オーバー・ザ・フェンス~十字架と罪過は誰が為

第三十六章 ヨハネによる福音書十四章十八節

エピソードの総文字数=2,171文字

『わたしは、あなたがたをみなしごにはしておかない。あなたがたのところに戻って来る。』ヨハネによる福音書十四章十八節


 空気が湿っているのに口の中は乾き始めていた。スマホを取り出してライトをつけると一抹の光は生み出された。しかし周りの闇は一層深まった。目を移すと車内でコナーが手であくびを隠して、車から降りてきた。彼女はジャケットの内ポケットからペンライトを取り出して明かりをつけた。
「ふぅ、こんな季節外れの肝試しは二度と御免こうむりたいわね、違う?」
「どうかな、必要とあればするだけさ」 
 足並みをそろえて俺たちは荒れた境内に足を踏み入れた。雑草がズボンの裾を舐め汚し、重くのしかかるような影はどこにでもあった。俺はコナーからあまり距離を置かないようにしながら辺りをさぐり始めた。
 開けた場所に建てられていた神社そのものはもはや廃墟としかいいようがなかった。障子は軒並み横倒しにされ、石畳は波打った地面によって不規則に並び、石の灯籠は中ほどで砕かれて残骸を晒していた。ライトの光を反射する場所が点々と見つかった。が、近づくとどれも缶ビールや缶ジュースの空き缶だ。白い何かが転がっていると思えばそれは何が入っているのかよくわからないビニール袋だ。だが神社の向こう側に雑木林が広がっていた。
 背後を振り返ると乗ってきたプリウスの鼻先と鳥居の柱が見えた。空気の湿り気がスモッグのように肌に触れる。いずれにせよ不愉快なことには変わらない。俺はスマホのカメラを向け、歩を進めた。
「ここは人目がつく。もし捨てるとすればもっと奥の方だ」
「それこそ、雑木林の中とか?」と、コナーは言った。
「それが一番、筋が通るな」
 雑木林の内側もひどい有様だった。様々なごみが散乱している。開かれて野ざらしにされた雑誌や握りつぶされた空き缶、割れた瓶が転がっている。地面を踏むと積もった腐葉土のぶよぶよとした感触が靴の下から伝わってくる。
「あんまり長居はしたくないわね。なんというか寒気がするわ……」
 後ろでコナーのぼやきに俺はただ頷いた。肌に纏わりつく空気も足元の腐葉土も目に付くゴミも、その全てが胃の真下に氷塊を造り上げるには十分だった。だが俺たちは視線をあちこち投げながらあちこちを歩いた。一年という長い年月を俺は侮っていた。
 どこを見ても積もった腐葉土と巻き散らかされたゴミ、これが草原だったら、その一面だけ短い雑草が生えていれば、そこの土がひっくり返されたとわかる。だがここはそれが成り立たない。だが一方で俺の中の怯えた殺人者はここで死体を埋めていた。だが、この不愉快などこで?俺は立ち止まって額を押えた。
「琥珀、一度戻って休みましょ。もしかしたら別の考えが浮かぶかもしれないしっ!?」
 短い悲鳴に振り返るとコナーが腕の中に飛び込んできた。思わず抱きしめると顔を上げたコナーと眼があった。。翡翠色のガラスのような瞳を間近で見つめ、彼女のしなやかで引き締まった体がジャケット越しでもわかってしまう。胃の舌の氷塊が解け、その水が熱湯となって頬に流れ込むのを感じた。
「……コナー、一体どうしたんだ?」なるたけ平静を装おうとしたが声は半ば震えていた。彼女は苦笑を浮かべて俺の胸を軽くノックした。
「えっとね、その、ハグするなら別の場所にしてくれないかしら?」
 俺は腕を開くと彼女はするりと腕の中から離れた。そして踵を返すと地面をペンライトで照らした。
「さっき、何かに躓いたのよ。ゴミじゃなくて固い何かに」
「固い何か?」と、俺は言った。彼女はあたりの地面を踏み固めるように踏み続けるとぴたっと動きを止めた。
「そ……あ、これじゃないかな?」彼女が腐葉土を蹴飛ばすと黒ずんだ木製の棒が出てきた。
「……」俺は彼女の隣に立って見下ろし、それを掴んで持ち上げてみた。かなり重みがあり力を込めて持ち上げると、腐葉土がバラバラと落ちその姿が露わになった。
「……シャベル?」コナーの問いかけに俺は頷いた。木製の棒に赤い塗装の剥げた三角形の持ち手、そしてライトに鈍く反射する金属の歯。
 俺は辺りを見渡した。
「コナー、この辺りを調べよう。多分、こいつは……」
「みなまで言わなくてもわかってるわよ、琥珀」
 俺たちは頷いて辺り一帯の地面を踏みつけた。一部だけ、感触が違う場所があった。ぶよぶよとした腐葉土の下に何か別の弾力があった。シャベルを振り下ろすと明らかに歯が最後まで刺さらず固い手ごたえが返ってきた。
 コナーを呼んで、その土をひっくり返した。彼女の持つペンライトが照らす中、腐葉土が蹴散らされていく。その下から出てきたのは黒い傷のこびりついた水色の下地の何かだ。
 場所を変えて黙々と掘り進めた。出てきたものを見て俺たちは一様に黙った。
 出てきたのは海外旅行に使われる大きいサイズのトランク、スーツケースだ。そしてそれは俺を別の場所、別の形で見たことがあった。
 荒川運輸の社長室の写真の中で俺は見た。そしてこのトランクは義弘の手元にあった奴だ。
 その中に何があるのか、考えたくもないが推測は出来た。知恵は家出などしていなかった。
だからといって生きていなかった。
 彼女はここに居た。この不愉快な場所に、捨て置かれていたのだ。

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