地球革命アイドル学部

臨むは革命的一戦(1)

エピソードの総文字数=7,340文字

 九道道場を訪問した日の翌朝。

 出勤すると、3人の女生徒が職員室前の廊下で待っていた。円香、千香、菜月だ。

おはようございます、宗形先生。
昨日はありしゃす!
…………。

 どうやら3人は、俺を待っていたらしい。

 職員室に入らず、俺は3人と向き合う。

なんだ、揃ってどうしたんだ?

実は昨晩お風呂に入ったあとで、明け方までずっと、千香や菜月ちゃんと話し合っていたんです。日常の生活を頑張るとか、学校の勉強に一生懸命になるとか、武道を究めるとか……宗形先生のお話を聞いて、なんだか何もかも小さな事柄のように思えてきました。そしてもしかしたら、世界の人々にご奉仕する新しい道があるんじゃないかって……。

そりゃ人類の歴史とか言われたら、私らのささやかな生活なんて敵わないわよね。

ふーん、君たちの年代のうちに、世の中を見る軸がちゃんと出来てくれたのは前進だろうな。話した甲斐があったというものか。まぁ頑張りなよ。

 他人事のように俺は応じた。一人の教師として彼女たちの考えに影響を与えられたのは良いことだろうが、すっかり社会に関心をなくしている自分には、世界がどうなろうが、どういう姿をしていようが関係ないことでもある。

私は、世界は変えられるべきじゃないかなって思いました。

だから昨日も話したけれど、変えるほど間違っているのかどうかはわからない。人類が社会を持つ限りにおいて、そこに何らかのシステムができるはずだ。そのシステムに、たぶん正しいも間違いもないんだよ。

 ややもすれば、現代は古代より幾つかの点でマシな可能性がある。現代的価値観を引っ張り出して、現代のほうが優れた理由をあげつらうことなら幾らでもできる。ただし金融史を通して世界史研究にも関わっていた俺すらプロパガンダに影響されているのかもしれず、そう言い切るだけの自信はない。要点は、そこに生きている人たちが、幸せを感じている割合が多いのか少ないかにあろう。

 少なくとも文明の利器だけは進んでいるだろうが、人類社会という視点で見下ろすとどうだろう。この俺は間違いなく不幸の真っただ中にあるし、周りを見ても不幸なやつのほうが多いのではないだろうか。高校の片隅で世界史を教える教育者の端くれとして、人類が着実に進歩しているとか、現代のほうが優れているなどと、口が裂けてもうそぶくつもりは俺にはなかった。

 さらに過去ではなく未来に目を向けてみれば、果たして、100年後の人類は100年分幸せになっているというのだろうか。1000年後の未来に生きる人々は、1000年分の幸せが積み重なるというのか。そうではあるまい。

宗形先生から色々教えてもらっての直観ですけど……私は間違っていると感じたんです。

 普段から自分を「頭が悪い」と明言している円香だからこそ、素直な感情として思うところがあったのかもしれない。

いや絶対おかしいでしょ? どうして王が私じゃなくて、見たこともない誰かなの?

本当の宗形先生は、俺ツエーしてやりたいって思ってるんじゃないっすか? でも宗方先生には社会の構図が見えてしまっていて、壁が厚すぎてどうにもならないから、教師を辞めたり、リタイアしたりすることまで考えてるんですよね?

そんなこと言われたって、俺には現実問題、どうしようもないからなぁ。
どうしてそこで、自分が世界を変えるんだって思えないんですか?
いや、その飛躍はおかしいだろ。
おかしいと思うほうがおかしいです。だって自分がここで生かされているんですよ?

 きょとんとした円香の面持ちに、なぜか俺は青天の霹靂にでも出くわしたかのような心持ちになった。お互い、同じような表情で相手を見つめていたかもしれない。互いに言葉尻の意味なら理解できるが、実感として相手の言葉がわからない……そんなところだろうか。

俺みたいなどうしようもない男が革命の旗を立てたところで、誰もが嘲笑して終わりだよ。世の中っていうのはそういうものだろ?

だったらその革命の旗を、私たちが掲げようと思いました。
……ど、どうやって?
私、アイドルになって、共産主義革命の旗手になろうって決めました。
禿同!
…………………………は?

 俺には、「アイドル」と「共産主義革命」というのが即座に繋がらなかった。

宗形先生が教えてくれたように、革命の旗手になるための最短距離として、テレビスターになればいいんです。だから私、アイドル学部に所属します。世界を変えるためには、皆さんに名前を知ってもらうことがスタートラインなんじゃないかって話し合ったんです。

多分これが一番早いと思います!

 千香の言葉は、これもまたネットスラングの一つだったはずだ。ネットスラングで言われると、普通ならいったいどこまで本気なのかわからなくなるはずだが、千香の場合には眉間にシワを寄せるほどこちらを睨みつけて大真面目な表情で言うので、おそらく彼女はいつでも命懸けなのだろう。

つまりアイドルは共産主義革命のための手段だと……?

私たちなりに、どうしたら万人に機会が約束される社会を実現できるんだろうって議論したんです。でも、私たちがいくら叫んでも、誰も動いてくれませんし、世の中に影響を与えることもできません。それは世の中での私たちの影響力が皆無だからです。

社会変革の手段としてのテレビスター、そのためのアイドルっす。宗形先生は、自分らのこの考えをどう思います?

……正直わからない。たしかにカエサルにしろナポレオンにしろヒトラーにしろ、社会を変えるためには自分の知名度を高めることは必須だった。当たり前だよな……。だが逆の見方をすれば、社会を一変させたから歴史に名を残すような巨大な影響力を持ったという考え方もできるし、どっちが先なんだろうか……。ともかく、影響力と社会的変革力は大筋のところで均衡すると思う。

日本語でおけ。
一人で堂々巡りしてないで、わかるように言いなさいよ。
俺だって考えながら話してるんだし、いきなりこんな話を振られても……。
アイドル学部への転籍を促してきたのは、アンタじゃないの。
い、いや、そうなんだが……革命の手段としてのアイドル……? あり得るのか、そんなことが……。

他に宗形先生は、私たちが社会を一変させるような影響力を獲得するための方法って、どういうものがあると思うんですか?

そうだな……今だと、グーグルやアップルみたいなグローバル企業を創るとか、アメリカ大統領になるとか……。

グーグルみたいな会社創るって、いつまでかかるのよ、それ。しかもアメリカ大統領とか、日本人の私たちに方法ないし!

ただ……アメリカ大統領だってしょせんは体制側だから、反革命側だな。政治家は基本的に体制側なのは当然だ。グローバル企業だって体制のなかでのし上がるわけで、自分たちを壊すような社会システムの導入に賛同するはずもない。とすれば……。

また堂々巡りしてるけど? 結局、どうなのよ!

ううむ……なんか……アリなんじゃないか、革命の手段としてのアイドル……。世界革命ならとにかく全世界的な知名度を獲得しなきゃ始まらないけど、逆に言えば世界中で有名になってから発言していけばいいわけだし……。

 ややもすれば、マルクスやヒトラーや毛沢東やケネディは、ある意味でアイドルだったのかもしれない。現代ならアメリカのトランプ大統領や、ロシアのプーチン大統領、中国の習主席だって、似たような要素があるに違いない。各国に割拠する独裁者すら、アイドルみたいなものではないのか。そういう意味からすれば、まったく無しだとは断定できないが……。

 なぜだかドキドキしてきた。そんなことがあるのだろうか。でもそれが本当に実現できるなら、こんな風に枠組みにはめられた世の中にあっても、まだまだ面白いことができる余地が残されているのかも……。

私たちも、いろんな方法を模索してみたんです。これから勉強を頑張って大学に進学して……それって結局、就職するときに有利なだけで、社会を変えるとかに何の関係もないことですよね。

まぁその通りだ。体制のなかで二等兵として生きる道を選択するようなものだろうさ。

政治家に立候補するなんてどうなのかなとかも考えました。でも、そもそも私たちは立候補できません。仮に政治家になって与党内で影響力を持って、総理大臣になってとかやっていくと、30年とか普通に過ぎるような気がするんですよね。

ドロドロの人間模様のなかできっと疲れ果てるに違いない。そのときはもう目的も手段もわけがわからなくなっちまって、政治家になったころの理想なんざ、すっかり忘れちまうというのが人間の常だろうな。

あと私と千香なら、武道を究めて強くなり、武道家として影響力を持つという道もありそうに思いました。でも、それを言ったら、うちのお父さんも武道家としては世界的に一流のはずなんですよ。これは誇張じゃなくて、本当にそう認められているんです。でもお父さんを見ていると、社会的影響力なんて何もありませんし、それどころか周囲を変えることすらできません。

だからといって武道家を辞めるつもりなのか? そこまで強いのに?

辞めるとか辞めないという話ではないんですよ。進むべき方向をちょっと変えるだけで、私たち自身は何も変わりません。ダメすぎてダメな私は、世界人類の皆さまがたのために使いっぱしりをさせていただきたいのです。

 たぶん円香の『使いっぱしり』とは、『世界革命』と読むに違いない。実に新しい視点である。

自分は結構ワクワクしたんすよ。自分の武の道がいつか世界を変えてくれると信じてきました。もしかしたら、ここにその道が敷かれてたんじゃないかって。それに自分とお姉ちゃんなら、いつだって命懸けっす。道の先に崖しかなかったとしても、崖から飛び降りてティウンティウンする覚悟だってリアルガチに持ってるんで。バルスって自分らのためにある言葉っすよ。

 九道姉妹は2人ともパッと見では華奢で健気な印象なのに、野性味溢れる生き様のギャップがすごい。

だが武道家として前途洋洋だったのに、今まで積み上げてきたものも無駄になるかもしれんぞ。

アンタが色々私たちに語ったせいでしょうが。いやだって、おかしいでしょ。私に言わせれば、どうして他の人たちがのほほんと生きられるのか謎よ。バカばっかじゃん、アンタも含めてね。

強大な体制に逆らうほうがバカなんじゃ……。

だったら一生モブキャラとして人生を全うしなさいよ。そして教師を辞めて人生リタイア? ……ふん、何が楽しいんだか。

 菜月は知らないのだ、負け続けてきた人間の無様な生き方を。頭もよく人望もあり美女として名高い菜月はすでに勝っている人生を歩んでいて、これからもそうだろう。そんな菜月にとって、諦観のなかでモブとしてひっそり過ごそうと考える俺の人生観など、理解できるはずもない。

宗形先生、私はもともとバカなので、バカのまま体制という名の壁にぶつかってもいいと思ってます。……ですが、私も武道家です。その壁を壊すことができるくらいには、自分の心身を鍛えてきたと思っています。

だから、それだけ武道の道を追求してきたというのに、なんだか少しもったいないんじゃないかというのが素直な感想だよ。あくまで、菜月の言うモブキャラ、俺のような一庶民としての話だがな。

このまま武道家として道を究めた先に……何が待っているというんですか? うちのお父さんは、幸せだと思いますか?

…………。

 ぐ……悟郎が幸せかどうかと問われれば、不幸には違いない。俺には身に染みてわかる。

お父さんとも話し合ったことあるっすよ。お父さんは、自分の代で道場を閉鎖してもいいんだって言っていました。自分自身に激おこしたくなる決断なんだと思います。

結局、私も千香も、武道の道を追求したところで、システムの末端でしか生きられないんですよ。だったら自分の技を磨き続けるよりも、人類の皆さまのためにこの身を捧げる道に進んだほうがいいんだって思えたんです。おかしいでしょうか、こういう考え方?

おかしいかどうか、俺には答えられない……。そんな人様の人生に、重大な影響を与えそうな発言を、俺にはする覚悟がないよ……。

アンタ、教師じゃないの。生徒の人生を導こうって気概が少しはないわけ?

自分の負けっぷりは誰よりも理解しているつもりだ。その俺が、人様に偉そうに人生を語るなんて自信はないんだよ。

教師失格。さっさと引退しなさい。

知ってる。引退予定の身の上だ。ただ、もう少しリタイア後の資産が溜まるまで待ってくれ。

無様すぎる男よね。
なんで俺は死んでいないんだろうな。
ふん、ゾンビってアンタみたいなものを表現した言葉なんだろうね。
 ぐうの音もでない指摘だった。ゾンビとは、実に言い得て妙である。

円香くんと千香くんがアイドル学部に転籍するっていう目的は一応理解したけど、桜丈くんはどうなんだ?

アイドルとか言われても『バッカじゃん』と思うだけだけど、他の目的のための手段だと思えば、ぜんぜんアリなんじゃないかしら。

いやそっちじゃなくて、本当に桜丈くんまで共産革命を目指すっていうのか?

実は私、2人にも打ち明けたんだけど……この社会の支配システムとか、本当の姿ってむしろゾクゾクしたんだよね。今まで空気みたいに思っていたものだったけど、実は明確な意思がこもっていて、歴史もそれをずっと繰り返していて、システム化されているなんて初めて気づけた。私は別に、支配システム自体はどうでもいいのよ。ただ単に、私が特権階級側じゃないなんて許せない。要するに、私が王になりたいの。

そうか、野心のためか!

当然でしょ。円香たちが世界人類のためとか言うのは論外よね。今どき共産主義を掲げるとか、なんかカッコ悪くて恥ずかしいでしょ。勝つために、のし上がるために私は決断するのよ。

世界の転覆をもくろむ共産主義者と、資本主義世界での野心家が同じ船に乗るなんてありえるのか?

でも菜月ちゃんとは進むべき道が一緒なら、それでいいんです。たとえ途中までだったとしても、一緒にこの道を進むメンバーがいるってだけで心強いとも思います。それに本当の菜月ちゃんは優しくて、仲間思いだってことも知ってます。

円香は誤解していると思う。私が優しさを発揮するのは顔が見える身内だけ。顔が見えない社会の誰かより、まずは自分よ。

桜丈先輩、でもその社会には、一人一人の顔がある人たちがたくさんいるはずっすよ。

自己責任でしょ。世界市民様だか人類様だか庶民様だか知らないけれど、何も考えていない連中は野垂れ死ぬのが本望なんじゃないの。私と一緒にしないでほしい、関係ないわ。

 菜月のその言葉が俺には理解できた。思考の途中までは俺と同じだったからだ。しかし途中から、強者側の菜月は自分が勝ちにいくための道を進むことに決めたのだろうし、一方の弱者側の俺はドロップアウトの道を選ぼうとしているのである。世界認識は同じだが、下した結論が違っているとでも言えばいいだろうか。

私は私がのし上がるために、アイドルになって影響力を手に入れ、その力を別に活かす道があるんじゃないかって気づいたの。アンタたちとの議論でね。

 ある意味で、俺も菜月も基本的な人間の行動原理に近い側で動いているわかりやすいタイプなのだ。そして九道姉妹は、よく言えば聖人じみた、悪く言えば人間離れした思考の持ち主ということでもある。普通の日常生活を送ってきた側と、物心ついたころから修練の道を歩んできた側の違いだろうか。

ともかく、3人はアイドル学部に転籍することに同意してくれるんだな?
世界共産主義革命の実現のために……覚悟のうえ、同意します。
いいですとも!

 千香は大きく叫んだ。千香にそぐわない言葉のような気がして俺は少しひるんだが、たしかこれもネットスラングだったはず。

ふふん、円香と千香が転籍するのなら、実はかなりアイドル学部の成功率は高まるんじゃないかって私は読んでるわ。この2人の知名度やポジション、今どきありえない野生味、普通じゃありえない思想信条、そして絶対に目標に食い下がる性質……そういったものを私は子供のころから嫌と言うほど知ってるの。だから私は、そのおこぼれに預かれるかもしれない立場にいようってわけ。

策士、なんだな。君の要領の良さには感心するよ。

褒めていいのよ。円香と千香が転籍しないのなら、私はまったくアイドル学部なんて興味なかったし、どだい上手くいくはずがないって確信していたからね。

菜月ちゃんは策士なんかじゃありませんよ! 私みたいなスーパーバカとずっとお友達でい続けてくれたんです。毎日土下座したいくらいです。菜月ちゃんは来世まで私の友達ですよ!

菜月先輩はうちの家計を助ける目的もあって門下生になってくれていること知ってます。自分とお姉ちゃんがガチすぎる生き方しかできないのを知ってて、そうやって陰でサポートしてくれてるんです。

ふふふ、円香、千香、いいのよ。本当に私にとっては最大級の誉め言葉。実際、私が円香や千香と親しくしているのは、単なる幼馴染って理由だけじゃないもの。

……えっ? そうなの、菜月ちゃん!?

円香も千香も色々おかしい。かなり普通じゃありえない化石か天然記念物。だからこそ、何かの拍子に予想外の大物になっちゃう可能性があると私は見込んでいたりするわけよ。

菜月先輩のほうが大物じゃないっすか!? 菜月先輩がおにゃのこなんて嘘ですよ。俺ツエー全開で生きてる人だって感じてます。

それは違うわ、千香。私はしょせん普通の人間の側。でもアンタたち2人は異端児の側で、ちょっと誰にも理解ができない行動を果敢に取るタイプ。私には真似できないし、真似したくもないけれど、アンタたちは破れかぶれのチャレンジの手数が圧倒的に多いから、もしかしたら……。あくまでも、円香と千香のおこぼれに与ろうって考えよ。それなら乗れる、この勝負に。

 3人の考えは理解した。暗礁に乗り上げたように見えていた新設アイドル学部に、いきなり3人ものメンバーが参加することに決まったのは予想外である。

 だが難関が残っていた。まずは、校長の許可を取らなくてはならない。

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