『みじょかもんの祈り ー 心の貧しい人は幸い? ー』

05. 「ハローワークで介護と出会う。」

エピソードの総文字数=2,611文字

長崎市から五島列島に戻った。

フェリーの中で生きている心地は全然しなかった。

電話で、両親には前もって伝えてはいたが、改めて対面した時に、何を言ったら納得してもらえるのか・・・震えた。

その日は、波は荒れており、強い揺れだった。
いつもは、船酔いをしない私が、強い吐き気を感じた。
胃がイカレていたのだろうか。

気持ち悪さが残るまま、自分の家へ帰って来た。。

ドアを恐る恐る開ける。
「ただいま・・・」
言葉に力がなかった。

「船酔いを言い訳にして、今夜の説教は短くしてもらおう・・・」と馬鹿なことも思っていた。

母は、キッチンの奥へいたまま。
父は自分の部屋にいた。
私は、父の部屋に入り、対面した。
「申し訳ありません。」
正座をし、頭を深々と下げたのを覚えている。

父の説教は、1時間ほど続いた。
もう、教師には戻れないというより、向いていない。
五島で就職活動をすること。
心が弱いこと。

耳に痛い言葉が、グサグサ胸に突き刺さる。
言い訳できない。
現実、私は挫折と失敗をしたのだから。

母は、私などのために、食事を用意してくれた。
しかし、食事は喉を通らなかった。

両親との話が終わった後、船酔いのせいなのか、それとも、現実を再び見てしまったことになのかフラフラが続いた。

「・・・どうしよう。
仕事ってあるのか?
こんな中途で辞めたような35歳を雇ってくれるとこあるのか?・・・」

顔を布団の中に、スッポリと被り考え込んだ。
ドクン・・・
ドクン・・・・ドクン・・・
心臓の音が聞こえる。
敷布団を通じて、耳に聞こえてくる。

「こんな自分でも、生きてるんだな・・・」。
こんな時に、改めて自分の生を再確認するなんて。

毎晩、あまり寝付けないまま次の朝を迎えたのだった。

毎日、朝、8時になると家を出た。
長崎県の五島列島にあるハローワークに通うためだ。

というよりも、正直に言えば、両親と同じ屋根の下にいるのが苦しかったからだった。
両親は定年を過ぎて、家で、ほぼ一日中過ごしている。
同じ空間にいると親も気分が悪くなるだろうし、私が落ち着かない。

五島市の朝は、静かだった。

五島のことを知らない人は多い。
人口が男女合わせて4万人程度。

若者は、高校を卒業すると同時に、他県へ渡るのがほとんどだ。
新たな産業が、なかなか産まれることが難しい島だ。
高齢者の数が、とても多くなった。

夜9時には島中の信号機が黄色点滅してしまう。
その時間帯は、車に乗る人も少ないのだ。

朝は通勤ラッシュで、道が混むことはない。

家の重圧から解放された私は、歩いて20分ほど決まった道を通る。
無職でありながら、私は田舎道をテクテク歩くのに、ある意味、喜びを感じていた。

これまで仕事のことばかり考えて、車で学校と自宅の往復だった。
歩いてる間も、不安な気分であることに変わりはなかったが、再び自分が生まれた島を、ゆっくり歩ける日が来たことに、どこかしら有り難みも感じていた。

田舎道。
中学校。
小さな川。
お寺に沢山のお墓を通る。

そうしてハローワークにたどり着くのだった。

入ってみると、島のハローワークは、都会と違い人が少なかった。

最初は、自分の状況を正直に話すことに、緊張していた。

しかし、職員の方の穏やかなキャラクターのおかげで少しずつ緊張が溶けていった。

再就職の悩みや不安を口にできるのは、ここだけだった。
家族や知り合いに話したら、空気が悲惨なことになってしまう。

「森さんって先生やってたの?教師経験のある人が、再就職するのは、なかなか難しいんですよねぇ。技術職ってわけでもないし」。
と遠慮ない。

様々な職種の求人票を示してくれる。
しかし、私には教師以外に何か技術があるわけではない。
免許を持っているわけではない。

35歳は決して若い年齢ではないらしい。

職員の方は、結構、厳しめに指摘して下さった。
「島で仕事を捜すなら、どんな職業でもいいくらいの気持ちじゃないと。
なかなか、仕事ないですからね。都会の方が、よっぽどあるんだから。。」

色んな話しをしていくうちに、「自分の気持ちを分かってくれるのは、このオッチャンだけだ」と本気で思っていった。

ハローワークの帰りは、必ず図書館に寄ることにしている。

道草を食う理由は、もちろん、家に帰ると重圧に潰されてしまうからだ。
「これから、どうするんだ?」と聞かれる。
ハローワークに、まだ通ったばかりだと言っても、絶対に聞かれる。
両親も不安なのだろう。
心配して言ってくれるのは、分かってはいるけど、辛い。

五島の図書館は、元石川城というお城の裏にある。
図書館の外観のデザインも、お城だ。
小さい図書館ではあるが、その分、置いてある書物の質は高かった。
最近の本も並んでいる。

しかし、その時の私が求めていた図書と言えば・・・

「再就職」、「転職」のキーワードのある本や「自己啓発」の本だ。

「・・・自分と同じ境遇にあった人はいないか?

どうやったら、心が折れないで済むのか」。
本が唯一の癒しだった。

1日4時間以上、過ごしていた。
「毎日、毎日、小さな図書館に来ていることを職員の人は、どう思っているかな・・」と、これまた小さなプライドが働いた。

ほぼ毎日、毎日、ハローワークに通って1ヶ月が過ぎた頃、ハローワークのオッチャンから提案があった。

「森さん! 介護に興味はありませんか?ちょうど今、職業訓練で生徒を募集しているんですが。受けてみませんか?」

これが、私と介護の初めての出会いだった。

介護は、この当時から大変な労働力が必要だと報道されていた。

高齢社会となり、人手不足であったこと。

国をあげて、介護福祉士となる人材をつくっていこうとしていた。

キツイ仕事だとは聞いているが、きっと、やりがいがあるはずだ。

「人のためにする尊い仕事だ挑戦しよう!」

と綺麗な考えばかりが、頭に浮かんだ。

しかし、そんな甘い考えであることを思い知らされる。

介護の仕事とは、綺麗なことばかりではないし、甘いものではない、、それは後から分かることだった。

こうして、4月から介護福祉士の資格を取るために、職業訓練校に通うことが決まった。

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