【共幻社公式作品】ジャングルに虎がいる

1-16 『てけてけ』の3人目

エピソードの総文字数=2,626文字

 EIJIが待ち合わせの場所に指定した『てけてけ』が、どうもいかがわしい場所らしい……ということは、さほど察しのいい方ではない篤志にも、なんとなく分かっていた。
ガキを連れて行くつもりなら、少しは気を効かせろよな。
 ……というぐらいは、篤志も思った。
 しかし実際に薄汚い通用口をくぐるまでは、例えば百合が抱いたような不安は抱いてなかった。
 いや別に、篤志が東京都指定半透明ゴミ袋を思い浮かべて身震いをした……というわけではない。通用口が汚かろうとモップが立てかけてあろうと、そんなことに気づくほどの繊細な神経は持ち合わせちゃいなかった。
 篤志があっけにとられたのは、店内の薄暗い照明より、穴の開いたソファより、多分コーヒー4つ運ばれてきたら、灰皿の置き場にこまるだろうな、と思える小さなテーブルより、そのテーブルに身を乗り出すようにして、今にも泣き出しそうな声で早口にまくし立てている百合と、その正面に座って、いちいち、はい、はい、とあいづちをうちながら萎れ気味にタバコをふかしている茶髪のヤサ男(つまりこれが英司だ)の姿を見たからだった。
例えば、
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←夢見がちな不良少年
『止めないでくれよ、俺、東京に行ってミュージシャンになるんだっ』
←優等生の姉
『お願いだから、帰ってきて! お父さん、病気なのよ。お母さんだって、アンタのことどれだけ心配しているか……!』
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 ……などと脳内アフレコすると、とても似合いそうな組み合わせだ。
 実際にふたりはまったく別の話をしているのだが(しているはずだ)、とりあえず篤志にはそう見えた。
(なんであの女がここにいるんだよ……)
 昨日の夜かかってきた電話では、茂はなんとか百合を説得して果歩を連れて行くつもりだと言ってた。
いやそこまでしてガキを連れてく必要ないだろ。
 一応そう釘を指しておいたのだが、茂は聞く耳持たずという状態だった。果歩もまたあのお伽話を知っているのだと聞いて、すっかり舞い上がってしまっている。
 果歩はあのあと一昼夜眠りつづけ、ぱっちり目を覚ましたのだそうだ。ちなみに目を覚ましたあと何もなかったかのように夕飯を食べ、風呂に入ってまた寝たらしい。
 学校は、風邪をひいたということにして2日休ませたそうだ。だが、これといった異常も見つけられず、医者に連れて行くのはやめたということだった。
百合さんはさ、あのお伽話が原因だって言うんだよね。果歩ちゃんを関わらせないで欲しいって電話してきてさ……。
なのに何で連れてくんだよ。まずは俺たちだけでそのEIJIってやつに会えばいいだろ。
百合さんもあのお伽話を知っているし、多分それ以上のことも知っている。おまえだってそう思うだろ? できれば百合さんにも来て欲しいんだよね。でも百合さん、あの日も何も言わなかったし、何度連絡してもぜんぜん相手にしてもらえなくて……。
 果歩が倒れた理由やあの火の虎の出現が、本当に『ジャングルに虎がいる』というお伽話に関係しているのかどうかなんて篤志には見当もつかない。だがいずれにしても中学生の女の子を、得体の知れない店に、どんなヤツかも分からない男に会わせるために連れて行きたいなんて話をにこにこ承諾する保護者はいない。
 だがしかし……。
 篤志の思いはそこでふりだしに戻った。
(なんであの女がここにいるんだよ)
 幸い、英司(と思われる相手)は篤志の顔を知らないし、入り口に背を向ける格好で座っている百合は篤志が入ってきたことに気づいていない様子だ。まああれだけ話に熱中していればどっちを向いていようが回りのことなんか目に入らないだろうが。
 篤志は入り口に近い席に腰を下ろし、コーヒーを注文した。

(ぼったくりバーか、ここは……)
 メニューはなく、お品書きは壁に貼りつけられているだけだった。その値段を上から順に読んでいって篤志は改めてこの店のいかがわしさを再認識していた。
 地下街からの入り口にあったマンガ喫茶の方が、ここに比べれば100倍くらい健全そうな場所だと思えてくる。
 篤志は灰皿を近くに引き寄せ、とりあえず一服しながら店内を見渡す。
 おねーちゃんのサービスもなしにこれほどのコーヒー代をぼったくるこの店の価値を、篤志に見出せたわけはない。
(意味がわからねえ……。フクの話じゃ結構な人気店らしいが、なんでこんな店に、こんな値段で客が来るんだ???)
 百合の早口は、まだ続いていた。
 カウンターのそばに新聞が放り出してあったので、篤志はとりあえず時間つぶしと百合からの視線をさえぎるために顔の前に広げた。
 新聞は昨日の朝刊だった。
 用途を考えれば別に一年前の新聞だったからといって何も不都合はないのだが、篤志はますますこの店に苛立ちを募らせていた。待ち合わせの時間は1時だから--あと25分。とりあえず一刻も早く茂が来てくれることを祈るしかなかった。
(いったん店を出て、外でフクを待つか……? いや、そのあともう一度このぼったくりコーヒーを頼むってのも腹の立つ話だしな)
 運ばれてきたコーヒーには口をつける気にはなれなかった。カップの薄汚い印象はともかく、待ち時間が長引いた場合にお代わりを注文する羽目になるのはごめんだ。
 篤志はコーヒーのことを頭から追い出して新聞の記事を拾い読みして行った。

 記事のひとつに、ふと目が止まる。

 謎の焼身自殺。
(フクが目撃したっていう焼身自殺? ……いや、違うな)
 内容を読んでみると事件が起きたのは群馬県で、死亡したのは高校生の女の子だった。学校でのイジメを苦にして家に引きこもりがちになり、最近はSNSに頻繁に書き込みをする以外、外部との接触はほとんどなかったのだと記事には書かれている。

 詳細は不明――。

 その文字の並びの向こうに、少女の体から滲み出した炎が、虎の姿を形作りながら膨れ上がっていく様が見えたような気がする。

(……また謎の焼身自殺、か)
 篤志は記事をすばやく破りとってジーンズの尻ポケットにねじ込むとスポーツ欄を開いた。一昨日茂からの電話のせいで見損なった巨人・阪神戦の記事が写真入りで載っている。
 奥の席では百合の要領を得ない話に根を上げたのか、狭いテーブルに無理やりノートを広げて英司が事情聴取を始めていた。
 ――待ち合わせの時間まであと5分ほどだった。

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