ハロウィンナイトカフェ

カウンター4「あなたじゃない」knavery

エピソードの総文字数=1,756文字

『あなたじゃない』 knavery

あなたじゃないのよ


あなたじゃない


あなたを待っていたのじゃない

久しぶりに会う幼馴染の雪はそんな歌を口ずさみながらカウンターで一人座っていた。
……久しぶりに会ったって言うのに、ずいぶんなご挨拶だな
あら、来てたのね。知らない? 失恋の歌だそうよ?
こいつ、絶対にわざとだ……。

僕は知らないという。

ちなみに太宰治の作品の中に出てきた歌よ
……流石は文学部だな
もう二年も前の話よ、懐かしいわね

彼女はグラスに注がれたカフェオレのストローに口をつけた。

僕もようやく隣に座り、コーヒーを注文する。


久々ね、こうして会うのも……
そうだな……
僕たちの間に、会話が無くなる。本当に久しぶり過ぎて、何をしゃべればいいのかわからないのだ。

そして……しゃべりたくないこともある。それが口に出てしまうのが、まだ怖い。

あなたじゃないのよ


あなたじゃない


あなたを待っていたのじゃない


悲しそうに歌を口ずさむ雪。その消えそうな歌声は店内の音に紛れて、消えた。しかし、僕の耳にはその歌は届いていた。


……知ってるよ

なら、どうし今日は呼び出したのよ? 彼の命日に……

そう。二年目のあいつの命日だから、僕は雪を呼び出した。

暫しの沈黙。様々な声が店内にざわめいているはずなのに、僕と彼女の居るカウンター席だけが、その空間からまるで切り離されているように静かに感じた。

僕はこれから発る言葉を、15年前から言いたかった。しかし、同時に言いたくなかった。しかし、僕自身の気持ちと、あいつとの約束がそれを許してはくれなかった。

……結婚しよう
彼女は眼を見開いた。

そして、顔が怒りの色に染まっていった。

……冗談なら、最低よ? そして、本気ならもっと最低


睨みつけられたが、僕はそれを気にせずにマスターが今しがた出してくれたコーヒーに口を運び、口を潤す。
うん、苦い
本気だよ……

……ごめん、無理……今はありえない……


知ってた――――と、口から出そうになった言葉を飲み込む。

彼女がこういうことを、僕は知っていた。誰よりも、知っていたのだ。

……アイツが逝ったのは、こんなハロウィンの夜だったな
……ええ

まるでドラマだ。

僕は昔からお前が好きで、大学まで一緒だったのに、大学で親友になったアイツ紹介したと思ったらあれよあれよ付き合い始めた

そして、彼は病気で、闘病の末に他界。そして――――あんたが私にプロポーズ。いざ自分のみに起こっている事かと思うと笑えないわね
ああ……本当に笑えない……

他の女性を好きになれたらどれ程楽だったか。あいつが生きていたら……この気持ちを隠したまま、雪の面影のない子供を抱き、その子を溺愛して過ごせただろうに……

現実は、俺はこいつに惚れたままで、あいつは居なくなったがこいつの心にはあいつがいるままで――――ああ、本当に笑えない

ため息をつくと、同時に気が付く。小さな子供が俺達に近づいてきていた。


トリックオアトリート

僕は何かないかとポケットを探るが、あいにく何もない。

まいったと頭をかくと、隣から子供に棒付きのキャンディが差し出された。

子供はありがとうと言うと他の客の所に歩いていった。

そういえば、ハロウィンだから子供が回ってきますって店頭のチラシにも書いてあった。コーヒーカップの受け皿の横には飴が数個添えてあったのにも、カップを戻したことで気が付いた。

しかし――――

懐かしいな

気が付くと、言葉が出てきていた。

先程雪が子供に渡したのは、あいつの好物だったものだ。コーラ味が、特にお気に入りだった。

ええ……彼……ひょっこり会いに来てくれないかと思ってね……ハロウィンだし

数本のキャンディを鞄から取り出し、彼女はいってくる言い残し、他の子供の元へと歩み寄っていく。

そんな彼女を眼で追いながら、僕は再びコーヒーに口をつけた。

ああ……本当に涙が出そうになるくらいに苦い

雪を幸せにしたいけど……お前の遺言は、まだ叶えられそうにないよ。なぁ――――

天国に居るあいつの名前を呟く。いっそ、本当にアイツが戻ってきて、彼女を説得してくれればいいのに、と思った。

だって今日は、あの世とこの世が繋がる祭り、ハロウィンなのだから。子供がお菓子が欲しいとねだる夜。たまには大人も、ねだってもいいだろう。

僕は雪がこっそりと置いて行ったキャンディの包みを破った。

  • ツイート
  • ツイート
  • シェア
  • LINEで送る

ページトップへ