【共幻社公式作品】それでも彼女は本を読む。

縷々屋 02

エピソードの総文字数=1,392文字

君は本が好きかね?


 ティーポットを傾ける縷々を眺めながら俺は答える。



……嫌いではありません


  実は好き嫌いを語れるほど、本を読んでいる訳ではないが、本関連の仕事の面接で「好きではありません」と返す訳にもいかない。




 曖昧な返答がよろしくなかったのか、彼女は右手に拳を作り、顎に触れ始めた。

 こういう時までバカ正直な己の不器用さを呪いたい。


 この面接も失敗だろうか。

 俺はうつむいたまま、視線を上げて縷々の様子を窺った。


 眉を寄せ、考え込む彼女の深刻な表情が、嫌でも俺の喉を鳴らす。

 

 沈黙。


 考え込んでいる状況に耐えかね、俺から何か話しかけようとした瞬間――縷々は顔を上げた。



合格だ
合格!


 時給二〇〇〇円という破格の金額から、どれだけ慎重な面接になるのかと想像を張り巡らせていたが、質問はそれだけだった。


 彼女は目を伏せてティーカップの輪に指を掛けると、ゆっくり持ち上げて口に付ける。



うちがどんな仕事をしているのかは分かっているか?


 彼女の口調は女性らしからぬものであるが、声質は年相応の少女のものだ。

 色に例えるなら透明。

 よく聞く声のような気もするが、あまり聞かない声質にも聞こえる。

 形容し難いが、彼女が放つ音の羅列はとても耳触りがいい。



本専門の探偵ですよね
そうだ。
本を探すのが仕事だ
本の探偵ということは……。
お客さんがなくした本を探したりするのですか?
そういう依頼もあるし、そうでない場合もある


 何だろう。はぐらかされている気がする。

 俺は警戒するように質問を続けた。



お店に並んでいないような貴重な本を探すのですか?
そうだ
探偵ということは、依頼を達成させられることもあれば、失敗することもあるんですよね?
そうなるな
結構な数の依頼を成功させて来たんですか?


 縷々はうんざりしたというように、本に視線を戻した。



そういう質問はいいから
いいとかじゃないですよ。
給料もらって働く訳ですし、気にして当然ですよね。

もしかして殆ど成功していないんですか?
解決率〇%じゃよ


 突然の声に振り向くと、帽子を被った和服の老人が入口付近に立っていた。

 杖をついているものの、背筋の伸びた元気そうな爺さんだ。



誰かと思えばまたクソ爺か。
余計な事を言わないでくれ。
せっかくこれから入るバイトが逃げてしまう


 縷々は老人を一瞥すると、眉間に皺を寄せて嘆息した。 

 老人は俺の横を通ると縷々に近づき、顔を寄せて耳打ちする。


 何を告げているのか、内容までは聞き取れないが、暗がりの中で老人の眼が怪しく光る。



分かった。
明日、伺おう


 縷々の返答を受けた老人の顔が、橙色の照明の下でいやらしい笑みを浮かべた。

 今にも舌なめずりをしそうな雰囲気だ。



ぐふふ、今回も……お主の……をじっくり楽しませてもらうぞ


 老人は意味深な言葉を残すと、俺の横を通り過ぎて店を出て行った。

 滞在時間は僅か数十秒。

 老人は一体どのような言葉を縷々に耳打ちしたのだろうか。



仕事ですか?
そうだな
というか、解決率〇%ってどういうことですか?
……何のことだ?
ごまかしても無駄ですよ。
さっきの老人が言ってたじゃないですか


 縷々は改めて嘆息すると、カウンターの上に本を積みながら口を開いた。



そのままの意味だ。
私は本探しの仕事を成功させたことがない。
ただそれだけのことだ

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