先輩はエクソシストじゃありません!

第4話 チャペルに「出る」?

エピソードの総文字数=4,487文字

いやぁー神学部棟に来たのは久しぶりだなー。
   あくる日の一限と二限の間、約束通りチャペルアワーの時間、早智は杏実がやって来るのを待っていた。神学部には、学生一人一人のためにロッカーが備えられた「学生控え室」がある。二人はそこで待ち合わせをしていたのだが、なぜか杏実がつくより先に、部長の方がやって来ていた。
あの……何で部長が?
何か面白そうだったからさー、ついて来ちゃった。
……三回生になっても一限から授業ってやってるものなんですか?
ううん、私はないよー。これでも単位落としたことはないからねー。
わざわざこのために朝から……。
お待たせー! あれ? 部長もいる! おはようございます。
おはよーアンちゃん。お先に失礼しているよ。
部長も神学部のチャペルに来たんですか?
そだよ、久しぶりに来てみた。それにしても学生控え室のある学部って羨ましいねー。
ほんとですよ、社学にも学生用のロッカー置いて欲しいです。そしたら非常食とか割り箸とか忘れた時用に常備できるのに。
私も貸し借りしてる漫画とか置いておけるのに。
辞書とか筆記用具置いとくわけじゃないんだ……。
   ちなみに杏実の言う「非常食」とは、スナック菓子やチョコレートのようなちゃっちい物ではなく、カップ麺や菓子パンなど割とガッツリ系のものだ。なぜか早智のロッカーには入学して早々、杏実から預かったそれらの非常食がつっこまれている。
さて、役者も揃ったし、文芸部の部長であるこの私が神学部のチャペルを案内してあげよー。
あの……神学部の学生ここにいるんですけど……。
   部長も部長で、なぜか率先して二人を案内し始める。仕方なく早智は杏実と一緒についていくことにした。神学部のチャペルは、二階に続く階段を登って二つ目のドアだ。早智が入学式当日、神学部棟で最初に連れてこられた部屋でもあった。
ほれ、ここが神学部チャペルだよ。私としては中央芝生の次にお気に入りの場所だよ。
 「中央芝生」というのは、早智たちの通うキャンパスの中央に広がる芝生のスペースだ。近所の人たちも日向ぼっこに来たり、シートを広げてお弁当を食べたり、人気の高い場所の一つだった。

   チャペルが始まるまで、まだあと七分ほど余裕があった。三人は、木製のドアが開け放たれた入り口から礼拝堂の中を覗いてみる。壁にはめ込まれた橙色の窓ガラスを通って、黄色く染まった淡い日の光が室内を照らしていた。


   側面には蝋燭を模した電球が三つずつ並び、入り口から見て突き当たりの空間に小さなリードオルガンが置かれている。右手正面奥には司会者用と説教者用の講壇が左右に置かれ、その中央に、火の灯された二つの大きな蝋燭が十字架を挟んで並べられていた。

おお〜さすが神学部! 社学と違ってちゃんと教会っぽい! うちの学部は「普通の教室を礼拝用にしました」って感じなのに。
創設時からこの部屋だけはなるべく手を加えないようにしているらしいよー。教会の会堂建築をいくつも担当している有名な建築家が作ったんだって。
そうなんですか。確かにあの窓ガラスとか、今はもう作ってなさそうですもんね。
ところで部長、院の授業が始まるのは明後日からって聞いたんですけど、八津谷先輩、ほんとに今日来るんですか?
来るよー、八津貝くんの下宿、学校出てすぐの所だし、ほぼ毎日図書館使ってるから。だいたい中芝(中央芝生)で昼寝した後必ずチャペルに出るのだよ。
授業なくても毎日図書館通ってチャペルに来るって、けっこう真面目なんですね……。
普段、幽霊とか悪霊とか暗い話ばかり聞いてるからねー、礼拝に出て安心したいのかも。
   思ってたより苦労人なのかもしれない……早智も少しだけ、先輩に会ってみたいという気持ちが増してきていた。もし、本当にエクソシストなら、悪魔や幽霊を追い払うことができるなら……色々見えてしまう自分のことも何とかしてもらえるだろうか?
あっ、いたよー。もうチャペルの前の席に座ってる。あのボサボサ頭のパッとしないけど目立つっちゃ目立つ眼鏡がそうだよ。

 相手は先輩なのにひどい言いようだ。確かに、一番前の席に杏実とパンフレットで見た写真の先輩が座っていた。みんなが前の席を避けて四列目あたりから座っているのに対し、一人ポツンっと一番前の席に座っている先輩は、ちょっとくたびれた雰囲気のすること以外、これと言っておかしなところもない。思っていたより普通の人に見えた。


   だが、前の方を向いているせいか顔はよく見えず、チャペル全体が少し薄暗いのもあって、早智の目にはぼんやり先輩の周りが陰っているように見えた。

チャペル五分前だからそろそろオルガンが鳴り始めるよ。礼拝出てる人に悪いから、声かけるのは終わってからにしよー。
   先に係の人から聖書と讃美歌を受け取った部長は、そっと二人を振り返って口元に指を当てた。早智と杏実も、静かに聖書と讃美歌を受け取って座る席を探す。神学部は一学年30人前後いる。けれども、チャペルに来ている学生はそんなに多くは見えなかった。

 パッとみた感じ一学年の半分もいない。しかもその日はなぜかほぼ男性の姿が見えなかった。ほとんどみんな女性しかいない。その中に、入学して間もない早智も名前を知っている人が見つかった。
んっ、あの時の新入生か。
あら、月無さん? 
あっ、茜さん。 それと……霊南坂さん、でしたっけ?
あれ……私自分の名前言ったっけ?
私が教えたのよ。共学補佐だし、これからお世話になると思って。
ああ、そういうことか……。
 今日は茜さんの肩には何も見えない。昨日、彼女に憑いている手首が、亡くなったお連れ合いのものかもしれないと思ったことが浮かんできて、早智は慌てて頭からそのことを追い出した。そう毎日暗いことばかり考えたくはない。ただでさえ、今日はエクソシストと呼ばれる先輩に会うのでいっぱいいっぱいだ。
この前はありがとうございました。
いや、タバコ吸いに一瞬持ち場離れてたから悪かったね。
あらまぁ、またそれやったの? 駄目って言ってるのに。
次から気をつける。
もうそれ四回目よ?
すみません……。
   昨日「クールでかっこいいわよね」と言っていた相手を謝らせている茜さん……言い方は怖くないし口調も柔らかいのだが、何となく逆らえない雰囲気だ。朗らかであったかいイメージの人だが、彼女もなかなか侮れない。
あっ、茜さんですか? 早智と入学式で一緒にいた方ですよね? 初めまして、社会学部の小友杏実です。早智の高校の同級生です。
どもども、二人の所属する文芸部の部長で、川井古和です。
さりげなく私を部員に含めないでください。
  どうも、部長は早智を入部させるつもりで、すっかりロックオンしているらしい。この人も本当に油断できない……そうこう考えているうちに、知り合いの知り合いということで、自然と三人は二人と同じ長椅子に座ることになった。五人で座るとちょうど長椅子が一つ埋まるような感じである。

どうも、杏実さん初めまして。古和さんは一昨年から時々チャペル来てた子よね? 去年まで科目等履修生していたから、よくあなたのこと見かけたのよ。

おや〜そうでしたか。どうぞ今後ともよろしくお願いします。
 既に演奏が始まっていたため、四人はみんなヒソヒソ声だ。出席票のためと言っていたが、部長が頻繁に神学部チャペルに来ていたのは意外だった。本当は、なぜ何度もここに来ていたか聞きたかったのだが、早智はそれよりも前方に座っている八津貝先輩のことが気になり、ついチラチラと彼に目を向けていた。


   チャペルが薄暗いだけかと思ったが、どうも先輩の周りだけ様子がおかしい。何となく、彼の周りだけ陰っているように見えるのも、それが時々ぞわっと動くように見えるのも落ち着かない。

早智から聞いたんですけど、茜さんも肩凝りなんですよね。私もけっこうひどいんですけど、今日は大丈夫ですか?
 杏実が早智に視線を送りながら茜さんに声をかける。昨日早智が話た幽霊が今日も茜さんに憑いていないか心配しているのだ。早智は今、茜さんと杏実の間に挟まれている。もし、茜さんの肩に昨日と同じ幽霊が出てきたら、早智とその間を遮ってくれるものは何もない。

 さすがにこの至近距離だと、早智の気分がすぐ悪くなってしまうのは明白だった。杏実はそれを気遣って、「もし憑いてたら自分が席替わるよ」と合図を送ってくれたのだ。
あら、お気遣いありがとう。今日はそこまでひどくないの。だいたい天気が悪いと肩こりもひどくなるんだけどね。何だか歳よね。
 けれども、茜さんは特に変わったことを感じている様子はない。実際、昨日と違ってどこにも手首の霊は見えないし、早智の首筋にも鳥肌は立ってない。けれども、早智はなんとなくざわざわとした違和感を覚えていた。何かがどこかに潜んでいて、もうすぐそれが見えてしまうような……そんな気配がした。
あっ…………あれ……?
   ふと、早智が先輩の足元に目を向けた時だった。昨日見た茜さんの肩に乗っていた手首が、彼の足首に捕まっているのが見えたのだ。それと同時に、今まで少し陰っているように見えていた先輩の周りに、ユラユラとした黒い影が漂っているのに気づき始める。
おーい、さっちゃん? どうかしたの?
なあ、何か顔色悪くないか?
あっ、えっと……。
   先輩の周りを漂う黒い影は輪郭がはっきりしないものの、たくさんの人の形のように見える。それらはスッと先輩の体を突き抜けて、入ったり出たりを繰り返していた。
さっきからジッと見つめてるけど、そんなに八津谷くんのこと気になる? エクソシストって呼ばれてても、見た目はまあ普通の人だったでしょ?
   エクソシストって……祓うどころかものすごく引き寄せてるんですけど……だんだんと色が濃くなっていく幽霊の中に、早智は半年以上前、杏実と一緒にいるときに見た、あの首から上だけの女性も見つけてしまった。何であの時の首がこんなとこまで……。
ご、ごめ……ちょっと気分が……。
 あそこまで多くの幽霊が集まっているのは見たことがない。先輩と自分たちの席は三列ほど空いているが、それでも早智は落ち着かなかった。何の心の準備もしてなかったせいか、彼らに気がついてから急速に体が冷えていく。一方で、先輩はあんなに大量の霊に囲まれているのに、平気な顔をして座ってる。

 早智は一旦チャペルから出ようとして、既に手も足も力が入らないことに気づいてしまった。ガタンっと体が傾いていく。先輩の周りにいる影が、一斉にこちらを振り返ったような気がした。怖い、どうしよう、どこへ……耳元がブーンと唸る。視界が黄色く変わり、青く変わり、真っ暗に替わる。
早智!?
さっちゃん!?
月無さん!
おっ、おい……!
   気がつくと、早智の意識はふっと遠くなっていた。席から離れようとして、そのまま杏実の膝に倒れ込んでしまったらしい。慌ただしく周りの人が動く音、何か話しかけられる音、最後にはっきり聞こえたのは、「八津貝くん、お願い!」と部長が叫ぶ声だった。

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