退魔天使は聖夜に踊る ~復讐の乙女~

【9】親友、家族、仮初めの家庭 3

エピソードの総文字数=1,942文字

 俺はケーキ屋を後にして、その足である場所を目指していた。

 ――弓槻の姉、薙沙さんの惨殺現場だ。

 なんでそこに行こうと思ったのか、正直自分でも分からない。
 ただ自然とそちらに足が向いてしまっていた。

 俺は途中、花屋に寄って花束を買い、事件以来初めて、あの惨劇の林にやってきた。
 日も暮れてきて周囲には誰もいない。
 時折鳥が鳴いている。……ひどく静かだ。

 あれからまた雪が多少降り積もったせいか、薙沙さんの血は綺麗に隠れて見えなくなっている。
 俺は、適当な木の根元に花束を供えると、手を合わせた。

 十字を切らないのは、うちの教団がホントはそんなものを信仰も布教もしていないのを知ってるからだ。


 宗教団体を装っているのは、ただの隠れ蓑。
 実際は秘密結社と言った方がふさわしいだろう。

 異界獣を退治するための武装集団を組織したり、対異界獣用の特殊武器を開発したり……。
 その内実は、およそ宗教団体とは呼べない代物だ。

 唯一そうと言える部分があるとすれば、異界獣の被害にあった人たちを救済することも、その使命としている点くらいだろう。
 だから、弓槻と薙沙さんは両親の死後、無条件で教団に養育され、就職の斡旋もされたというわけだ。

 成績が優秀で、かつ望めば教団の経営する大学にも進学することが出来るだろう。でもそれを薙沙さんがしなかったのは、やっぱり妹のためだったのだと思う。

「ごめんな……」

 あの日の、薙沙さんのバラバラ死体が、脳裏に鮮明に焼き付いている。
 もう取り返しがつかない。

「どうして待っててくれなかったんだよ……。あんたは死んじゃいけない人だったのに」

 風は強くなったけど、答えは返ってこない。
 俺は、懐からハーモニカを取り出し、彼女に送るレクイエムを奏でた。

「ごめんな。こんな物でしか聞かせてやれなくて。獣奏笛(リリコーン)は部屋に置いてきちまった」

 異界獣の角で作られた笛、獣奏笛(リリコーン)は、歌を禁じられた俺の第二の声だ。
 俺が歌うと、あらゆる異界獣を寄せてしまう。
 でも、声を上げて歌いたいという根源的欲求は常にあって、子供の頃苦しんでいた。

 そんな俺に開発部の人が作ってくれたのが、獣奏笛だった。
 それは見た目にも美しく、現存のどの楽器とも似ていない透明な音色を奏でる笛だ。

 普段武器ばかりを作っている開発部の、ちょっとしたお遊びだったのかもしれないが、プロの本気遊びほど恐いものもない。
 芸術的とも言えるほどの精緻な造りのこの笛を、まだ手の小さい子供に与える方もどうかと思った。

 獣奏笛(リリコーン)は不思議な笛だ。
 加減一つで、魔寄せの笛にも、退魔の笛にもなる。

 この笛を与えられた当時の俺には扱いがとても難しく、成長して吹きこなせる頃には、他の楽器をいくつもマスターしてしまっていた。
 ……ハーモニカもその一つだ。

「……弓槻を独りにして、済まなかった。せめてあんたの仇は、俺に討たせてくれ」

 もう一度手を合わせてから、俺は現場の近くにあるカマキリの出現したゲートに向かった。
 このゲートに行くのはこれが初めてだ。

 現場から数十mほど林を進むと、少し開けた場所にゲートを示すポールが立っていた。
 周囲の臭いを確認すると、異界獣の死臭がする。
 もう生きている異界獣は存在しないようだ。

 明かりを点けてゲートの周囲を照らすと大量の異界獣の死骸が転がっていた。
 いずれも体を裂かれ、頭を食いちぎられていた。

――どうやら奴の好物は、頭のようだ。

 俺に腕を落とされてから食い散らかしたのだろうが、どうせ体を修復する気なら綺麗に全部食べていけばいいのに、と思った。

 そして薙沙さんが食われずに済んだのは、その前に俺が現場に到着出来たからだと思うが、間に合わなかったらと考えるだけでもゾっとする。

 ただでさえ目の前で姉を惨殺された上に、ボリボリと頭を囓られる様を見るなんて、一生モノのトラウマだ。


 微かに薬品のような匂いを感じたけど、気のせいかもしれない。

「……ん?」

 俺はゲートから微かに音が漏れてくるのに気付いた。

 ――ゲートの詩だ。しかも、聞いたことのない詩だ。

 俺は、詩をノートに手早く写し取ると、現場から全速力で走って教会に戻った。
 腹が減ったからじゃない。

 ――吉富組に合流して狩りをするためだ。


 俺は、薙沙さんのことを考えると、いてもたってもいられなかった。

 すこしでも罪滅ぼしがしたくて、ムリを押してでも、今はカマキリを倒せなくても、とにかく一匹でも多くケモノを狩りたかった。

ページトップへ