放蕩鬼ヂンガイオー

01「男子さいてーなのだ」

エピソードの総文字数=3,855文字

 次元と次元の狭間、人間不可侵の闇の世界。

 唐突に城があった。
 建つでもなく、浮かぶでもなく、ただ存在する歪な城。
 マーブル状に捩れた城門をくぐって内部へ進むと、中は迷路となっている。ただし正解の通路はない。

 どこからも辿り付けない構造となっている玉座の間に、三つの人影が集合していた。それぞれの人影は玉座に向かってしゃがみこみ、頭を下げている。

 カーテン越しの玉座に明かりが灯る。王冠をかぶった巨人のシルエットが浮かび上がった。

『――皆のもの、ラヂゲン。……シシドクロがやられたか』

 厳かな声に応えて人影が動く。

 全身に赤い歯車のような刺青をした、半裸の女性が笑った。

『ラヂゲン。ひひ、いい気味よ。あいつってば以前からムカデクジラ様への忠誠心が足りなかったもの。四天王にシシドクロは不要だわ』

 続けて白の人影が立ち上がる。
 全身から真っ白な毛を生やした獣人が、恰幅のいい体を白衣で覆っていた。

『ラヂゲン! フオーウ、お寒い話だイエ。かくなるうえは、このドクターイエティが彼奴めの始末をしてくれようぞ』

 さらに黒の人影が揺れる。
 人間の足元に出来る影がそのまま立ち上がったような、虚像めいた存在が黒衣のコートとシルクハットに身を包んでいる。

『ラヂゲン。ブラックな冗談を仰りますな。のろまなドクターになぞ任せておれば日が暮れてしまいましょう、どうぞワタクシめにお任せください』
『なにをオーウ。貴様こそせっかちが過ぎて放蕩鬼を見つけられんのではないかイエ』
『やるかね、ワタクシは構いませんが』

 白黒の言い争いをさえぎるように、カーテンに映る王冠が揺れた。

『共にゆけい! 愚鈍と性急、貴様ら両名で欠点を補い合い放蕩鬼を討ち取るがいい』
『フオっ!? こんな煙みたいな男と手を組めと!?』
『ワタガシの世話など、余計な手間でございます。足手まといになりましょう』

 不満をあらわにする白黒だったが、影は一喝した。

『吼えーるッ! ……私の命令が聞こえなかったのか。失敗は許されんぞ』
『『……は、ハハーッ! ムカデクジラ様のお心のままに! ――ラヂゲン!』』

 二つの人影は逃げるようにして闇に溶け込んで消えていった。

 残された赤の女性は、声のトーンを落とした。

『……ひひ、まあせいぜい頑張りナサイな。無勝の放蕩鬼なんて、私は燃えないからパスよ』
『なに、すぐ終わる。始末が済めば、ゆっくりとこの時空を征服してくれようぞ』


   ○

 地元の老人たちが早朝のウォーキングを楽しんでいた。

 ある者はペットボトルのお茶を飲んで一息ついている。
 またある者はベンチに腰掛け、飼い犬の頭をなでている。

 真夏とはいえこの時間帯はまだまだ涼しく、吹く風も爽やかに路地を凪いでいる。
 太陽は笑い、小鳥も談笑するたいへん平和な光景だったが、人々はある店の前を通る一時だけ必ず眉をひそめていた。

 『ヒーロー・ロボットグッズ専門店〈俺たちの秘密基地〉』。
 俺たちの秘密基地という八文字全体にかかるようにしてオレベースと振り仮名が書きなぐってある。

(またこの店か……)

 通行人たちが抱く感想は揃って同じであった。

 かねてから怪しい店だとは思っていたが、とうとう昨晩なにがしかの事件を起こしたらしい。店の前にはアスファルトを穿つ巨大なクレーターが生まれている。なにやら焦げ付いた機械の破片が大量に転がっていたり、となりのビルにダンプカーがめり込んでいたり、何もかもが理解不能であった。

 とりわけ不思議なのが店の正面玄関である。
 なんと朝っぱらから長蛇の行列ができている。

 サラリーマン風だったり学生風だったり、層こそ様々だったが、なぜかみな妙に礼儀正しく、通行の邪魔にならないよう律儀にSの字を描いて並んでいた。

 老人たちは軽く、ゆっくりとまばたきをする。

 そして、まあいいか、と慣れた対応でそれぞれの日常に戻っていった。

   ○

「ぶくぶくぶくもがっ! ひゃめるのだぁ!」
「抵抗すんなッ! お前がいつまでたっても寝てっから時間押してんだろが!」

 燦太郎は、ヂンガイを手洗いで洗濯していた。

 オレベースの一階はほとんどが商品の陳列された店内だが、奥の扉を開けると店員用の休養室が存在する。
 名前こそ立派だが実質は倉庫というか物置も同然であり、四畳半ほどのスペースに座布団と洗面台があるくらいである。壁際に在庫のダンボールや金庫、ミニテーブルに黄ばんだデスクトップPCなどが置かれて更なる圧迫感を醸し出している。

 その狭苦しい床に青いプラスチック製のタライを置き、洗面台から湯を張って即席の風呂にしているのが燦太郎とヂンガイであった。

「おまえ水着もっててよかったなあ。さすがに秋葉原で子供の裸はまずいしな」
「水着じゃないもん! 戦闘スーツ! てゆーか遠慮なく揉み洗うなし! ヘンタイ!」

 ちなみに大量のヂグソーは全てばらしてクッキーの空き缶に詰め、押入れにしまってある。

 燦太郎はホースを手に取り、泡まみれのヂンガイを頭から水ですすいだ。

「ちゃんと目ぇつむれよー。……っと、はい終わり。きれいになったぞ」
「えふっ。あのあの、あれは? アニメでキャラリちゃんが使ってたブオーッってやつ」
「ドライヤーなんかねえよ。拭いてやるから頭出せ」

 ヂンガイの全身を丸ごとバスタオルでくるみ、わしゃわしゃと豪快に拭く。

 しばらくやってからバスタオルを剥ぎ取ると、昨晩は神秘的に見えたはずの青白い髪をボッサボサにしたヂンガイが顔を出した。

「完璧だな。おつかれさん」
「いやいやいや、これで終わりってありえないし。男子さいてーなのだ」
「ちょいちょい変な言葉覚えてんじゃねえよ」

 手ぐしでフワフワの髪をすいてやっていると、店側の扉が少し開いて天甚が顔を見せた。

「おめいら早くしろ。お客さん、もうだいぶ集まってきちまってる」

 そう、今日は開店前から客がたくさん集まっている。

 理由その一。
 天甚は以前から、今日この日に面白いものを発表すると公言していた。
 正体はアキバリオンのハリボテだったのだが、昨夜消し炭と化したことを知らない常連たちは一大イベントとして純粋に楽しみにしてくれているはずだ。

 理由その二。
 昨晩の事件で、ヂンガイがこの店の前で大暴れした。オレベースはヒーローグッズの専門店である。
 まさか当事者本人が店内にいるとまでは思われていないだろうが、目撃情報や関連性を探りたい野次馬もいれば、店主(天甚)と色々語り合いたい好事家などもいるのだろう。

 ちなみにこの事件。
 ざっくり調べた限り、今朝のテレビでニュースとして放送はされていなかった。

 正直震えながらチャンネルを回したのだが、どの局もそ知らぬ様子。
 まさかあれだけの騒ぎになって何の情報もキャッチしていないということはなかろうが、マスコミもあまりに胡散臭い噂をうかつに報道して信用を失いたくないのかもしれない。

 動きといえばインターネットの怪しげなニュースサイトに小さく掲載されたくらい。確認のため警察が動き始めたという話もあったが、どこまで本当だか微妙なところである。

 ともあれそういう感じの調査結果であったので、お客さんが多いといっても何ほどのこともなかろう。

「どんくらい来てんの? ちょっと見して」

 燦太郎は好奇心も手伝って、天甚の頭の上から店を覗いた。

 うむ。琥珀色のアンティークな明かりが目に優しく、褒め言葉であるところの埃っぽいにおいが鼻を抜けた。室内は万事いつも通りである。

 小さめのコンビニより更に小さいくらいの店内を、眼で順になぞってゆく。手前から、司令室をイメージしたデザインのレジ、来店した著名人のサイン群の下にレトロおもちゃ、海外のバッタモン玩具コーナーに非売品展示の自転車、並んでいるガラスケースには特撮ヒーローのフィギュア、装備のレプリカ、ときどき魔法少女。意味不明の突発駄菓子コーナーを抜けた先に二つの無機質な人影がある。ロボットヒーローとアメコミヒーロー、二つの等身大マネキンが門番のように仁王立ちしており、そいつらの間にある自動ドアが正面玄関、お店の入り口であった。はずなのだが。

「げ……」
「こっ、恐すぎなのだっ……」

 ガラスに張り付かんばかりに群衆が押し寄せている。

 本来は朝日が差し込むはずなのだが、人の影と人の影の隙間を人の影が埋めており、なんか、黒いもろもろが踊る蜃気楼みたいな地獄絵図になってしまっている。

「ああいやだ、古代人はつつしみってものがないのだ」
「おまえも今日からウチで働くんだからな、お客さんに失礼なことしたらぶっとばすぞ」
「いーやーなーのーだー」
「いやじゃねえ! おまえはこういう普通の人たちから『燃え』を集めなきゃなんねーんだからな! きちんと触れ合って勉強しとけ!」
「燦太郎、ヂンゲエ、おしゃべりはその辺にしとけ。開店すっから、いっとき隠れてな」

 警戒してばかりもいられないと、天甚が小走りで玄関に向かう。

 そのままマネキンの背中側に駆け込み、壁にある自動ドアの電源を入れて声を張り上げた。

「オレベース起動! 本日も元気に開店ですよぉい!」

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