放蕩鬼ヂンガイオー

02「――デバンキング」

エピソードの総文字数=3,096文字

 おもちゃの秘密基地が、録音された司令官キャラクターの声で朝を知らせていた。七時である、総員起こし! 
 オレベースの備品だが、寝室ではなく店内に飾ってあるにぎやかし用のインテリアである。

「ふぁ、七時の時報とか初めて聞いたわ。こんな早起きすることねーしな」

 燦太郎は、千円札の束を指で数えながらあくびをした。
 五枚だけ抜き取り、残りを金庫に放り込む。(金庫といっても、鍵のかかる木箱である。天面を削って細長いスリット穴が開けられており、鍵をかけたままお金を入れられるように改造されている)

「今日はがんばるのだ。お客さんいっぱいくるだろうし、古臭いガラクタを売って売って売りまくるのだ」

 となりでヂンガイが、何を手伝うでもなく腰を振ってリズムをとっている。たいそう機嫌がよさそうだった。

「ガラクタじゃねえ」
「古臭いは否定しないのだ」
「うるせー。ってか今日はお客さん来ねーよ」

 ヂンガイはふんふんと鼻を鳴らしながら聞いているような聞いていないような態度のまましばらく腰を振り、急に目を血走らせた。

「なんでだしっ、きのうあれだけ頑張って宣伝したのに! まさかこの店、つぶれるのか!?」
「めったなこと言うな! ……今日は臨時休業、じいちゃんの判断だよ。宣伝しようとしてくれたのは嬉しいけど、この時代はプライバシーとか個人情報とかややこしくてさ。純粋にお客さんが増えるんならいいけど、興味本位の野次馬が押しかけて常連さんに迷惑かかったら困るだろ? だから今日のうちに例の番組の放送やらネットやらの様子見て対応考えるってさ」 

 店で商品を売るときに使っている買い物袋を二枚取り出し、ヂンガイに押し付ける。

「それショッピングバッグ代わり。ひょっとしたら篭城することになるかもだし、いまのうちに買い出し行くぞ。山手線のガード下に二十四時間営業のスーパーあるから」

 ヂンガイは、受け取った買い物袋を興味深そうに見比べている。

「どっちもうちの店の袋なのに、どうしてヒーローの柄と無地の柄の袋があるのだ?」
「恥ずかしがるお客さんもいるからな、選べるようにしてるだけだよ」
「ふうん?」

 あまり理解してなさそうな表情のヂンガイ。右に左に、何度も首をかしげている。

「前にサンタロー、ヒーロー目指すのは卒業したって言ってたし。……サンタローも、ヒーロー恥ずかしくなったのか?」
「そんなわけあるか。ヒーローは恥ずかしいものなんかじゃない」

 燦太郎は、店内を歩き回って戸締りをしながら話を続けた。

「まあ、おまえには言っとくか。昔はけっこう、じいちゃんと一緒にヒーローごっこして遊んでたんだよ」
「ぷくく。だと思ったのだ」

 ヂンガイはなぜか嬉しそうに笑っている。
 燦太郎は頭をかきながらレジに戻ってきた。

「でも一回、アキバが大雨ですごい洪水になったことがあってさ。そんとき、ヒーローの出番だっつって俺、真っ先に飛び出したんだ。で、マジで溺れかけてる子供を助けたことがあったんだよ」
「ほっほー! ほんとにヒーローなのだ!」
「いや……」

 活気付くヂンガイに反して、燦太郎は表情を翳らせた。

「子供は無事に助けられたんだけどな。俺、すっげー褒められると思ってたのに、じいちゃん泣いてさ。今考えたら当たり前だけど、めちゃくちゃ心配させちまったんだよ」

 天甚が二階でパソコンいじりに夢中だからこそできる話であった。

 燦太郎はヂンガイの手を引き、奥部屋から店の裏口へと移動。下駄箱から二人分の靴を用意した。

「ほら、メイド靴履け。……で、まあ、やっぱショックだったんだなぁ。そんときのこと考えると、がむしゃらに正義の味方を目指すのが出来なくなっちゃったんだよ。今でも大雨とか恐いしな」

 ヂンガイは、素直に靴を履こうとしなかった。不満そうな顔でカーペットを蹴っている。

「なんか、わかるけど、わかんないのだ」

 燦太郎はヂンガイの頭を軽くたたき、つとめて明るく言った。

「だからっておまえの手伝いはちゃんとやるよ。ブランクあるけど、俺だっていろんなこと思い出そうと頑張ってんだぞ?」
「そうだけど、そうじゃないのだー。助けられた子だって、サンタローには感謝してると思うのだー」
「おまえにしては痛いところ突くな。……その子、今はどこで何やってんだろうな。顔とか全然覚えてなくてさ」

 しつこいヂンガイはさておき、とりあえず先に裏手のドアを開ける。

「でもまあトラウマみたいなもんだし、正直あんまり再会したくないかもな」

 ドアは最後まできちんと開かず、途中で何かにぶつかって止まった。「あいたっ!? 急にそんな、困り果てますっ!」

 ……今、何か変な声が聞こえた。

 燦太郎はドアの隙間から、そーっと裏路地を覗いてみた。

 自分と同年代くらいの女の子が、仰向けに引っくり返っている。
 ……お医者さんが使う聴診器のようなものが一緒に転がっているが、彼女の私物だろうか。

「ごめんごめん、不注意だったよ。ええと、きみ……なんか、俺と会ったことある?」
「ぜ、ぜぜぜ全然知りません! 燦太郎くんのトラウマなんて絶対掘り返さない初めましての少女Aです!」

 少女はこちらの存在に驚嘆しているらしく、慌てた様子で制服のスカートを押さえた。細く端正な眉が、怒りの形をしている。

「いくら燦太郎くんといえども、そういうのはまだ早いと思います。……燦太郎くんは、ストッキング越しの下着がお好みなんですね」
「うん。……え、いやちょっと待って!? 今の俺が悪いの!?」

 状況がよくわからない。
 燦太郎は首を振り、あらためて少女に人差し指を突きつけた。

「つーかおまえ、なんで俺の名前知ってんだ!」

 少女は一瞬だけ固まってから、邪気のない笑顔を見せた。

「こほん」

 立つと、ちょうど眼が合った。背は同じくらいだろうか、少し長身な印象だ。
 
 少女は咳払いをしてから、婦警さんみたいな制服の胸ポケットに手を伸ばした。タブレット型の手帳が取り出される。表紙にAQというアルファベットがデザインされていた。

「アンティークイテーテン拡散防止機構、〈日本AQ 〉の姫荻(ひめおぎ)くまりです」
「あん、てぃ……アンティーク? なに?」
「AQ(エーキュー)で結構です。まだまだ馴染みが薄いとは思いますが、簡単に説明させていただきますと――」

 くまりは視線を外し、店の中で――いつの間にか髪を逆立てているヂンガイに目をやった。

 ヂンガイは、あきらかにくまりを警戒している様子だった。ヂゲン獣が現れたというわけでもないのに、右手を振り上げヂグソーを呼び出した。
 店内から集まってきたヂグソーは装備にこそ姿を変えないが、大量にヂンガイの周囲を旋回し、早くも臨戦態勢となる。

「この時代のAQが何しに来たし! どうしてあたしのことを知ってるのだ!」
「すみませんが、手荒なことはやめて頂きたいです」

 くまりは手帳の端を指で押し込み、何かしらの操作をした。

「――デバンキング」
「へ?」

 浮遊していた無数のヂグソーが、浮力を失って次々と落下していった。
 からからと床を転がるヂグソーたち。

「え、あれ!? ヂグソーが機能停止して、でも、なんで、あれ!? 動かないし!?」

 くまりは不敵に微笑み、悠々と手帳を懐にしまった。

「AQは、いつかの未来で放蕩鬼を生み出すことになるらしい組織です」

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