放蕩鬼ヂンガイオー

8『さあ捨てるのだ、あの町との関わりを全て』

エピソードの総文字数=2,712文字

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「秋葉原が強襲!? アメモリ、一体どういうことだし!」

 ヂンガイの怒声が亜空間にこだまする。

 スピノザまであと一歩というところで緊急通信が入ったのだ。

『こっちへの攻撃は囮だったみたいだね。……アキハバラで、かつて観測されたことがない巨大なヂゲン音紋を確認してる。あんたは一刻も早く帰投しな』
「で、でも! 急いで戻ればみんな助けられるかもしれないのだ!」
『こっちも最大規模の制圧作戦をしなきゃならんって、決死隊まで集めてんだ。年代ものの〈酔っ払い魚石〉まで大量投入する構えらしい。あんたもとっとと本隊と合流して、万全の体制で挑まないと死に損だよ』
「そんな……」

 歯を食いしばる。

 スピノザの精鋭たちが総力戦を挑むほどの相手。
 それに対して、自分はただの落ちこぼれの放蕩鬼。

 今回少しばかりの戦果を挙げたかもしれないが、それだって秋葉原という好条件なロケーションがあってこそのものだ。しかも現地人の助けまで散々借り倒した上での結果である。 

「で、でも! あたしだって時間稼ぎくらいは! 今だってサンタローが! おじいが! ヒメオギが! 危険な目に遭ってるかもしれないのだ!」

 通信機の向こうから、深いため息が聞こえてきた。

『良い経験をしたんだね。でも、命令違反になるよ。……いじわるで言ってるわけじゃないけど、これも仕事だからね。ちゃんと止めなきゃこっちが怒られちまう』
「だからって、待たせたらそれだけ被害が増えちゃうもん!」
『頭を冷やしな。いまアキハバラに戻っても何にもならない。むしろあんたが狩られるぶん、それこそ被害は拡大するよ』
「う、うぅ……」
『反対に、ちゃんとスピノザに戻れば英雄として正規の作戦に参加だ。ずっと愚痴ってたじゃないか、あんたを馬鹿にした連中を見返してやるんだろ』
「それは、その……」

 冷静にならなければ。
 それが結果的に秋葉原の皆のためになるのなら。

 ヂンガイは背負ったバッグを一度おろしてから腹に抱えなおした。
 布製の土産があったせいか、力を加えると適度な柔らかさが返ってきた。


 みんなのためになることをしよう。

 みんなとはもう会えないかもしれないけど、自分はこの思い出があれば耐えられる。


「……うん」
『それでいい。じゃあもう一つ。……言いにくいんだけど、そのままじゃスピノザに戻れないから、ちょっとしてもらうことがあって、ええと』
「え、どういうこと? 話は終わりじゃないのだ?」
『良い子だから落ち着いて聞くんだよ。その、風紀というか、情報規制というか』

 急に歯切れが悪くなった。

 いいにくいことは散々話しつくしただろうに、まだ何かあるのだろうか。

 ……つまらない。

「なんなのだ。はっきり言うのだ」

 自分でも知らぬ間に語気が荒くなった。

 たまった不満をぶつける形になったが、機嫌を損ねただろうか。
 しばらく待っても返事が聞こえないのでヂンガイが不審に思っていると、ふと視界が暗くなった。

 意味がわからない。
 周囲を闇が覆っている。

『――私が教えてやろう、放蕩鬼よ』
「え」

 アメモリの声ではない。
 しゃがれた男声、聞き覚えのあるこの声は。

「し、シシドクロ!? どうして!?」

 気付けば、スピノザとの通信が途切れている。
 本部とは全くつながらない。完全に外界と隔離されてしまったらしい。

 歯噛みする。
 スピノザへの攻撃というのは、こいつの仕業だったのか。

 眼前の闇に、アイススカルが浮かび上がった。

『そう警戒するな、私は祝福しに来ただけだよ、英雄となる放蕩鬼殿のね』
「……そ、そうなの? え、ヂゲン獣にまでそんな、悪いのだあ」
『なに、遠慮することはないぞ。それより話が途中だったな。上司殿は話しにくいようだったから我が教えてやろう。貴様が何を言いつけられるかというと……このこれ、こいつがイカンのだ、こいつが』

 スカルは浮遊し、ヂンガイの鼻先に飛んだ。

 警戒したが、攻撃してくる様子はない。
 見ると……ヂンガイが抱きかかえたバッグの上にあごを乗せている。

 スカルに眼球は存在しないが、目が合った。

『考えればわかるだろう。別ヂゲンの記録媒体をスピノザAQに持ち帰ることは許可されない。英雄殿がルール違反をするなんてとんでもないことだ』
「……なっ!? え、でも、そんなことッ!」
『まったくの出鱈目だと思うのなら、どうして動揺している』
「くっ……」

 答えに窮する。

 ヂンガイに結論を出す裁量は与えられていないが、この場合、判定がグレーな事案であることくらいは理解できた。

「でもこれは……捨てられないのだ」
『ほう? なかなか残酷な選択をするじゃないか。少し見直したぞ放蕩鬼』
「どうしてなのだ! これには皆との大切な思い出がいっぱい詰まってる! そう簡単にあきらめられるものじゃないのだ!」
『だから、その『大切な皆の想い』を反故にする、そういう選択をすると言っているのだろう? アキハバラの連中は貴様のためを思って、貴様がヒーローになるのだと思って、喜んで未来へ送り出してくれた。そんな連中の元に、命令違反の落ちこぼれとしてノコノコ帰りたいというのだろう? 裏切り以外の何物でもない』
「違う! 違うもんッ! べつに、アキバに戻るって決めたわけじゃ!」
『そうなのか。面倒なものよなあ、拡散防止理念。しかし難しく思い悩むことはない。その土産と、これからの勝ち組人生とを天秤にかけてみろ。考えればすぐにわかる、嗜好品をほんの少しあきらめるだけなのだ。それくらい、今までの苦節から考えればとんでもなく割の良い取引だろう。むしろ逆に考えてみようか。下手に未練があると、今後の人生大変だぞ』

 スカルは力任せにバッグを引き離そうとしたりはしない。

 ただ静かに、不気味な猫なで声を出して話しかけてくるだけだ。

『いま無理にアキハバラに戻って何になるのだ。ひとには向き不向きがある、貴様より手練れの連中はいくらでもいるだろう。そいつらに全部任せればいい。せっかくの栄光を無駄にすることはない。……そうだ、忘れるんだ。アキハバラのことなど、一切合財』

 声はあくまで優しく囁き続ける。

『さあ捨てるのだ、あの町との関わりを全て』

 ただゆっくりと、深く闇へと引きずり込んでゆく。

 ヂンガイはバッグを抱えた手に力を入れた。指が震えている。

 これを。このバッグを――あたしが?

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