もしも敬虔な女子高生が〈神は死んだ〉のニーチェ作『ツァラトゥストラ』を読んだなら

『末人未満』

エピソードの総文字数=2,487文字

「うっわー、良いお兄さまですね!

 カエル兄さんもかわいい!!

 栞理先輩の博学っぷりはお兄さまゆずりなんですねっ!」


(あと話し方も。きっとホームズモードとか言ってお兄さまのマネをしてらっしゃるんだわ)

「うむ、そうかもしれないが、兄には敵わないかな。

 たしかあの後も、シミュレーション仮説の思考実験や各種の宇宙論、脳内伝達物質と時空間把握の関係等の話題が……」

「も、もう良いです。ノーサンキュウであります……」

「……。

 ほんとうに仲良しの兄妹(きょうだい)ですこし焼けますわね」

(あら、早乙女先輩はちょっと不機嫌そう……)

「『いくら実の兄とはいえ、わたくしの栞理にここまで影響を与えるなんてゆるせませんわ!』」


「ちょっと! わたくしそんなこと言ってなくってよ!」
「えへへー、心の声を代弁してみましたー」
「悪ふざけが過ぎます!」

腕を組んで膨れている早乙女先輩。

怒った顔もやはり美しいが、あんまり怒らすとおいしい紅茶を入れてくれなくなりそう、ここは素直に謝るひとみだった。


「あうあー、ごめんなさいー」

「まったくもう、何をやってるのだ君らは。

 もう過去の事はいいだろう、先に進んでおくぞ」

 末人について、もってまわって何重にも解説をしたツァラトゥストラ。

 おかげで現代の女子高生にも、『アイドル・デビューする前の人』、と(斜め上の解釈ではあるが)理解できはじめた末人の概念である。

 だが、残念ながら百年前のツァラトゥストラ世界の民衆には少々難しかったようだ。

 結局、何一つ理解していない民衆の声に、ツァラトゥストラの声はかき消されてしまう。

「われわれにその末人を与えよ、おお、ツァラトゥストラ」──そうかれらは叫んだ──「われわれをその末人たらしめよ。そうすれば超人はおまえにゆだねよう」そして群衆の総ては歓呼し、舌を鳴らした。
「『末人を与えよ』って、末人さんって人をよこせ! ってかんじですね。あの子がほしい、あの子じゃわからん♪ ってかんじ」
「彼ら民衆は自分達が末人ではないということは自覚していたわけだな。それで、末人にはなりたいと思ったようだ。だから、自分達を末人にしてくれ、とツァラ殿に要求したのだな。そのかわり、超人とやらはツァラ殿にやるから好きにしろ。ということだ」

「どっちにしても物あつかいですわね。人にとっていい態度ではありませんわ」


 ツァラトゥストラは悲しんで、自分の心にむかって言った。

「かれらはわたしを理解しない。わたしはこれらの耳に説くべき口ではない。

 あまりに長くわたしは山中に住んだ。あまりに多く私は谷川と樹木の声に耳をかたむけた。いまわたしは山の山羊(やぎ)飼いに語り掛けるように、かれらに語りかけたのだ。」


「ようやく、と言うか。あらためて通じないということがツァラ殿にも理解できたわけだな」
「……ツァラさん、山羊飼いにこんな口調で語りかけていろいろ大丈夫だったのか心配です」
「どうかしら? 町の人よりは山羊と暮らしている牧童のほうが素直に話をきいてくれたのかもしれなくってよ?」
「そですねー、動物は人の心わかりますからねー」
「あら、ひとみさんは山羊飼ったことあるんですの?」
「山羊はいないですけど、ウチには猫が二匹いるんですよー。黒いのと白いの。めっちゃかわいいのです♪」
「あらすてき、いいですわね。なんてお名前?」
「私はネガポジって呼んでるんですけど、お母様はルナアルテミスって名前で呼んでるから……、次に家に帰ったらもう私が呼んでた名前忘れちゃってるかも……」
「あらあら」

「アイデンティティに悩みそうな猫たちだな……」


(それにしても、ひとみ君のオタク趣味はやはり親譲りであったか……)


「でっ! ですね!」
「うん?」
「その、うちの猫ちゃんズは、ちゃんと日本語理解するんですよー」
「ほほぅ」
「冷蔵庫の前にいって『ミルク欲しい?』って聞くと、ちゃんと『ニャー!』ってお返事しするし、カリカリと缶のゴハンどっちがいい? って聞いたら、缶のほう前足で選んでこっち『ニャー!』って言うんです!」
「それは日本語とはあんまり関係ないのではないか?」
「あ、そうかもしれないなーってちょっとは思って、ためしに『にゃにゃにゃにゃ?』っててきとーな猫語で話しかけたんです、それでもちゃんと『ニャー―!』って返事してくれるから、言葉というより心が通じてるんですよ!」
「う、うーん、まあ、そうだな。そうだといいな」
「そうなんですってば!」
「そうね、長く飼っているとお互い言葉以外でもコミュニケーションできるって言いますわね」

「信頼というやつだな。

 ツァラ殿と民衆の間にはこの信頼関係がなかったようだなあ」

(やっと本題にもどった……)

「わたしの心は不動であり、正午を前にした山岳のように明るい。しかしかれらはわたしが冷ややかであり、すさまじい諧謔(かいぎゃく)(ろう)する嘲笑者であると思っている。

 そしていまかれらはわたしに目を向けて、笑っている。そのうえ、笑いながら、わたしを憎んでいる。かれらの笑いのなかには氷がある」

「うわー、ぜんぜん信頼されてませんね」
「頑張って話しているのに『笑いの中に氷がある』だなんて、冷たい仕打ちですわね……」
「ここのツァラさんの言い回し、良いですね。SNSでよくケンカになるっていう弟に今度教えておきます。何か痛い事を言われたら『わたしの心は不動であり、正午を前にした山岳のように明るい。』といいなさいって」
「傷ついていないアピールですの?」
「ですです。かっこいい!」

「かっこいい、のか? 中二病を強化して、なんだか余計に溝を広げそうな気がするなあ」

 過去に戻ったり現代になったり、場面転換は忙しいのだが、お話としてはやたらと脱線し、まったりすぎてどうにも盛り上がりに欠けると思っている吾輩、四天王その壱なのである。


 だがしかし! 次回はとある恐ろしい出来事が起こる……。かもしれない……。

 うまいこと進んでくれれば……。たぶん……。と、これまた意味深な予告をして、今回はこのあたりでエンドマークを入れておくことにしよう。

〈つづく〉

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