学園とともに休業となった。紅月と綴はショッピングモールが休みに入る前に食事会の材料や特殊な調理器具を揃えておこうと思い、午前の授業が終わると、休みのあいだの食料も含めて大量に買い込むつもりで金や買い物袋を準備して二人で出かけた。学園の外にあるもっと大きな商業区域に行かなかったのは、もちろん荷物が多くなるだろうからできる限り近い場所で済ませたかったのもあるが、学園のショッピングモールでは食料を買い込む生徒のためにセールが行われているのもあった。しかしそのために普段はあまり利用しない学園の周辺の住人もショッピングモールを訪れて混雑することが予想され、必要なものが全部揃わなかったら、紅月と綴は冬休みに入ってから改めて学園の外に買い物に出かけるつもりだった。
 銀太は寮に残り自室で手持無沙汰にしていた。窓辺に立ち、冬休みの暇をどのように潰すかを考えながら外を眺めていた。風景の右手には校舎が並びいくつもの窓が冬の灰色の陽光を物憂げに反射しており、左手には葉を落とした木々が乱立していてその老人の指のような枝が墓場のような印象を与えた。正面は開けていて、その向こうに澄明な空気の中で街がぼやけて、紫のヴェールに包まれている。鋭敏な頭脳を持っているが勤勉とまでは言えない銀太は冬休みのあいだ真面目に勉強する気にもならず、紅月たちと映画を見たり、喫茶店で駄弁ったり、暢気に過ごすのだろうと想像していた。銀太は窓辺を離れて、ベッドの縁に腰かけた。
 銀太の部屋は二人部屋である紅月たちの部屋よりも狭く、男の一人部屋にしてはこまめに掃除されており、空き瓶や食べ残しが散乱していることもなく、家具が少ないのもその印象に拍車を掛けているのだろうが、小綺麗だった。部屋が整理されているのは、銀太が几帳面、というよりも神経質な性格も一つの理由だったが、むしろ紅月や綴が頻繁に訪ねてくるために、そのたびに掃除をしろと小言を言われないためだった。銀太が紅月から借りた小説でも読もうかと考えていると、ドアがノックされた。紅月と綴が帰ってくるには早すぎる時間だったし、正体不明の来客は名乗りもしなかったので、銀太は不審なものを抱きながら鍵を開けた。
 ドアを開けると、そこにいたのは薔薇の花束を抱えた守門恒明だった。
 銀太は舌打ちを一つして、ドアを閉めようとした。しかし恒明は素早くドアの隙間に足を入れて、それを防いだ。仕方なく銀太はドアを再度開けたが、来客を部屋に入れようとはせず、ドアの前で話を始めた。
あんたは意地の悪いセールスマンですか。その花束を売りつけにでも来たんですか?
失礼な。この薔薇は銀太くんに送るものではないのですよ。綴さんに届けに来たのです。ところが綴さんはお部屋にいないようだ。ノックをしても返事がない。あなたを訪ねたのは綴さんの行方を聞くためです。
お姉ちゃんは買い物に出かけています。ただ相当な量を買い込むつもりらしいので、夕方になるまで帰ってこないと思いますよ。なので大人しく帰ってください。
相変わらず、きみは僕に冷たいね。
 恒明はその長いまつ毛を強調するかのように目を伏せてメランコリーな表情を浮かべて話したが、それは癖であり、実際に気分が落ち込んでいるわけではなかった。恒明は長身の少年で、学生服を几帳面に着込んでいて、白いシャツもブレザーもすべてボタンを留めて着崩すこともなく、お洒落の意味もあるがタイピンを二つも使ってネクタイを整えていた。人当たりの良い顔つきをしていて、まだ多分にのんびりとした少年らしいところが残っており、育ちの良さを嫌でも感じさせた。実際に恒明は良家の生まれであり(名門である光文学園では珍しいことではなかったが)、金銭や教育の豊富から寛容な気質を養っていたが、お坊ちゃんらしい自覚のない無神経も持ち合わせており、ナルシストの気質さえ持っていることが本人の評価を下げていた。
 銀太は恒明を目の敵にしていたが、それは恒明の端正な容姿や他人を苛立たせるきらいはあるが物腰の柔らかい性格には関係がなく、ただ恒明が執拗に綴に求愛しているためだった。恒明は綴と同じ二年生で、二人が初めて出会った高等部の入学式のとき以来、告白を繰り返していた。初めての告白は入学式の日で、名前を知らない間柄にも関わらず恒明は公衆の面前で綴に愛を伝えた。要するに一目惚れだった。それからの一年と八カ月、綴は事あるごとに恒明から告白を受けて、自分は恋人よりも弟を優先することを遠まわしに伝えて、絹も裂けないほどに柔らかく断り続けた。恒明も真意を理解していないわけではないが、攻め続ければいつか心を開いてくれるものだと信じており綴を諦めるつもりはなかった。
困りましたね。あまり長い時間待たされると、せっかくの花が萎んでしまう。それに僕も何かと忙しくて、早く部屋に戻らないといけない。銀太くんから綴さんに渡していただけないでしょうか。それまでのあいだは、水に差しておいてください。
なぜ僕が守門先輩のお願いを聞かなくてはならないのですか。それも姉に花束を渡せなどというものを。
 恒明は花束を銀太に手渡そうとしたが、それを手のひらで押しのけられた。しかし恒明も強情であり相手の胸に無理やり押しつけると、銀太も受け取らざるを得なかった。ところが銀太は相手に見せつけるようにして、薔薇の花束を床に落とした。何枚かの花弁が散った。
それを拾え。そして他人に頼らず自分で渡せ。あんたは仮にも先輩だ。お姉ちゃんの居場所くらいは教えてやる。学園のショッピングモールに紅月と一緒にいる。
 恒明は腰を屈めると花束を拾い、形を整えた。そしてまるで何事もなかったかのように再び花束を抱えた。
相変わらずひどいことをする人だ。花を慈しむ気持ちもないのですか。一度、床に落ちた花を綴さんに渡すわけにもいかない。今日は出直すとしましょう。
 怒った様子もなく、平然としながら恒明は言った。
 銀太は姉に対して尋常よりも独占欲が強く、綴に思いを寄せる男に対して敵視する癖があり、この学園に来てからも何人もの男が綴に告白したことを知っており、いつもならばそのような男たちとは関わり合いにならないものの、恒明の執念は今までにないもので、敵対関係ではあるが縁が結ばれるほどだった。恒明の方も綴が恋人を作りたがらないのは、弟への偏愛に理由があることに気がついていたために相手を嫌っていたが、銀太とは違ってその感情をあからさまに出すことは少なかった。
 銀太は恒明が廊下を遠ざかっていくのを見ていたが、十歩ほどあいだが開くと恒明は振り返った。
あなたと綴さんは冬休みのあいだ、学園に残るのですか?
そうですが。だからと言って、ちょっかいをかけに来ないで下さいよ。
なるほど。あなたたちが学園に残るのは非常に残念なことだ。
 銀太がそれはどういう意味ですか、と聞く前に恒明は角を曲がり階段を下りていった。恒明が最後に言った言葉には何か不吉なものがあった。

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