頭狂ファナティックス

全校集会

エピソードの総文字数=4,116文字

 紅月の部屋でとられた朝食はまるで学園を強襲し現在もその傘下にある異常事態などなかったかのように振る舞われ、四人は臆病な気持ちをおくびにも出さず、むしろ楽観的とも言えた。一般的に人は平和なときに楽観的、困難のときに悲観的になると言われるが、これは経験論に基づいたとも言えない子供だましの迷信で、他人から見れば取るに足らないような些事に躓き自殺をほのめかす人間もいれば、明日の命運もわからない重病で病床につきながらも馬鹿馬鹿しい洒落に快活な笑い声を飛ばす病人もいる。銀太、紅月、楓子の三人は日本軍が現段階では学園に侵入するつもりはなく、あくまで待機しているさまを見て、却って落ち着きを取り戻してしまい、綴に至っては銀太と紅月が無傷で戻ってき、さらには友人である楓子まで朝食に連れてきたことで、この問題は解決してしまったものに感じているようだった。朝食はいつもの三人に加えて、楓子が招かれた具合で朗らかに進み、ただ学園が日本軍に脅かされている興奮は冷めやらぬようで、その話題に多くは触れなかったが紅月はいつもより饒舌だったし、楓子は会話の中で気に入った嫌味や当てこすりを繰り返し、銀太は本来敵対関係にある楓子にも陽気に接し、綴はそのような様子を見せる三人に安堵したようで上機嫌に給仕をした。
 八時になると学園全体に校内放送が流された。スピーカーから注意喚起のチャイムが鳴ると、寮の入居者は放送を聞くためにエントランスホールに集まり、四人も階下に降りてその中に混じった。放送の声の主は生徒会長で、八時半から講堂で緊急集会を催すこと、この集会の参加は任意であること、集会の目的は早朝から騒ぎになっている日本軍の駐在について説明を行うためであることが告知された。校内放送が終わると、エントランスホールに集まった生徒たちのあいだに弛緩した空気が流れ、あたかも放送の告知の中に「日本軍の撤退の決定」も含まれていたようであり、誰もが日本軍の駐在を一時的なもの、あるいは何かの手違いだと考えており、それは銀太たち四人も例外ではなかった。四人は講堂に向かう寮生の流れに乗り、歩き出した。
 講堂は講壇を軸にして扇状に座席が広がっている。座席は傾斜に沿って段になるように配置されており、普段は学年とクラスによって座る場所を指定されているのだが、今はどういうわけか教師陣の姿が見えず、指示もないために、どうやら自由に座って構わないらしく、生徒たちは各々席を取り始めた。銀太たち四人は講壇に近い席を取り、緊急集会まで静かに待つことにした。早いうちは席に着いている生徒はまばらだったが、八時半が近づくごとに埋まっていき、しまいにはほとんどの席が埋まった。学園の生徒はほとんど講堂に集まっているようで、みなが日本軍のことについて憶測を交わしていたために騒がしかったが、八時半になり、講壇の上手から特別科クラスの五人が現れると、生徒たちは普段ならば特別科クラス兼生徒会の人間を――それも一同に会しているところを見る機会など皆無に等しかったために、すぐさま静まり返った。ただし生徒会の人間は全員で七人であり、そのうちの一人である紅月は座席の方にいたし、もう一人に至ってはどこにいるのかわからなかった。紅月は特別科のクラスメートたちが壇上に現れるとすぐに、そのもう一人を探してあたりを見回したが、講堂は広く後尾にいる生徒は顔の見極めもつかないため、あるいはそもそもこの講堂に来ていないために見つけることができなかった。
 壇上にいる五人の中にはいつも以上に神経質に学生服を着つけている守門恒明もいて(ワイシャツには高いカラーをつけており、のりをきかせているのが銀太たちの席からもわかった)、銀太たちの姿を見ると、他の生徒には気がつかれないように秘密めいた仕種でウィンクを二度送った。恒明は特別科クラスに在籍していて、生徒会書記の役割を担っていた。紅月とは直接の先輩後輩の関係に当たるとは言え、紅月がクラスに滅多なことでは顔を見せず、生徒会の仕事もしなかったために接点はほとんどないほどだったが、他のクラスメートに比べて紅月のサボりを大目に見ていたために、恒明は唯一の後輩にどちらかと言えば好感を持っていた。もちろんその好感の根底には紅月が綴の妹分に当たるということもあるのだろうが。

 生徒会長が演台の前に立った。精悍な顔つきの巨漢であり、浅く焼けた肌も相まって実年齢よりも青年らしく見え、威風と尊厳に満ちた立ち振る舞いで「空白組」の中でも特に恐れられていたが、それは特別科クラスの持つ権威と無遠慮な憶測に基づくもので仲間内では稀な寛容の気性の持ち主として知られていた。名前を桑折良蔵といった。桑折はマイクの位置を自分の長身に合わせて高くすると、大酒飲みを思わせる嗄れ声で演説を始めた。
生徒会長の桑折良蔵だ。我々、特別科クラスは滅多なことでは諸君の前に姿を現すこともないため、戸惑いを覚えるものもいるだろう。もっとも壇上にいる五人でも、全員ではないのだがな。私がここに立っているのは、明け方から学園で巻き起こっている騒動に説明をつけるためだ。諸君はすでに存じているだろうが、現在、学園は日本軍によって封鎖されている。(ざわめきが聴衆に広がる)……静粛に。言明されて、動揺するのも仕方がないことだ。しかし今は静かに私の話を聞いてほしい。(桑折は聴衆が静まるまでしばらく待つ)学園が封鎖された理由を速やかに説明しなければならないな。日本軍が出動していることからもわかるだろうが、この封鎖は日本政府の英断によるものだ。現在、この学園を発端に未曾有の惨事が起ころうとしている。本日未明、学園内でペストの感染が確認された。感染ルートは未だ不明。日本政府はペストによるパンデミックを防ぐために、光文学園の封鎖を決定した。公式発表による封鎖期間は未定だが、最低でも三週間が予想されるそうだ。この封鎖期間のあいだ、生徒会は理事会の下部組織となり、理事会の決定を生徒諸君に伝達する立場を引き受ける。教職員及び理事会に所属する人間は日本政府との連絡を密にして、対応に集中する。そのために本日の集会の司会は我々に任された。
紅月は空白組から何も聞いていなかったの?
 生徒会長の演説の途中、銀太は隣に座っている紅月に耳打ちした。
何も聞いていない。空白組はこの騒ぎと前々から無関係ではないらしいが、俺をハブって話を進めていたらしいな。
 生徒たちは生徒会長の演説があまりにも理解しがたいものだったために、その内容を解き明かそうとして、胸像のように頭を固定して次の言葉を待ち、騒ぎ立てることもなく静まっていた。まるで生徒会長は宇宙や愛など、人生に深淵を与える話題を話していて、生徒たちは一言でも聞き漏らすとその奥義を理解できなくなると思い込んでいるようだった。しかし言葉の一つひとつは別の言葉の足を引っ張って、演説が進むごとに話は絡まっていった。もしも若輩にも関わらず、瀟洒な皮肉と機知が言える生徒がいたならば、のちにこの集会を「生徒たちは生徒会長の高尚な演説に聞き入っていた」と描写するだろう。
本日は理事会から下された決定を三つ伝える。各々、しかと肝に銘じるように。一つ、封鎖期間中、外界との接触を一切禁じる。学園は電話や輸送などの通信手段は無論、食料や医療品など生活必需品の運搬も断絶される。二つ、いかなる事情が関与していようと学園から脱出した人間は日本政府の許可の下、射殺される。三つ、封鎖期間中、光文学園ではいかなる国の憲法、法律も適用されない。以上だ。何か質問がある人間は挙手を。なければ集会を解散する。
 生徒たちは生徒会長の演説が終わったことに気がついていないかのように、例の胸像のような頭を固定する姿勢で動かなかった。いつもの紅月だったら、「悪い冗談には金と時間をかけないものだぜ」とあてこすりを言って立ち去っただろうが、今は講堂を包んでいる鈍い驚愕のために立ち上がることもできなかった。この集団の金縛りとでも言うべきものが解けるには、二人の犠牲者が必要だった。誰も彼もの意識の空白をついたかのように、いつの間にか最前列に席を取っていた二人の男子生徒が壇上によじ登っていた。喚き散らしていたが何を言っているのかまでは銀太たちのところからでは聞き取れず、しかしその身振りから抗議をしているのだとわかった。
 二人の男子生徒に向かって、特別科クラスの一人、吾妻奈純が前に出た。この女生徒は二年生であり、まんまるとした目と首を軽く右に傾ける癖によって幼く見えたが、和毛の髪をボブカットにし、前髪を生え際近くで切り揃え額を大きく出していたためにその印象は深められていた。吾妻が両手を前に差し出すと、サーカス団が「さかり」のついた象を射殺するために用意するような散弾銃が左右に一丁ずつ具現化した。次の瞬間、空気が炸裂するような発砲音が講堂に響くと、二人の男子生徒の上半身が四散した。壇上に近い席に座っていた生徒たちはその散り散りになった肉片を浴びたり、流れ弾を受けたりして、凍結した生徒たちの時間を再び動かす絶叫を上げた。吾妻は人間の上半身を丸々欠損させるほどの火力を持つ散弾銃を二丁拳銃式に発砲したにも関わらず、反動によって肩の関節が外れることもなく、それどころか次の反乱者を予測してすでに構え直していた。
三つある理事会の決定のうち、最も重要なものを繰り返しておいた方がいいようだ。封鎖された光文学園ではいかなる国の憲法、法律も適用されない。
 生徒会長が壇上に下半身だけ残っている二つの死体に憐憫も嫌悪も感じていない、ほとんど無関心とも言える視線を向けながら、理事会の決定を繰り返したとき、生徒たちは両脇に二つずつ、壇上に向かいあってもう二つずつある出入り口を通り、講堂から逃げ出していた。しかしその足取りは二人の生徒が見世物のように殺害されたとは思えないほど緩慢であり、交わされる会話もひそめられた声で行われた。わずか十五分のあいだに絶え間なく降り注いだ驚愕に生徒たちは俄かに白痴にされたようだった。

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