神と大統領と弾道ミサイル(仮)

神の銃撃

エピソードの総文字数=2,712文字

エリカさん……ようやくお気づきになりましたね。
………………ここは?
 エリカはかすれる声で聞いた。どう見ても、見慣れた官邸内の自室だった。そんなことはわかっていたが、どうにも現実感がなく、そう問わざるを得なかったのだ。
何を仰っているんですか……。ご自分のお部屋ですよ。
 イヴァの奥には、つまらなそうに窓の外に目を向けている天馬の姿があり、エリカは胸が締め付けられるような気持ちになった。たちまちエリカに、天馬と銃口を突き付け合った記憶がよみがえり、現実感に引き戻される。
どうして私、生きているの?
あの……エリカさんは気を失っていただけですよ……?
 たどたどしい口調ながら、イヴァは懸命に気遣ってくれているようだった。
……気を……失っていただけ……。

 言葉の意味を反芻し、もう一度記憶を確認した。

 エリカは最後の最後で引き金を引かず、天馬に自身を委ねることを決めたのだ。世界の運命など自分に決せられるはずもないし、そもそも自分には天馬を撃つことなどできるはずもなかったと改めて思う。

 窓から視線を外した天馬は、エリカを見やり、ゆっくりと近づいてくる。ただそれだけで、エリカの心はなぜだか苦しくなった。

 天馬は事務的に声をかけてくる。

仕事はできるな?

やるべきことは山積している。

……空砲、だったの……?
えっ……? 空砲?
 イヴァは話の成りゆきがつかめないようで、戸惑いの声を上げた。まさかイヴァは、天馬とエリカが殺し合いを演じていたなどということは知りもしないのだろう。
エリカは勝手に気を失ったのだ。まったく困った話だ。イヴァを呼び出し、ここまで運ぶのを手伝ってもらったのだよ。
……そうなんだ。ありがとう……。

 天馬は間違いなく、自分を撃ったはずだ。引き金を引くのを、エリカは確かにその目で見た。その瞬間、自分の死を受け入れたし、天馬が描き出す未来が実現してほしいと心から願ったのだ。

 だが、当の天馬が自分を狙い定めていたはずの銃が、最初から空砲だったということなのだろう。天馬には、端から自分を殺すつもりなどなく、自分の人生を天秤にかけてエリカを試したに違いない。

俺は少し前にこの部屋に来たばかりだが、イヴァは一晩中看病してくれていたようだぞ。感謝なら、イヴァにするんだな。
エリカさんはすごい汗びっしょりだったので……勝手に着替えとかさせてもらいました……。
 うつむきがちに、そして恥ずかしげにイヴァが言った。
天馬……もう自分の人生を天秤に賭けるようなことはしないで……。これじゃロシアンルーレットよ。
…………?
 イヴァが困惑した様子で、後ろにまでやってきた天馬を見上げた。
俺は自分の命を厭わない。ただ神の意思を曲げることを恐れるのみだ。
いつか命を落とすことになるわ。
案ずるな。すでに世界の運命は決せられた。
でも、これからも身体を張っての賭けは続けるつもりなんでしょう?
最も重要な分岐点を乗り越えたということだよ。ここまでリスクに身を晒す瞬間は、もう訪れないだろう。
私との命のやりとりがそんな大事な……世界の運命を決するものだったなんて、とうてい思えないわ……。
いや、エリカが世界の未来を決したのだ。
どうして……私が……?
この俺は、真の副官を手に入れた。これで世界が変わらずして、ほかに何が重要だと言うのだ?
…………。
 なぜだか知らないが、エリカの目には涙がじわっとあふれ出た。別に悲しくないはずなのに、辛いわけでもないはずなのに、エリカは涙が止まらなくなっていた。何が自分に涙を流させるのか、エリカにはわからなかった。
エリカはもうFSBの人間ではない。帝国の支柱だ。これからは、この俺のあらゆるサポートを担ってもらおう。
……本当に、私なんかでいいの……? 天馬みたいなすごい存在のサポートが、私に務まるのかしら……?
問題ない。

俺がそう判断しているのだ、これは間違いない事実だ。

……わかった……。

私も私の命を賭けて、天馬の帝国の未来を支えてみせる。そのためならば、もう死ぬことだって怖くない……。

 エリカは切々と、あらゆる迷いを断ち切るようにそう応じた。

 イヴァは、天馬とエリカに視線を行き来させ聞いてくる。

あの……お二人に何があったんですか……? ずいぶん深刻な感じに聞こえますけど……。
イヴァよ、この俺は常に真剣だ。それゆえに、ありとあらゆる物事が深刻に見えるだけだろう。神の行動が、切実なものでないはずがない。
そうなんですか……。たしかに天馬さんはいつも本気なので、私がちょっと考えすぎたのかもしれません。
帝国はこれより、オーレス全土を征服するための軍事行動に乗り出していく。一刻も早く軍備編成を終え、首都への侵攻を開始せねばならんな。
待って天馬……。その前に、きっとロシアは黙ってはいない。FSBもロシア政府も、そんなに軽々しいものじゃないわ。私が裏切ったことが知れれば、きっと攻撃を仕掛けてくる。暗殺部隊を送り込んでくるかもしれないし、GRUが特殊部隊を組織して向かってくるかもしれないし、場合によってはロシア軍の攻勢だってないとは言い切れない。天馬だけじゃなく、私もことも殺しに来るわ。
わかっている。首都オーレスの攻略に乗り出す前に、まずはロシアをひねりつぶしておかねばならんな。
少なくとも天馬は潜伏したほうがいいわ。私が官邸に残って、特殊部隊の急襲があるようなことがあれば迎え撃ってみせる。準備万端にして、奇襲さえ受けなければ対処のしようはあると思う。
愚かなことを言うな。大統領がコソコソ隠れるわけがない。俺を敵に回すということは、滅亡の道を歩むということでもある。プーチンは激しく後悔することになるに違いない。
でも本当に危険よ。ロシアは必ず私と天馬を許さない。攻撃を受けることをわかっていて、無防備のままでいるわけにはいかないわ。
エリカはどうも消極的でいかんな。困った副官だ。いいか、ロシアに奇襲を食らわせるのは俺のほうだ。アスタリア帝国が、ロシアに対して宣戦を布告するのだよ。
私たちの側から、ロシアに宣戦布告……!?
 エリカは声を上ずらせた。
ククク、プーチンが泣きわめく姿が目に浮かぶようだ……。

だがまずは、この俺が自らプーチンと話し合ってみる余地は残されていよう。そこで俺がロシアに最後通牒を突き付け、プーチンが応じる気配がないようなら、帝国はロシアへの侵略を開始する。

 本来、ロシアの追っ手から身を隠して逃げ回らなくてはならないはずなのに、逆にこちらから宣戦布告など、エリカにはまるで想定できない天変地異のような話だった。あべこべにも程がある。国家の体制も、軍事力も、あらゆる側面でロシアに敵うはずもない。

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