『みじょかもんの祈り ー 心の貧しい人は幸い? ー』

02. 「愛煙家、タバコをやめる。」

エピソードの総文字数=1,396文字

愛煙家は。タバコを吸うきっかけを覚えているだろうか。

タバコを吸い始めて15年。
私は、先輩との付き合いで、大学に入学してから吸い始めた。

体に悪いことは分かっていた。
しかし、若気の至りというか。
最初は、「すぐに、そのうちにやめられるだろう」くらいの気持ちだった。
あまり、深く考えていなかった。

2000年前後、喫煙者に対して世間は、今より厳しくはなかった。
カフェで喫煙ルームは広いスペースを確保してくれていた。

ご飯を食べに行く時も、遊ぶ時も一緒にタバコを吸っていると盛り上がっている気になっていた。

いつの間にか生活の一部となってしまう。
朝起きる時の一服
ご飯を食べた後の一服
お風呂に入った後の一服。

1日の節あるごとに何かしら理由をつけて吸ってしまっていた。
日に日に、自分の友人かのような錯覚を起こしてしまう。
寂しい時には、一服、、というような具合だ。

15年吸っていると、至福の時間が、タバコにコーヒーの組み合わせだ。
分かる人には分かる最高の組み合わせだ。

反面、害悪なものとも分かっていた。
とにかく健康に悪いのを自覚できる。
走ったり、階段を上がるだけでも、ゼェーゼェーいう。
朝起きると、口の奥に違和感がある。

昔、ある神父さんに教えてもらった話を思い出す。

その神父様は、カナダ人で60を過ぎていた。

愛煙家40年のベテランさんだった。

タバコをやめる気は、さらさらなかったらしい。

しかし、教会の信者さんが亡くなり、病院でお別れを言いに行った時だ。
その信者さんは、50歳くらいのお父さんだったらしく、まだ小さな娘さんがいたらしい。
その娘さんが泣きながら、神父様に抱きついた。

お父さんは肺がんだったそうだ。

どういう経緯か忘れてしまったが、その病院のお医者さんからお父さんの肺を見せてもらうことができた。

そこで見たのは
何十年もタバコの灰、ヤニで真っ黒になった肺だったそうだ。

神父様は、吐いてしまった。
あまりにも、強烈すぎた。

そうして、その神父様もタバコを止めたのだと教えてくれた。

そんな話を聞いても、実感のなかった私は「いつか止めよう、いつでも止められる」と言いつつ、タバコの箱を掴む手を引っ込めることはできなかった。
15年間、やめる機会は何度もあった。
試みるも、何度も失敗し、泣いてタバコに再会する。

まるで「君を捨てようとして、ごめんね」と言わんばかりに、2、3日振りのタバコとの再会を喜んでいたのが、これまでの自分だった。

しかし、失業者になってしまった私は、タバコを吸っていることが悪のように感じてしまう。

失業したこの時、政権交代により民主党がタバコの増税を掲げた。

それを知った時、私は「天からのお告げだ」と思い込もうと決心した。
きっと、止めるために。
タバコと縁を切るために、神様が用意してくれたステージなんだと。

市販されている禁煙用の薬を噛む。

1日が長い。
3日目、辛い。
1週間経つと、市販の薬なんて役に立ってないんじゃないかと思う。
1ヶ月、、
3ヶ月、、、

市販の薬を噛むとかえってタバコを思い出し辛かった。

血の気は引くし、落ち着かない。

そうして、市販の薬も買うのも止めた。

それから、7年経っても、タバコを吸っている自分を夢見ることがある。

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