佐藤茜のよもやまばなし

エピソードの総文字数=2,394文字


 ナビくんと二人で葛餅をおいしく頂いた後は、ついでだからと川崎大師の中を見て回ることにした。
 といっても、特別何かに見入ったりすることもなかった。私の琴線に触れるものがなかったからである。もっとも、ナビくんのほうがどうであったのかは、私にはわからないのだが。
 まぁ、私と歩調を合わせていたあたりから考えると、彼女も私と同じだったのだろうと思ったりもするのだけれどね。
 なにせ、スカイツリーでは自分勝手に動き回って楽しんでいた姿を、既に私は知っているのだから。
 ……わざわざ確かめたりする気もないけどね。
 そんなことを考えながら、二人でただ境内をのんびりと回っていく。
 日によっては境内の中に屋台が出て、食べるものも買えるらしいのだが、今日はその手のものにめぐり合うことは出来なかった。来る時間が悪かったのか、日が悪かったのかはわからないが、そこは少しだけ残念なところだったかもしれない。
 そうこうしている内に、日が沈んで夜になった。
 ……今日はここの軒先を借りて、一夜を過ごすとしようかな。
 そう決めて座り込んだところで、彼女が私の体を横抱きで抱いてきた。
「……どうした、ナビくん」
 突然のことに驚きつつ、彼女に問いかけてみると、
「……こうすると暖かいかなって」
 そんな言葉が返ってきた。
 正直なところを言えば、この世界はそこまで気温の寒暖差というものがないので外でも割と快適に過ごせるのだけれど。
「……うーん、まぁ夜は冷えるしね。君がそうしたいなら、好きにすればいいけどさ」
 ここは別にそういうことを言わなくてもいいところだろうと、そう思ったから、そう言った。
 私からの許可を受けると、彼女は更にぎゅっと私の体を抱きしめる。
「……何か不安なことでも?」
 言って、私は彼女の頭を撫でた。
 彼女は嫌味を感じさせない吐息をひとつ吐いてから言う。
「佐藤さんは意地悪です」
「人並みにはね」
「でも優しいです」
「それもまぁ、人並みにはね」
「……明日で終わりなんですよね」
「君の言う一般論であれば、そうだね」
「帰らないでください」
「うーん……向こうで何かがあれば別だけど。基本的には帰らざるを得ないね」
「こっちの世界は嫌いですか?」
「いいや、別に。嫌いではないよ」
「じゃあ好きですか?」
「それは同じ質問だと思うけど。まぁ、嫌いじゃないからね。どちらかと言われれば好きだと答えるかな」
「じゃあ残ってもいいじゃないですか」
「私は向こうの世界の住人だよ。ここの人間じゃない」
「こっちで生活を続ける人も居ます」
「ナビくん、君は結局何を言いたいのかな」
「……こっちで一緒に暮らしましょう。きっと楽しいです。毎日が楽しいです」
 私は彼女の言葉を聞いて、少しだけそれもありかなと思ったけれど。
 よく考えるまでもなく、結論は決まっていた。
「……ごめんね、私はあちらに未練があるから残れない。たまに来る分には、いいんだけどね」
「どうして!」
 ナビくんは私から身を離して立ち上がると、きっとこちらを睨んで言った。
「どうしてこちらを選んでくれないんですか! 痛みだってありません、寿命だって殆ど気にする必要ありません、お金はちょっと働かなきゃいけないですけど向こうより楽なはずです! それに、佐藤さんは特殊な能力だって使えます! どこが現実世界に劣るって言うんですか!?」
 突然喚きだしたことには驚いたものの、人間そういうときもあるだろうと、そう思って、私は彼女の言葉に応じる。
「痛みが無いこと、寿命を気にする必要がないこと、超能力みたいなのがあること――全部、私にとっての現実には不要なものだ。
 まぁとりあえずは、落ち着いて私の言葉を聞きなよ。
 正直なところを言えば、いきなり君が喚きだした理由もわからないし、困惑さえしているけれど。
 もしも、君が私との別れを単純に惜しんでくれているのだとすれば。
 私はあと一日、残された時間で楽しい記憶を君と残すと誓おう。
 例え現実に戻ったときに忘れていようとも、残滓が残る程度に、濃密な何かを君と残そう。
 だから君にはその記憶を大事に取っておいて欲しい。いずれ忘れるならそれでもいいんだけれどね」
 一息。小さな笑みを挟んでから、私は言葉を重ねることにした。
 それに、と。
「それに、また私がここに来ることもあるだろうよ。一度あれば、二度も三度もありえるさ。
 そのときが来たら、私は必ず君を探そう。その時にまた会うことができたなら、一緒に遊べばいい。
 ……これは、それだけの話だろう?」
 私の言葉を聞いた後で、彼女はしばらくの間、顔を伏せたまま身動きをとめていたけれど。やがて大きく溜息を吐くと、顔をあげて、力を抜いた笑みを見せた。
「ええ、その程度の話です。本当、それだけの話ですよ……」
 そしてこちらのほうに近づいてくると、私の背後に回ったと思ったら――こちらに抱きついてきた。
「……っ!?」
 彼女の行動に驚愕している私を他所に、彼女は私の肩に顎を乗せてくると、はーっと大きく息を吐いた。
「何のつもりかな」
「さっきより暖かいでしょう」
「……まぁ、君がそうしたいなら止める理由もないけれど」
 やれやれと溜息を吐いた後で、私は彼女に軽く体重を預ける。
 彼女はこちらの反応に嬉しそうな笑みを漏らすと、口を開いて言う。
「ごめんなさい、佐藤さん。急にあんなことを言われて驚きましたよね」
「そりゃそうだけど。まぁ、人間そういう気分になることもあるだろうし」
「ありがとうございます」
 彼女はそう言うと、私の体をさらに深く抱くように力を入れた。
 ……わからないことばっかりだけど。
 気持ちいいからそれでいいかな、と。
 そう考えて、私は黙って瞼を閉じた。

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