いかに主は導きたまうか。

6.  Here I am II  来臨再び。

エピソードの総文字数=3,109文字

  京都での務めである以上、京都に住もうと思った。幸い会社の近くには京大があるせいか、賃貸住宅の斡旋会社が東大路通に容易く見つけることができた。そこの紹介で最初に見に行ったのが叡山電車の一乗寺駅近くのアパートだった。二階の左端の部屋で十畳一間、小さなキッチンとトイレが付いていた(風呂無し)。家賃は月6万とのことだった。これでいいと思い決めた。そのアパートは東大路通に面していたので、この通り一本で会社に繋がるのが気に入った理由の一つであった。なんでも単純なのが一番良い。道路を隔てて直ぐ角に天天有というラーメン屋があった。

  ある日曜日に引っ越しをした。*此の頃、ボクの京都時代は日本は未だ休みは日曜の一日だけだった。実家の不用とされる鍋や食器関係、背もたれのある座椅子、藤の丸テーブル、テレビ、VHSビデオの録画再生機、マットと布団、CDプレイヤー、まあこのぐらいを家の車(セダン)に詰め込んで、大阪-京都を往復して運んだ。引っ越しは、いつも一人だ。最後は電車で京都に戻り、会社近くのビル地下一階にある居酒屋で夕食を一人で食べていた。そして、バスで熊野神社前から東大路通を上がり、高野でおりる。この交差点からはアパートまで徒歩十分もかからない。

  大阪からの通いの時は、阪急で四条河原町で降り、バスで熊野神社前だったと思う。早目に出てきてカラフネ屋(喫茶店)で時間を過ごしたものだ。改札をでて、地上に上がってきて、何を思ったのか「日本の子らよ、闇に沈むな!」などと空に向かって、このメッセージを送ったのを憶えている。*自分が沈んでいたくせにね....。あっ、そうそう、大丸だったか地下にフラワーショップがあったのだが、ここでボクは妖精を見た。なんかの観賞植物の葉の上で、小さく細いのがピクピク動いていた。こんな所にも居るものなのかと驚いた。*この話を家族にしても「あの手の人や」とバカにされるだけだった。

  ここで少し脱線をさせて頂きます。2017.10.9の時間軸でのボクの思いを語らせて頂きます。あるガイドラインによりますと、ここにあるような話は「公表してはいけない」「秘するべきこと」に当たります。では、何故ボクは、それを破って書いているか....。目の前に『機会があったから』と言うしかありません。また、現在のボクは次のステージへの方向性が皆目見当がつかない状況にある為です。というのも、今年に入ってから、左顔に顔面痙攣を発症してしまい(かなりヒドい)、これでは営業職での求人応募の面接に行くことができないといった状況にあります。早く求職活動をしなければならないのに...。現在は「OS抜きのPCだ」と八卦では出ています。止むに止ませに衝動で、ここまで書き進めて来たというのが実状です。丁度、今年一年は節目であるとの自分の判断もあって、「世に出すなら今しかない」と思いました。ここで、もう一つガイドラインが申しますことを、お話しておきたく思います。「たとえ第七界、第八界に揚げられようと、”愛”がないとしたら何になろう」とあります。今の自分に愛の思い、愛の行いが果たしてあるのかどうか....。怪しい限りであることを告白しておきます。まあ、始めてしまった以上は【主を讃える】という目的において最善を尽くして行きたく存じます。よろしくお願いします。*ガイドラインとは『キリストにならいて』(トマス・ア・ケンピス編纂)です。

  脱線その2、Re:ジャイアントロボ。*「何じゃそりゃ?」の声が聞こえてきそう....。少し思い出話を...。特撮の方です(1967〜1968に初回放送)。最終回に、ロボは大作少年の命令を無視します。そして敵の親玉であるギロチン帝王(正体は核爆弾)を抱え込み、共に宇宙空間にジェットで飛び立ちます。そして隕石に特攻をかけて、敵もろとも自爆してしてしまいます。ボクの見たのは当然再放送であったと思う(ボクは1962年の生まれ)。とても印象に残っている。SE、あの巨大な鎖ワイヤーのウインチによる巻き上げ音、あのテーマ曲、口笛、ともに心に刻まれている。永遠に...。
  さて、本トークは「ボク」「ボク」が五月蝿いと思う。書いてる本人が嫌気さすので、読まれている方は、もっとウンザリされていると思う。『ごめんなさい』。ではこの[ボク]とは何であろうか?(これまでの文章のなかでも、繭、本質、良心、感情、そしてボクの中の...等の主語を使ってきている)。これを書いている私(ボク)とは誰なのだろうか?これは〈人格〉と呼ばれるものだと思う。別の表現ではAIとしてのOSだと思う。どちらにしても、その正体は〈マボロシ〉に過ぎないのではないのか.....。魂としての本体ではない。ある人(G)に言わせると、人格とは、教育によるもの、意識的/無意識的に模倣されたもの、要は、外からパクってきたものでしかないらしい。ボクはこの見解に同意します。
  ロボは〈人格〉だと思う。つまりは、【ボク】がジャイアントロボだ(W)。そして、大作少年は私の良心(魂)だ。そう、彼の為ならば、ボクは世界をも相手にして闘う用意がある。それほどまでに大切で愛おしいものであると感じている。♪「君〜がが笑ってくれるなら〜ボクは悪にでもなる〜」だ!。

  閑話休題、ボクは京阪電車で大阪へ向かっていた。午後の明るい昼下がりであったので、休みの日曜日に実家へ戻る途中だったのだと思う。いつからかボクは車窓のまどから空を見上げていた。そして、神聖なる方のアプローチに恵まれる。どのようにそれが始まったのかは憶えていない。そこに居まし方は、今度も何も語りはしなかった。ただ、前とは違ったのは、そこに居られる方が、ボクと同じものを持たれていることが伝わってきたことだった。ボクの最奥に宝物としてあるもの。そのものと全く同じ味わいを彼方にも確認したのであった。ボクの魂は天に、そこにある方に『恋しい』『恋しい』と募り、高まる思いをズット送り続けていた。その間、目の端には同じ車両の人たちが、みな眠りに落ちているのを見た。前より時間は少し長かったように感じた。やがては、この時は失われていった。電車は停車駅に入り、人々は何事もなかったかのように目覚めて電車を降りて行っていた。


追記:当然、手塚先生の魔神ガロンも同じメタファーであると思います。あの作品ではピックが良心ですね。でも、ロボの方なんです。私には....。主題歌の大友良平さんによるカバーが素晴らしいと思います。『格好良すぎー!』。間奏のバランスが崩れるか崩れないかの重量感を感じさせるアレンジには拍手喝采です。このようなオリジナルに並ぶカバーは滅多にないと思います。いまだに、弱っている時には、よく聴きます。泣いてしまう...。*(ヨウツベで聴けます。今現在なら)。

追記その2:自分自身(ボク)がマボロシであるなら、同時に回りも全てマボロシだと思う。*ただし、実在としての二重存在ではあると考えています。このサイトもカウンターの数字もマボロシ。主の創造された巨大な宇宙コンピュータによって運営管理されている架空の世界の一端、一片。念のため繰り返しますが、実在としても間違いなく在るはある。しかし同時に二重存在として、この一面(幻影)があるとしています。丸気としないで下さいね(w)。

追記その3:ここ日本においても「我は汝を見ている」と、伝えられたかったのだと思う。では、その方は[誰]なのだろうか?少なくても....。そら恐ろしく思っています。

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