放蕩鬼ヂンガイオー

08「引くわーなのだ」

エピソードの総文字数=3,517文字

 
 天甚は、ざわめく人々の間をすり抜け寿司雁へと駆けつけた。

 全く迂闊だった、昨日の今日で、まだ頭が上手く回っていないらしい。
 立て続けに事件が起こる可能性が零ではないことくらい、少し考えればわかるはずだった。

 悔やまれる。こんなことなら、店くらい閉めて同行してやるべきだった。

「あいつら、まぁた危ねえことに巻き込まれてんじゃねえだろうな!」

 騒ぎから少し離れた人ごみに、立ち尽くす雁の姿を見つけた。

「……天ちゃんか。……あそこだ、空中で戦ってる」

 雁が空を仰ぎ見ている。

 視線の先を確認すると、案の定ヂンガイと燦太郎が怪人と相対していた。燦太郎は妙なマスクとマントに身を包んでいるが本人に間違いない。

 怪人が、怪訝そうに燦太郎の姿を品定めしていた。

『あなた様は何物でございましょう? お見受けしたところ放蕩鬼ではないようですが』

 燦太郎は生意気にマントをはためかせて声を張り上げていた。

「俺の名は燦太……い、いや! さ、さんた、さんた……サンダー仮面! ダサッ!?」

 自分で言ってりゃ世話ねえぜ! 
 内心憤慨する天甚だが、まさかつっこむわけにもいかない。

「み、見た目は少々アレだが、放蕩鬼を守護するサポートキャラだ。ずうずうしい提案なのは百も承知だが、ラブキャラに登場するぬいぐるみみたいなマスコットをイメージしてほしい」

 天甚は、額に手を当てため息をついた。

「ばっかやろう……いくら即興にしても、さすがにそれは失礼なんじゃねえかい」
「ネーミングセンスが気の毒だろうがツラの皮が厚かろうが関係あるまい。かわいい娘にあだなす輩には残虐調理あるのみだ」

 となりで雁が刺身包丁を抜いている。店が近くだから持ってきたらしい。

「だ、だーめ駄目ダメダメッ! 雁ちゃん、まずはいったん落ち着いてくれろッ!?」
「止めてくれるな天ちゃん。男には、理屈じゃなくどうしても戦わなきゃいけないときがある」
「そうだけど、それは今じゃねえんだ! マジマジ! 証拠は無いけど絶対だからッ!」
「善悪なら気にしなくていい、オレは自分が戦いたいから戦うだけだ。天ちゃんいつも言ってたろ、大切なのは外から見た行動じゃなくて本人の心だって。かわいい娘のためなら、オレは鬼にでもなってやる」
「待って!? 格好いい出撃モードに入らないでッ!? ちょっと、待てってば!」

 なおも強硬に歩みを進めようとする雁を、必死になって止める天甚であった。

   ■   ■   ■

「サンダーギア!」

 燦太郎はマントに腕を差し入れ、内側に潜ませたリュックサックを開いた。
 秘密兵器の一つ、メガホンを抜き出して構える。

「ガーガー……説明しよう! 放蕩鬼はみんなのアツい心を力に変えて戦っているのだ! 勝負の結末はキミ次第! さあ、奮って応援してくれよな!」

 ヂンガイがあんぐりと口を開けて、ホバリングで静かにこちらから距離をとった。

「そんなショボい道具でノリノリにも程があるし……その歳でよくそんな恥ずかしい立ち回りができるのだ。引くわーなのだ」
「おまえが言える立場かッッッ! 協力してやってんのに、なんだその態度はッッッ!」

 シャドーマンは警戒していたようだったが、すぐに戦闘態勢をとりなおした。

『……協力者が増えたところで同じでございます。放蕩鬼、いざ勝負ですよ』

 言って宙を蹴り、跳ねた。こちらに迫ってくる。

「あたしだって勉強したのだ! 見てるがいいし、ヂゲン獣っ!」
「やってやれ! 必殺技は放つ前に技名の宣言とロック解除の表現を忘れるな! 剣で倒すなら納刀と同時に敵を爆発させるんだぞ! 銃なら発射後に必ず銃口をフッって吹け!」
「うっさい! 黙って見てろし!」

 ヂンガイが機敏な動作で両腕を交差させる。

 そのまま振り上げ天に手の平を掲げたり、脚には角度をつけたり、あらためて腕は胸の前に合わせて指でキツネみたいな形を作ったり、ともかくチャクラ的な何かを集める妙に芝居がかったポーズをした。

「おお! いいぞヂンガイ! 今までで一番それっぽい雰囲気だ!」

 激しさには欠けるが、そのぶん優雅な印象を秘めた女性的なポージングであった。

 燃える心を集めるというよりは、まるで親しい学友たちから魔法力を集めるようなニュアンスで……って、ん? あれどっかで見たことあるな!?

「ハートで夢見るラブリーなキャラ! ヂンガイオー見参! なのだっ!」

 しん、と世界が静まり返った。

 もしもヂゲン獣が世界の動きを止める秘儀などを持っていたとしても、ここまで見事に人々を凍りつかせることは出来なかっただろう。

 何も語らずとも伝わってくる。アキバをウロチョロしてるツウな観客の皆々様が、大変なご不満を感じていらっしゃることを。

 ヂンガイの周りを浮遊していたヂグソー達が、もともとけっこう黒かったにもかかわらず更にみるみる黒ずんでゆき、ぽとり、ぽとりと死んだ虫のように道路へと落ちていった。
 ついでに燦太郎の心拍数がゆっくりと低下し、胸はジクジクと痛み始めた。あいつの失態と連動するのかよ、これ。

 一番最初に立ち直ったのはシャドーマンであった。

『よ、よくわかりませんが……来ないのならこちらから攻撃させてもらうまでです。まずは小手調べに……ハァッ!』
「ぐわああああああああっっっ! なのだっ!」

 シャドーマンがジャブみたいな感じで放った散弾の衝撃波、の、うち一発だけがヂンガイを掠めたのだが、残念ながらその一発すら耐える力が残っていなかったらしく、彼女はきりもみしながら眼下へ落下していった。

 燦太郎は目を覆った。ヂンガイ、パクリは駄目だ。……俺が言えた義理じゃねえけど。

 シャドーマンは追撃するべくであろう、ヂンガイの落下地点へと降りていった。
 燦太郎も仕方なしに高度を下げる。ヂンガイの意識がこちらに向いていないせいだろうか、念じれば意外と自分の意思で飛翔できて驚いた。

 地表に近づくと、道路に散らばったヂグソーの中に、一つだけ蒼い輝きの灯っているものを見つけた。観衆の中に、あの痴態に燃えた変わり者がいたのかもしれない。

『さて放蕩鬼、どうやって料理してくれましょうかねえ』
「あ、あっち行けし! 卑怯者!」

 シャドーマンがじりじりとヂンガイとの距離を詰めている。ヂンガイは路面にへたり込みながら頼りなく手刀で相手を牽制していた。……シャドーマンはまだこちらに気付いていないようだ。

 燦太郎はそっと蒼いヂグソーを拾い上げた。ヂグソー心臓を介して自分の意思を形に変え、拾い物のヂグソーへと送り込む。

 ――できた。ヂグソーが、小さな刃へと姿を変化させた。

 気配を殺してシャドーマンの背後に近づき、電光石火で手を伸ばす。

「せっ!」

 左腕でシャドーマンの首をねじり、右手に掴んだヂグソーで、のどぶえを掻き切った。

『カヒュッ!?』

 シャドーマンは鮮血を上げて崩れ落ち、ひどく痙攣しながら特に抵抗もなく絶命した。
 最期に『ふ、不本意でござい、ます……が、後は任せ……ましたよ、ドクター……』と聞こえたような聞こえなかったような、ともかくその体がホロホロと光に消えてゆく。

 燦太郎は厳かにしゃがみこみ、

「人間を矮小と甘く見る、その心の油断が勝負をわけたのだ。東京は千代田区、花の都の秋葉原……この町に、悪の栄えたためしなし――――サンダーエンド」

 納刀の所作でヂグソーを腰ポケットに差し込む。全く同時のタイミングでシャドーマンの姿が完全に消え去った。

 野次馬から響く「お、おおー……」という歓声。まばらな拍手も聞こえてくる。燦太郎のマスクとマントが、なんか、蒼味を帯びた。

 小走りの足音が聞こえてくる。ヂンガイが駆け寄ってきているのだろう。

「俺なら無事だ。ヂゲン獣なら息の根を止めた、もう心配いらないぞ」

 顔を上げると、ヂンガイの右ストレートが頬に突き刺さった。

「んっくはッ!?」
「サポート妖精が目立ってどうするし! しかも残酷すぎるし! あたしの評判まで下がったらどーしてくれるのだっっっ!」
「や、やめろ、マスクがとれちまう! とりあえずずらかるぞっ! ……さらば!」

 ヂンガイの手を引き、飛ぶ。

 観衆の上空を跨ぎながら大急ぎで経路を検討。
 秋葉原の地理ならよくわかっている、最も人通りの少ないビルを選別し、一気に路地裏へ回り込んだ。

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