(If I Could) Change The World

チェンナイとダーバン

エピソードの総文字数=3,880文字

 ラハブ号は喜望峰を軸に大回りして、南大西洋に出るまでの三ヶ月のあいだにインドのチェンナイと南アフリカのダーバンに停泊した。飲料水とその他細々したものを買い入れなくてはならなかったためである。二つの港町に停泊したのはそれぞれ三週間だったが、陸に足をつけることのできたこの時期が楽しいものだったとは言い難い。
 チェンナイでは俺が市場で果物か現地の酒を買おうとすると、必ずターバンやサリーなど民族衣装を身に付けた人々に囲まれた。彼らは俺に話しかけてこようとはせず、ただ遠巻きにこちらを見つめているばかりだった。しかしこちらを意識していることは確かで、その証拠に彼らは必ず俺の行き先までついてきて、そしてラハブ号の中に消えていくところまで見送るのだった。
 俺はある日、散策に同行していた船長にこの国では東アジアの人間がそんなに珍しいのかと聞いた。
「ケイザブロウのあとをついて来るのはヒンドゥー教の奴らだろう。連中はお前さんが金か高価なアクセサリーをくれるものだと思っているのさ。お前さんが日本人だということはちゃんと見抜かれている。そんな上質の服を着た東洋人なんて、日本人くらいだからな。日本人は金持ちだから、気前よく施しを与えてくれる。奴らはそう考えているのさ。ただし、本当に連中に何かくれてやることはするなよ? その噂が広まれば次は三倍の施しを要求されるぞ。奴らに遠慮や謙虚さはないからな」
「ヒンドゥー教の人たちはこの国で虐げられているのですか? 同じアジア人と言えども、異邦人に施しをたかるなんて」
「そんなことはない。それどころかインドではヒンドゥー教が最大勢力だ。お前さんを当てにしているのは、身分の低い連中だろう。ヒンドゥー教にはカーストと呼ばれる身分制度がある。カーストは知っているか? その中でも労働者の階級にあたるのがシュードラだ。おそらく、そいつらがケイザブロウにたかろうとしている」
 俺は町に出るたびに好奇の視線に晒されるのに辟易して、停泊しているあいだ、次第にラハブ号から陸に上がらなくなった。町中にある宿屋にも泊まらず、飲食店でインド料理を堪能することもなく、ずっと自分の船室で過ごした。しかし実のところ、遠巻きに監視されるだけで済んだのは感謝しなければならないことで、他の乗組員たちは白人だということで、さらに痛い目を見ていた。
 チェンナイに停泊しているあいだ、食事をともにした航海士は必ず現地の人々の悪口を言った。仕事を片付けるために町を駆けまわっていると十分に一度は足を引っかけられて転ばされたという。そのとき、周りからは嘲笑を浴びせられる。市場を歩けば、通りすがりの人間がある程度離れると、後ろから英語かヒンドゥー語で侮辱の言葉をかけられる有様だ。ひどいときにはすれ違いざまにキンマの汁を吐きかけられるとのことだった。キンマとは何かと聞くと、植物の一種で噛み煙草と同じく、噛んで酩酊感を得る嗜好品だそうだ。ヒンドゥー教では祭事にも用いるため、インド人には馴染み深いものらしい。俺も試したかったが、航海士たちは当然インド人に反感を抱いており、誰もキンマを持っている人間はいなかったし、自分で買いに市場へ出るのも躊躇われた。よって俺はチェンナイに停泊した三週間、一度もキンマを味わうことはなかった。航海士たちは口を揃えて、中でもあくどいのはバラモンの連中だと言った。そう言えば、日本でお世話になったスペイン人のイエズス会士がインドのバラモンやビルマの僧侶どもは路傍に立って、白人をやじること以外に仕事がないようだ、と言っていた。
 結局、チェンナイでは観光もろくにせず、ラハブ号の船室に籠ってばかりだったが、はたしてダーバンではもっと悪いことになった。ダーバンに停泊した日、俺も船員に続いて陸に足を下ろそうと考えていると、船長に捕まえられた。
「これから数週間、ここに停泊する予定だが、ケイザブロウは船から出ない方がいいかもしれない。南アフリカには様々な人種差別がある。この国では白人以外に人権はない」
 俺はアフリカの一部に白人と非白人を区別する隔離政策があることを知っていたが、あくまで洋書の中に出てきた単語を拾っただけであり、具体的に有色人種の自分がこの町でどのような扱いを受けるのかまでは頭が回らなかった。一週間も経つと、俺は異郷の地に足跡もつけず立ち去ることに我慢がならず、船長の言いつけを無視して船を下りた。港町に出ると、腰に蓑のように布を巻いた半裸の黒人が明らかに警戒している様子でこちらを見つめてきた。彼らの動揺はすぐに伝播して、あっという間に俺は黒人に囲まれることになり、自分が船を下りたことはやはり間違いだったと気がついた。黒い顔に埋まり、中空に浮かんでいるように見える瞳には好奇心と恐怖が混ざり合っており、まるで俺が物珍しい獣になったようだった。これではどちらが土人なのかわからなかった。彼らは互いに顔を近づけて小声で話し、その言葉は確かに英語だったが訛っていたためにうまく聞き取れなかった。
 そのうち、人だかりの中から一人の黒人の若者が飛び出してきた。その表情はにやついており、どうやら俺と対話を試みて、その蛮勇と名誉を聴衆に見せつけるつもりらしかった。若者は英語でこちらに話しかけてきたが、やはり訛りが強かったために聞き落としてしまった。だから俺は自分が置かれている窮地について聞くことにした。
「What do you take care of me for?」
 俺が英語を話した途端、黒人たちは自分の太腿を叩いたり奇声を上げ始めたりした。珍獣が自分たちと同じ言葉を話せるとは思っていなかったらしく、好奇心や恐怖が興奮となって爆発したのだ。あたりに騒擾が起こり、俺が気後れしていると、遠くから怒鳴り声が聞こえてきた。野太いその声は近づいてくるにつれはっきりと聞こえ、黒人のものとは違う白人の英語であり、仕事に戻れと繰り返していることがわかった。そして一人の太った白人の男が人垣をかき分けて現れた。男は船長と同じくらいの年の壮年で、両腕を振り回しながら大声を上げ、その場を解散させた。名残惜しくこちらを見てくる黒人には蹴りを食らわせて退散させた。白人の男は俺に向き合うと、どこから来た、ここで何をしている、何語を話せる、などと詰問してきた。その調子があまりにも高圧的で体格もこちらより一回り大きかったために、俺は委縮して、一言でも話せば先ほどの黒人のように蹴りを入れられるのではないかと思い、黙り込んでしまった。しかしお前は聾唖か白痴かと侮辱が始まったところで、ようやく身の上の説明をしなければ状況がますます悪くなると悟った。ところが俺が日本人だということをおずおずとしながら話すと、不思議なことが起こった。男の態度が一変して、そいつはすまなかった、知らなかったとは言え無礼な振舞いをした、などと謝罪の言葉を並べ始めたのだ。俺が呆然としていると仕舞には俺たちオランダ人と日本人は兄弟みたいなもので、何か困ったことがあれば可能な限り手助けすると言い出す始末だった。オランダ人の男は俺と固い握手を交わすと、「I'll be glad to see you again, my friend!」と叫んでどこかに去っていった。俺はすでに町を散策する気も失せていて、ラハブ号に戻った。
 その夜、不可解な黒人とオランダ人の態度を解き明かすべく、俺はわざわざ船長室(キャビン)を訪ねた。船長は俺が船を下りたと聞いただけで大体のところを察したようだった。俺はその日の出来事を委悉に話した。
「人種差別の洗礼を受けたというところだな。この国の支配階層にいるのは白人だ。その内訳は概ねイギリス人かオランダ人だ。だからここでの仕事はとんとん拍子に進む。しかしそれは俺たちが白人だからであって、有色人種にはそううまくいかない。この国では肌に色がついていれば徹底的に差別される。だから俺はケイザブロウに船から下りないように言ったんだ。けれども人種差別にも例外がある。日本人だ。日本人は名誉白人(Honorary whites)とされ、白人と同列に扱われる。日本がロシアに勝ってから、さらにその傾向が強くなった。世界的に日本はアジアで唯一の列強と認められたんだ。ケイザブロウが会ったというオランダ人が掌を返したのは、そのためだ。お前さんもどうしても陸に上がる用事ができたなら、自分が日本人だと言えばいい。そうすれば白人と同じ扱いを受けることができる。しかしそれではお前さんの愛国心が傷つくだろう。自分の国を免罪符にするんだからな」
 俺は船長にお礼を言って、自分の船室に戻るとベッドに寝転んで考え事を始めた。同室の航海士たちはまだ部屋に戻ってきていなかった。ラハブ号の乗組員は自分以外、全員オランダ人だが、みな俺に優しくしてくれる。今日会ったオランダ人も初めは俺に対して差別的な態度を取ったが、最終的に友好的な態度を示してくれた。日本の外では、俺が日本人であることを相手が知っているかどうかによって、これほどまでに対応が変わるのだ。
 航海士の一人からジョゼフ・コンラッドの「闇の奥」を借りて船室に籠り、繰り返し読んだが、俺が直面した不愉快な出来事を十分に説明する記述は見当たらなかった。
 二週間後、ダーバンを出港したが、俺は祖国の外にある人種問題を思い知ったあの事件以来、一度もその地を踏んでいなかった。

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