ブラの名前

エピソードの総文字数=2,977文字

 「さあ!今日も張り切って捜査するわよ!」
 会社で会うなり、超絶ハイテンションのめる子である。どうしてそんなに朝っぱらから元気なんだ、と逆にめる子のテンションに引き気味の気楽であるが、彼女のパワーについてゆく以外にどんな方法があるというのか。
「じゃあ、まずは警備員さんに話を聞きたいものだな」
「いいわよ。あたしもよく遅くなるから、顔見知りだし一緒に来て!」
 半ば気楽は引きずられるように、二人はビルの一階裏側にあたる警備員室を尋ねて行った。

「……10時以降の退勤者ねえ。ビデオは確かに見られるけど、あの日そんなに遅く帰った子はいたっけなあ」
 警備員のおじさんは、日頃からめる子ともよく話をしているらしく、とても協力的だった。
「11時過ぎでこっちから出た子はいないねえ。一応、警備室側の出口から出入りした人間は記録してあるからさ。ほら、その日は記録簿も真っ白だ。安土ちゃんの部署だけでなく、他の子たちも早く帰ってる」
「変ねえ……、じゃあ10時台に従業員通用口から出た人は?……それはビデオ見ないとわかんないのか」
「見たいんならそこのデッキで巻き戻すといい。一週間分は録画があるから」
 わかった!ありがとう!とめる子はさっそく機械やらモニタやらをいじりはじめる。
 隣で画面を見ている気楽だが、案の上嫌な予感がしてくる。
 これで、出入りした人間がいなければ、密室の出来上がりというわけだ。
 二人で警備員室の片隅を借りて、数日分の防犯ビデオの録画を見直す。
「あ、これ総務の子でしょ。こっちは企画の子……、うちのメンバーはいなさそうね」
「最悪、ミカエルのプロジェクトメンバーが出入りしていない、って可能性だってあるな。そうなりゃ完全に密室だ」
 そう言いながら、気楽には気になることがいくつかあった。
 ちょっとそのまま見ててくれ、とめる子に言い残して、警備員のおじさんを一階のフロアに連れ出して話を聞くことにした。
「いろいろ聞いておきたいことがあるんですが、いいですか?」
「もちろん!刑事さんも毎日大変だねえ」
 あくまでも刑事ということになっているらしく、だんだん申し訳ない気持ちがしてくる
。ごめんなさい、ごめんなさいと心の中で手を合わせながら、それでも顔つきだけはいかめしい振りを続ける気楽である。
「毎日、会社が閉まった後はどうなってるんですか?」
「一応、決まった時間ごとに各フロアを巡回して回ることになってる。ああ、私たちは警備だけじゃなくて、ビルテクノサービスの人間なので、メンテナンスや修理も入るし、清掃のおばちゃんも夜間に仕事をするんだ。だから、仮に誰かが残って隠れていたとしても、どこかで気付かれると思うんだけどなあ」
「なるほど、ということは必ずどこかの出入り口を通って退勤せざるをえない、ということですね」
「ああ」
 二人で歩きながら、一階出入り口を教わる。正面玄関、社員の通用口、それから警備室横の出口など、特に変わった作りや様子はなさそうだった。
「逆に、仮に泥棒かなんかがいて、二階の窓とかから侵入することは可能なんですかね」
「うーん。べつに全ての窓にセンサーがついているとかはないけど、敷地ぐるりは夜間に赤外線が走ってるから、ジャンプして二階の窓に飛びつくとかしないと、難しいねえ」
 隣のビルとの空間も、そう簡単に飛び移れそうなものではない。
 素人ながら気楽の見立てでも、だんだんと密室度が増しているのは理解できる。

 ふと思いついて気楽は、こんなことを尋ねてみた。
「そうだ!仮にですよ。ある日、会社から何かを盗み出して、その日はどこか別のところに置いておいて、そのまま普通に退勤する。翌日それを移動させて、日中に持ち出すなんてことはできませんか?」
 つまり、荷物を運び出す日をずらせば、通常の退勤のように見せかけることはできないか、と考えたのである。しかし、
「……うーん」
と、警備員のおじさんは首をひねって考え込んでいる。あまり良い方法ではないらしい。
「トイレに隠す、って言っても一応巡回でトイレも電気付けて確認することになってるからねえ。扉がしまったままになってたりして、そこに隠していたら気付くわなあ」
「じゃあ、掃除用具入れとかは?」
 気楽が言うと、はじめてそこで、ああ!と警備員も頷いた。
「たしかにそこまでは開けないわ。掃除用具入れやら、ゴミ集積場やら、そうだなあ、共用部分の物入れとかなら、一時的に物を隠すことは可能だな」
 よし、と気楽は思わず小さくガッツポーズする。少なくとも、完全なる密室を壊すことには成功したと言えそうだ。ミカエルを一日ずらしてであれば、持ち出すことは可能だということになる。
「でも、清掃も入るからね。偶然それらの物入れが開けられなかったという場合に限るけど」
 おじさんは、そう付け加える。ちょっと嬉しそうな顔を見せた気楽を制したわけである。
「そうですか……、難しいなあ」
「まあ、気になることがあれば、なんでも聞いてくれ。では私は警備室にいるので」
 そう言って警備員は去っていく。気楽は、一階フロアのトイレを覗いたり、掃除用具入れを開けたり閉めたりしながら、考え込んだ。

 そもそも、める子が言うには、ミカエルに関わる全てのものがごっそり盗まれたことになる。ブラ一枚ならともかく、けっこうな量のはずだ。
 となると、隠すとすればそれなりの空間が必要になる。さっきの話なら、タイミングさえ合えば、夜間に隠して翌朝すぐに処理することは不可能ではなさそうだ。もちろん、それだけの量の品物を隠すのだから、分散してフロアから持ち出したのだろう。
 しかし……。
 気楽はそこで、重要なことを思い出した。
「そうか!従業員はあの日は休みになったんだ!」
 事件が発覚して、める子が慌てて対応を練ったので、発見された日は休みになっている。ということは、犯人には隠したものを処理できなかった可能性もある。
 そのことを警備員室に戻ってめる子に話したが、
「うーん。でも、メールで連絡したのは出勤前だった子もいるけど、出てきてから帰った子もいるしなあ。むずかしいところだわ」
と腕組みをしている。
「そのあとすぐにあたしは社長と相談して飛び出してきたから、うちらのフロアには入れなくても、出社して隠したものを取り出してそのまま帰ることはできるのよね」
と、気楽の説は完全否定である。
「そうか……、本当にうまくいかんなあ」
「逆に朝になって出入りされたんなら、どこにも記録が残ってないのよ。一旦ミカエルをどこかに隠したやり方なら、あたしたちには手も足も出ないわ」
 める子は、ふう、と長い間モニタを見ていた目をこすりはじめた。
「録画の中身はどうだった?」
訊くと、
「ぜんぜんだめだわ。振り出しに戻る、ね。うちのメンバーはゼロ」
「そうか」
 二人でがっくりと肩を落とすが、ちょっと無理矢理励ますように、める子は気楽の肩を叩いた。
「そうよ!こういう時のために、あんたのテストがあるんでしょ?さ、じゃあ聖書がらみから、もう一度仕切り直ししましょ」
 そうして、二人は警備員に丁寧にお礼を言ってから、自分たちのフロアへと戻るのであった。

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