【共幻社公式作品】ジャングルに虎がいる

1-12 果歩をめぐる騒動

エピソードの総文字数=2,124文字

送信して、これでよし……っと。
 SNSメッセージを打ち終わり、茂は小さく息を吐いた。
近頃のガキは……中学生のくせにご大層なもん持っるてんだな。
近頃の若いもんのクセに、ケータイひとつ持ってないおまえの方が珍しいよ。何時代生まれ? 
――まあとりあえず、あの子をどうするかは、保護者に連絡がついてから考えよう。
 果歩はまだ意識が戻らず、茂のベッドに寝かせてあった。
 突然倒れたっきり、意識はまだ戻っていなかった。救急車でも呼んだほうがいいのかもしれない。そう思いながら茂と篤志が躊躇したのは、倒れた理由ーーあの炎のことをどう説明すればいいのか見当もつかなかったからだった。
 だが理由は、それだけではない。
 倒れた理由よりも、炎が噴き出した理由よりも何より、
(寝てるだけじゃねぇの……?)
 ……という疑問を、心ひそかに捨てきれなかったことが一番の理由かもしれない。
………………zzz。
 手足は相変わらず冷たかったし、顔色も決していいとは言えなかったが、心臓はとりあえず動いているし、呼吸も整っている。
 ……いや、整っているというより、すかすかと安らかな寝息を立てていると言ったほうがいいくらいのものだった。ただ、ゆすっても呼んでもまるっきり反応がないだけだ。
 とりあえず、今すぐ死にやしないだろう。
 それが茂と篤志の共通の感想だった。
あのブログ書いてるEIJIって人に会おうってメール出してあるんだ。できればおまえも同席して欲しい。どうだ?
…………ああ、そうだな。
興味ないって感じだな。
……いや、別にそういうわけじゃない。段取りつけて連絡してくれ。
 ぶっきらぼうにそう言って、篤志はまた黙り込んだ。
 興味がないというより、考え込んでいるようだった。やはり篤志は何かを知っているのだ。
まあ、いいか。
……ちょっとその子見ててくれるか? 多分この子の叔母さんって人から電話が入るだろうからさ。俺、お袋に電話が来たら回してくれって言ってくる。
 そう言い残して、茂は部屋を出ていった。
 由宇は明日提出の宿題を果歩の分までやっておくと言ってさっき部屋に戻ってしまっていたから、部屋に残ったのは篤志と果歩だけだった。
 ベッドの脇に立って果歩の寝顔を見下ろし、それから自分の手に改めて目をやって、篤志はさっき見たあの光景をもう一度反芻するように思い返していた。
 燃え盛る炎に飛びこんだとき、確かに篤志は炎の熱を感じた。高熱に炙られる感触を生々しく体験したのだ。
 だがあの瞬間も〈痛み〉としてその手応えを感じていたわけではなかった。
(同じ火の虎に、フクが目撃した中学生は焼き殺された。それなのに……)
 そのことがずっと引っかかっていた。
 そして……。
(俺は……以前にもアイツを見た事がある)
 茂と同じように、篤志もそれを確信していた。
 いつ、どこで見たのか、それを思い出すことはできなかった。だが篤志の手が、確かにあの炎の熱を覚えている。
 そして……多分、『ジャングルに虎がいる』というお伽話も、あの炎の虎も、途切れ途切れに曖昧な記憶があるだけの10歳以前の自分に結びつく手応えなのだろう。

母さん……ちょっといい?
 リビングの扉から中を覗いて、茂はそう声をかけた。
 だが、美津子の返事はない。
 例によって、電話の真っ最中なのである。
 果歩の叔母だという〈百合ちゃん〉からの電話がいつ入るか分からない。なんとか電話を中断させよう――と、1歩リビングに足を踏み込んだとき、茂は電話に齧りつく母・美津子のただならぬ様子に気づいた。
ねえ、しっかりして。あなたが泣いていたんじゃ、誘拐犯の思うツボじゃない。大丈夫。姪御さん、きっと無事よ。
そうねえ、こういうときって警察に行ったほうがいいのかしら……それとも……。
あ、待って? 身代金はいくら要求されているの? お金は足りる?
(……何の冗談?)
 本気でそう、茂は思った。
 そう、カントリーとフリルとリボンの真ん中で、エプロンドレスの女(母だ)が、床に座りこんで誘拐の被害者らしい相手を涙ながらに励ましている真っ最中だったのだ。
(こんな現実感のないおばちゃんに、誘拐なんてどシリアスな状況でどんな助言が期待できるって言うんだ……。植木鉢に相談したほうがまだマシだろ)
 ドラマか何かで見ればきっとシリアスな盛り上がりドコロだろう。だが我が家のリビングで、しかも母が……というだけで、あまりにも間抜けだ。
(だいたい、『お金は足りる?』なんて気軽に言って、相手が足りないって泣きついてきたらどうするつもりなんだよ、母ちゃん。――誰が誘拐されたか知らないけど、貸してやるほどの金がウチにあるなんて聞いたことないぞ?)
ええと……姪御さんのお名前なんておっしゃったかしら。
 美津子の励ましのお電話はまだ続いている。
 茂が入ってきたことなんか、まるっきり気づいてはいないようだった。
果歩ちゃんね?
……………………え、果歩ちゃん?
 涙のせいで上ずっていた美津子の声が、脱力したように低いトーンになった。そしてその視線が小学生のいたずらをとがめるお母さんの目になって茂を見上げる。

 だがそのときもまだ、茂はこの騒動の元凶が自分なのだとは気づいていなかった。

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