【共幻社公式作品】ジャングルに虎がいる

1-13 いらっしゃいませ

エピソードの総文字数=1,802文字

果歩の馬鹿ったれ……!
 そう悪態をつくと、百合は会社でもめったに見せない愛想笑いを作ってマンションのドアホンを押した。
 目の前のドアには『FUKUSHIMA』という手作りらしいネームプレートが貼りつけられている。流麗なアルファベットにパンジーの花とリボンが添えられたデザインだった。
(トールペインティングってヤツかな……)
 そのネームプレートを眺めていて、そう言えば果歩からクラスの友達に福島由宇という子がいると聞いたことがあった……と、思い出してもいた。
 冷静になってみれば、あのSNSメッセージにはちゃんと〈福島茂〉と差出人の名前があった。果歩の要領を得ない話から、友達の由宇ちゃんに茂という名の兄がいることを汲み取るほどの洞察力は百合にはなかったけれど、改めて読み返して見れば身代金の要求とはかけ離れた内容……かもしれない。
(夕べの深夜サスペンス、誘拐が発端の猟奇殺人だったからなぁ~)
 誘拐だ身代金だと大騒ぎをした自分も自分だが、友達の家で夕飯をご馳走になった上に大の字になっている姪っ子も姪っ子だ。
 恥ずかしくって顔から火が出そうだ。
(なにもわざわざ友達の家で寝なくたっていいじゃないか。幼稚園児ならともかく、中学生にもなって……寝ないだろ、フツー。肩もみ30分、ショッピングで市中引きまわしの上荷物持ちの刑でケリがつくと思うなよっっ!)
 作り笑顔の下でぐるぐるとそんなことを考えながら、百合はもう一度ベルを押した。
 笑顔が、だんだんこわばってくるのが自分でも分かる。ああ、やっぱり馴れないことはするもんじゃあない。


 お願い、早く誰か玄関に出て……。

はぁーい。
 電話口でも聞いた美津子さん(名前はすでに確認済みだ)の声がそう返事をし、廊下をぱたぱたとスリッパを鳴らして小走りに走ってくる音が聞こえた。
 百合は深呼吸を一発、そしてもう一度愛想笑いに気合を入れた。
百合さん、いらっしゃい。
びっくりしたでしょう? ホントにごめんなさいね。もう……うちの子ったら気の効かないことお知らせしちゃって……。
 たったの数分、電話でしゃべったことがあるだけのはずなのに、美津子はすでに十年も前からの知り合いのように言って、百合を家に招き入れた。
 美津子の愛想笑いスキルは、百合より格段に上だ。
いえ……こちらこそ。果歩がご迷惑をお掛け致しまして……。
とんでもないわ。夜遅くまでお引止めしちゃったのはうちの子達ですもの。ね、上がってくださいな。とりあえず、お茶でもしましょ?
 ピンクのスリッパを差し出し、美津子は百合の返事を待たずにもうリビングへ向かっていた。
母さん、果歩ちゃんの叔母さん来たの?
 百合が恐縮しつつ上がりこんだとき、廊下の奥から茂が顔を出した。
………………。
………………。
 廊下を挟んで、百合と茂は無言で見詰め合う格好になった。
(コイツが脅迫メッセの差出人か……)
 と、百合は思った。
 そして茂は……。
(ウソだろ?)
 ……と、目を瞬かせて百合を見つめ返してしまった。
 果歩の叔母だという百合が、まさかこんなに若い女だとは思ってもいなかったのだ。いや、確かに叔母さんだからといってオバサンだと限ったものではないけれど、保護者として果歩の面倒を見ていると聞いて、こんな頼りなさそうなお姉さんを想像できたわけはない。
 どっかのOLだかキャリアウーマンだとか由宇は言っていたけれど、小柄でスーツもあんまり板についているように見えない百合は、アダルトにキメようと頑張ってる女子大生ぐらいにしか見えない。
 まあ、自分の母親がアレで妹がアレなわけだから、女の年齢なんてあってないようなもんだとも思うけれど……。
どうも、由宇の兄の茂です。
すいません……なんか、誤解させちゃったみたいで……。
あ、いえ……。
 たかが常識知らずの大学生が打ったメッセージじゃないか。腹を立てるなんてオトナ気なさ過ぎる。
 百合は自分にそう言い聞かせて再度愛想笑いを作った。
果歩ちゃん、こっちの部屋ですよ。
あ、でも……ええと、お茶が…………。
お茶……?
 またしても、気まずい沈黙があった。
百合さん、どうかした?
 その真ん中に、リビングから顔を出した美津子がはさまれる。
 状況をなんとか理解して、茂はがっくりと肩を落とした。
 このふたりを放っておくと、もうひと騒動起きそうな予感がかすかにあった。
母さん、百合さんは遊びに来たんじゃないんだよ。

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