【共幻社公式作品】ジャングルに虎がいる

1-18 新宿駅・その頃

エピソードの総文字数=2,720文字

くっそ~、アイツらどこ行きやがった!!!
 新宿駅・地下。
 コインロッカーの並べられた一角に逃げ込み、ぜえぜえと肩で息をしながら茂は周囲を見まわした。
 幸運にも、追手の姿はない。
 だが、もはや由宇と果歩の姿も見当たらなくなっていた。
由宇のヤツ、見つけたらブチのめすっ!
 いったいどうしてこんな面倒くさい事態に陥ったのか……と、茂は頭を抱えた。

 ――そもそも、コトの起こりは昨夜の夕飯に遡る。

『新宿に行くのなら、まずはバニーちゃんショップに連れてってね。果歩も楽しみにしてるし、あたしも買いたいもの山ほどあるの。佐和ちゃんにもお土産頼まれちゃった』
『……果歩ちゃんは連れて行けない。百合さんがどうしても許可くれないからね。だからおまえ連れてくのもキャンセルだ。……第一、バニーちゃんショップ? 遊びに行くんじゃないんだぞ』
 ピンクの洪水は我が家のリビングだけでたくさんだ、という茂の言外の思いまでを由宇が見透かしていたのかどうかは不明だ。が、そんなことを理解せずとも充分カチンとくる言い方だった。
『えー、そんなのひどーい。あたし果歩や佐和ちゃんになんて言えばいいの?』
『最初っからおまえは果歩ちゃん連れてくオマケだって言ってあっただろ!』
『約束がちがーうっっ。お兄ちゃんの嘘つき!』
『ちょっと待て! 俺はバニーちゃんショップに連れてくなんて言ったおぼえはないぞ!』
 そこまではよくある福島さん家の兄妹ゲンカで、端から見ればほほえましくも見えないことはない光景だった。

 だが由宇はそこで終わるほど諦めのいい娘ではなかった。
 昨夜、茂は早朝までチャットルームにいて寝たのは明るくなり始めてからだった。それが間違いだったのかもしれない。なんとか10時には目を覚まして支度を始めたのだが、そのときにはもはや由宇の姿はなくなっていたのだ。
目撃者の証言:
『由宇ちゃん、バニーちゃんショップに行くのが楽しみだって朝から大はしゃぎだったのよ。お兄ちゃんが起きるの待ちきれないから、先に果歩ちゃんの家に行って待ってるって言ってたわ』
やられた……。
果歩ちゃんと由宇が迷子になったりしないように気をつけてあげてね~。
 母はにっこり笑って茂を送り出した。
 昨日の夕飯のテーブルでの茂と由宇の会話を、もちろん美津子だって聞いていたはずだ。いやそうでなくたって、数日前に果歩が正体もなく眠りこけている真っ最中、百合と茂が押し問答したのだってちゃぁーんと見ていて仲裁だってしていたんだから、状況をもうちょっと理解してくれたって良さそうなものなのに……。
目撃者の証言(その2):
『うふふ。ママもバニーちゃんのランチョンマット頼んじゃったわ。よろしくね』
 ……なんてなコト言ってる母に、何を言ったって無駄だって気はするけれど。

 もちろん茂は出掛けに果歩の家にも寄ったが、何度呼び出しベルを鳴らしても応答はなかった。
 いや、そこまでなら茂だって、
由宇のヤツ、見つけたらブチのめすっ!
 ……とまでは言わなかった。

 そう、茂だって鬼じゃない。楽しみにしていたお出かけをドタキャンされた妹の気持ちだって分からないでもなかった。なにより、茂はご近所でも『優しいお兄ちゃん』で通っている温厚な青年(自称)なのだ。
 せいぜいちょっと説教するぐらいで勘弁してやろう。そのあとハンバーガー屋のシェイクでも飲ませてやって家に帰らせればいい――ぐらいに考えていたのだ、そのときは。
 問題は、そのあとだ。

 新宿駅で、茂は由宇と果歩を発見した。
 どうやら出口がどこだかよく分からずにまごついていたようだ。
 幸運にも……と言いたいところだが、必然だったとも思う。おのぼりさん丸出しに邪魔くさく改札前で地図を広げていれば、別に兄の立場でなくても間違いなくこのふたりは目に入ったに違いないからだ。
『お・ま・え~、いい度胸してるじゃないか』
ちょっと凄んだ声を出して、茂が詰め寄った時……。
由宇はあからさまに、
『あ、やば……』
 という表情を浮かべた。
 だが次の瞬間、

きゃ――――っ、何であたしのお尻触るんですかぁっ!
(何言ってんだこのバカ!)
?????
 由宇が上げたその悲鳴に、茂は顎が外れるほど驚いた。由宇の横につっ立っていた果歩も同様で、状況をまるっきり理解できていなかったようだ。
 そして周囲の反応は、それ以上だった。
 かくして茂は、追われる立場となったわけだ。変質者を見る視線が四方八方から押し迫ってきて、さすがに足がすくんだ。
 そんな茂を尻目に、由宇は果歩の手をむんずと掴み、ぐしゃぐしゃになった地図を投げ出して脱兎の如く逃げ出してしまった。
(逃げられるつもりか……! 右も左もわからないくせに!!!)
 由宇ひとりなら勝負は見えない。だが、あのトロくさい果歩を連れているのだ。不馴れな都会で迅速な行動など望むべくもない。目的地がバニーちゃんショップであることだって分かっている。楽勝だった。

 だが次の瞬間、茂は己の甘さを身をもって思い知ることとなった。
 周囲にいた数人が、一斉に茂を取り押さえにかかったからだ。
 若い巨漢がタックルをかます。
 油ギッシュな中年のおっさんが持っていた雑誌で思いっきり茂の頭をはたく。
 別のおっさんも加勢して間接技を試みてくる。
 さらにオバちゃんのハンドバックの一撃。これが多分、一番効いた。
(追われる身の上にとって、世間はここまで無慈悲なものなのか……)

 茂は生まれて初めて……そう思い知った。

(生還できたら、絶対このことSNSに投稿する……! 『俺の妹が信じられないくらい鬼畜だから、いっそ異世界に転生したい』とかなんとか。……あれ? なんか名作の予感がしちゃうじゃないか。よし分かった。こうなりゃこれまでの所業のすべてを洗いざらいぶちまけて10万文字くらいの大作を完成させてやる。『お兄ちゃんでしょ』の決め台詞に押さえ付けられて、堪えて忍んだ俺のこの13年間を、すべて白日の元に晒してやろうじゃないか! ことあるごとにエロ系のネタで兄を陥れようとする小悪魔の実態を、あさはかにも『妹萌え~♡』とか言ってる連中に思い知らせてくれるわ……っ!) 

 ぼかすか殴られて意識が飛びそうになったとき、そんなことを考えていたような気もする。


 ――そして、話はようやく現在に戻る。
 茂がなんとか逃げ出してコインロッカースペースに逃げ込んだ時にはもはや全身ズタボロ。しかも約束の待ち合わせ時間まであと5分を残すのみとなっていた。

……危なかった。

由宇と果歩ちゃんが迷子にならないように気をつけてどころか、一歩間違えば俺のほうが警察沙汰になるところだ。




くっそ~、アイツらどこ行きやがった!!!

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