『みじょかもんの祈り ー 心の貧しい人は幸い? ー』

02. 「理想と現実。」

エピソードの総文字数=1,738文字

介護の仕事で大変なもののうち、後2つをあげるなら「排泄処理」と「入浴介助」である。

1日に2度、大きなカート押し介護福祉士は手分けして各居室へ入っていく。
ビニールの手袋をした手には、タオルと大人用の紙おむつ、バケツである。

1人の高齢者に対し2人で対応した。
人様のものを見たくはないし、見られたくないだろう。
最初は、抵抗があった。
パジャマのズボンを下ろし、紙おむつのシールを剥がす。
白いオムツを広げる次の行動に躊躇した。
見たくはなかった。
しかし、それを悟られるのは失礼であるし、「1番恥ずかしいのは高齢者なのだ」と思うと雑念を払わねばならない。
排泄物は、固形のものはない。
見た目も臭いもいいものではない。
しかし、数をこなしていく毎に慣れていく。
不思議なものだ。
汚れてしまったお尻を温かい湿った布で拭き、綺麗にする。
時に、多く出しすぎてオムツから排泄物がはみ出し、脚とズボンの下にあるベットのシーツまで汚すこともある。
それを丁寧に、介護福祉士は片付けていくのだ。
とても大変だが、必要とされる仕事である。

特別養護老人ホームで、半身麻痺の方でも、自分で車椅子や歩行をし、便座に座る方がいらっしゃる。
少しの介助は必要だが、ゆっくり慎重に自分で段階を踏んで座るのを見ながら、心の中で願う自分に気づくことがある。
その願いとは、「もっと、ずっと自分でトイレができるくらい健康でいて欲しい」というものだ。
それは、「その方の介護が面倒だから」というものでは決してない。
寝たきりの方を介助していく中で、「自分で排泄できる力を持っていること」は、素晴らしい能力である事だと気づいたからだ。

本当に自分は馬鹿だったと思う。
自分が普段、当たり前にしている行動が、決して当たり前のことではなかったこと。
誰かの力があるからこそ、誰かが生きること。


もう1つ、大事な仕事は「入浴介助」である。
体の機能が麻痺している高齢者をキャッチャーと呼ばれる移動用のベットに仰向けに寝かせる。
着替えの服を持ち、風呂場の前まで移動する。

風呂場の前では数人の職員が待機している。
着替えを渡し、高齢者の服を脱がせていく。
褥瘡(じょくそう)など怪我をしている部分にはガーゼなどで処置が施されているので、そこを指で引っかけないように脱衣する。
そして、全身を覆う長い薄いタオルを体の上に掛けて隠す。
職員に服を脱がされて裸を見られるのは、高齢者も恥ずかしいものだ。
このような部分にも「人間性の尊重」を忘れてしまえば、本当に機械的で効率主義に走ってしまう。
この配慮に、正直、心が温まった。

風呂場にキャッチャーを押していく。
シャンプーハットを被らせ髪や全身を洗う。
時に、排泄物が下半身を汚してしまった方もいる。
それをシャワーで落としていく。

「この場面を見て、この間、実習生が辞めてったんだよ。
その人は、50代だったんだけど、介護の仕事が尊い仕事だと思って資格を取るために来たんだって。
実際、こうやって現実を経験したら、たった3日で実習放棄して辞めてったよ。」

入浴介助を指導して下さった職員さんが教えて下さった。
私も、介護福祉は、昔から「人に奉仕する尊い仕事」だと思っていた。
実習によって想像以上の大変さや辛さも味わった。
それだけでなく、喜びも尊さも実感した。

しかし、私は放棄することができなかった。
それは、自分の生活がかかっているからだ。
就職して、給料をもらい、生きていくためには介護の資格がいる。
介護職員の方には、その方の色んな理由があると思う。

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