放蕩鬼ヂンガイオー

10「……本当に覚えていませんか?」

エピソードの総文字数=2,823文字

「……や、やっと二人きりになれましたね?」
「そういうの今いいから!」

 燦太郎は、大きくため息をついた。
 
(なんかこいつ……皆の前ではしゃんとしてるのに、二人になると一気に隙が増えるというかなんというか……)

 話が進まないのは大変遺憾だったが、冗談が許される雰囲気に良い意味で甘えているような、そういうリラックスした空気が感じられて憎むに憎めなかった。

 なんとなくだが、今のノリのほうが彼女の素のような気がする。
 日本AQの担当者としてではなく、姫荻くまりという個人と会話をしているような実感がちょっとだけあった。

 くまりは「お先です」と断ってからストローに何度か口をつけ、すすすとジュースを飲み干した。

 空になった紙コップを涙目で見つめてから、ゆっくりと顔を上げる。

「もはや正直に白状するしかないようですね」
「最初からそうしてくれよ。あと俺が兵糧攻めしたみたいな観念のしかたもやめてくれよ」

 燦太郎はヂンガイが置いていったお盆に手を伸ばし、問答無用で手巻き寿司を奪いとった。
 包装をはがして手順どおりに寿司を組み立てながらくまりの言葉に耳を傾ける。

「今朝も少しお話されていたと思いますが、燦太郎くんは昔、秋葉原の大洪水に巻き込まれたことがありますよね」
「おう、よく知ってんな。まさか盗聴までしてたりしないよな、ハハ」
「ぎくり」
「いや、冗談なんだけど。変な反応やめて?」

 脳内で記憶の扉が開かれる。そういえば今朝オレベースの裏口で初めてくまりと出会ったとき、地面に引っくり返っているくまりの周りに何か落ちていなかったか? 
 病院で使う聴診器みたいな小道具が転がっている映像がよみがえりかけたが、メンタルの安全装置的なやつが働いたらしく脳内イメージ上に浮かんだデフォルメ燦太郎が記憶の扉を蹴り閉めて禍々しい記憶をもう一度忘却の彼方へと仕舞い込んだ。

「燦太郎くん、すごい汗ですけど大丈夫ですか」
「い、いや平気。大丈夫だから続けてくれ」
「体調が悪いのなら診察しましょうか。くまり、すこぶる多機能な聴診器持ってますけど」
「やめてえっっっ!?」

 手で制す。

 くまりは不満そうにしていたが、すぐに肩の力を抜いて自然に笑った。

「くまりだって燦太郎くんの力になりたいんですけどね。……本当に覚えていませんか? くまりはあの日、燦太郎くんに助けてもらった子供なんですよ?」
「……へ?」

 くまりの顔を二度見する。

 あの洪水の日に、ヒーローの真似事をして助けた子供が、この姫荻くまり?

 曖昧な記憶ながらも言われてみれば面影があるような気がしてくまりを何度も凝視する。

 くまりは照れたようにはにかんだあと、急に暗い面持ちになった。

「……あの、嫌いになりました?」
「は? なにが?」
「今朝、お店の裏口で燦太郎くん……助けた子供はトラウマだから会いたくないって」

 くまりは目を伏せ、今にも泣き出しそうに震えている。
 この真面目っ子は、そんなことを気にしていたのか。
 
 こういうときにどんな対応をするべきなのか燦太郎の人生経験値は全く足りていなかったが、何か言わなければいけないことだけは理解できた。

「き、気にすんなって、言葉のあやだよ。大丈夫、別に何とも思ってねーから」
「ほんとですか!? よかった……くまり、燦太郎くんに嫌われたら、もう、もう……」
「泣くなって! そんなに大げさにならなくても、俺なんか別に、何者でもないからさ」
「くまりは、ずっと燦太郎くんに憧れてたんです。あの日、自分を救ってもらったときのように、いつか燦太郎くんの力にもなってあげたいって、その目標を心の支えにしてずっとがんばってきました。……だから今回も、過剰に燦太郎くんの素性を調べてしまったんでしょうね」
「え、いやそうかな? サラっと誤魔化そうとしてない? それはなんか違うんじゃね?」
「くまりにとって、燦太郎くんは……『ヒーロー』だったんです」
「そ、そう……!? 俺がヒーロー!? なにゃにゃ、ンなこたねーけど、じゃあちょっとばかし行き過ぎたことしちゃっても仕方ないかもしれないか! よし許したっっっ!」

 などと話をしている間に、ヂンガイたちの昼食が用意できたらしい。

 大量のメニューが載せられたお盆をあぶなっかしく揺らしながら、ヂンガイと天甚、二人並んで少しずつこちらに歩いてくる。
 
 くまりは、意外にもヂンガイに目をやりながら会釈した。

「正直に言うと、最近は仕事に手一杯で……当時の新鮮な気持ちを忘れかけたりすることがあったんですが。今日、ヂンガイさんに危ないところを助けてもらって、その頃の気持ちを思い出したんです。ああ、危ないところを助けてもらう感動って、こんな感じだったなと」

 ウォータースライダーでの一件が、姫荻にヒーローの記憶を想起させた。

 先ほどの姫荻にとって、ヂンガイはヒーローだったのだ。

 ぽんこつで落ちこぼれでヒーローの仕事が大嫌い、だけど下克上を夢見て今日も人々のために泥臭くも頑張り続けるヂンガイ。普通の人間でありながらヒーローに憧れ、相応の職務で日々キャリアを詰みながら地道に成長を目指しているくまり。 

 そして、そんな二人に協力している――ヒーローごっこは卒業したはずの自分。

「奇妙な縁だよ、まったく」

 恩人でありライバルでもあるヂンガイを見据えたくまりの瞳は、いつかの輝きを取り戻していた。

「午後は任せてください。くまり、吹っ切れた気がします」
「なにを悪だくみしているのだー」

 ヂンガイがテーブルにお盆をのせる。

「後半戦は逆転してやるって話だよ」
「なにおーう」

 歯を見せて笑うヂンガイ。

 対戦相手同士という構図は変わらないが、今朝のように憎い仇を倒そうとするような敵愾心はなくなっているように見える。共に戦うことで分かり合えた部分があったのだろうか。もしそうなら、それこそヒーロー同士の意思疎通である。

「よし、じゃあとっととメシ食って対決再開といくか!」

 燦太郎が音頭を取り、自分のスプーンを掴んだそのときである。

 昼食の並んだテーブル全体が、影に覆われていた。

「なんだ、雲ってきたのか?」

 いや、テーブルだけではない。
 テラス全体に降り注いでいた眩しいばかりの陽光が全て遮られてしまっている。
 周りにある売店も、アトラクションもスポールエリアもプールサイドも、等しく日陰になってしまっていた。

 ヂンガイの様子を確認――前髪が逆立っていた。

 みな同じく異変に気付いたらしい。
 全員で顔を見合わせてから、一斉に空を見上げる。

 レジャー施設ど真ん中、最大の面積を誇る大プールの中央に、先ほどまで存在していなかったはずの――城があった。

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