とこしえの剣

幼き弟に跪く

エピソードの総文字数=1,882文字

 借りていた資料を返却し、髪や衣服についた灰を落とし終えた後に向かう羽目になったのは由緒正しき王サマのいらっしゃる謁見の間だった。突っ立てるだけが大概の仕事の兵士に囲まれ、彼の母バト・シェバを隣に王――ソロモンはパピルスを読み耽っていた。
(……ちゃんと来たんだからちょっとくらいオレの存在に気づけよ、一応兄なんだから)
あー、あのー、お取り込み中ならまた改めるよ
取り込んでいません。ただの名前暗記作業なので
勉強中でも出直すよ〜。オレはそこまで寛容のない兄じゃないから
アドニヤ兄上、どうかここは我慢して逃げないでください
(そこで逃げるって言葉が出て来るあたりがお前の人間性だよ)
 ほんの少しもオレに目を合わせない。どうやらあいつの中では、目の前で待機している人間よりも紙ペラの方が上らしい。ソロモンはパピルスを巻き進めながら要件を伝え始めた。
聞くにアドニヤ兄上は、ボク達兄弟の中で一番祭司としての素質があると。アビアタルも特にあなたを念入りに指導したと仰っていました
 特に自分でそんな事を強く意識したことは無いが……まぁ、そういうことにはなるだろう。日々読書ばかりしていたおまけで知識がつきやすかっただけだと思うが。
それがどうかしたのさ
いえ、このまま王宮で腐らせるのもどうかと思いまして。そろそろアドニヤ兄上も名誉挽回したい頃でしょう。どうかお喜び下さい、久しぶりの仕事ですよ
(言い方がなんかうぜぇ)
 ソロモンの合図で待機していた侍女がオレに紙束を差し出してくる。エフライム一帯からエルサレムまでの地図だ。
五日前にエフライムの森で火事が発生しました。立ち昇る煙はマハナイムから見える程です。当時落雷は無し、星のよく見える夜の事です
はぁ、それなら派手な火遊びだったんじゃないの
後日偵察に向かったところ、その火事が起こったと思われる一帯には焦げ跡しか残っていませんでした。野草も、木々も、大量に転がっていた石すらも炭火と化して深く土が抉れていました
……石?
ええ、それはもう大きく積み上げられていた筈の石です。だけども、全部抉れていたように灼け尽きていた――
 ……おいおいおい、エフライムの森に大きく積まれた石――あそこに造られた“塚”なんて心当たりは一個しかない。嘗てあの地で殺された人間、惨たらしく成り果て持ち帰られもしなかった死体――
……今アドニヤ兄上が想像している通りの場所です。最も何かと焼け尽きていた訳ですらから、死体も一緒に朽ちたか、消えてしまったのか――そういった事はわかっていません
それでオレはエフライムに行けってことか? 火災調査ならもっと適任がいるだろうぜ
完璧な調査ならエフライム行きでしょうが、その必要もないかもしれません。これと同様の火事はここ数日で更に三件起きています。三日前にはシケムで、二日前にはバアル・ハツォル、そしてつい昨日――エルサレムでも
エルサレム向かって登って来たわけか。……よりにもよって、そのルートで

 悪夢みたいな話じゃないか。エフライムの森で敗走し死んだ男の全く逆行の道順。まるで戻ってきたとでも言いたいようだ。それも、王権がソロモンに移り、父上が死んで間もない、このタイミングで。成程それはソロモンも気にするに値する事情だ。

そういう事で、アドニヤ兄上。早急な解決をお願いします。貴方が魔除の呪術に熱中していたのはご存知ですよ。全くもって――ダビデの息子として、一人の祭司として、醜態を晒した事この上ありません。本来なら殺処分したい所ですが、今回の事件には役立ちそうなので目を瞑りましょう。是非とも汚名返上して下さいね
ちょっと!? 最初聞いた時よりもボロクソな依頼理由なんですけど!?

 本当に。こんな奴に飼われているも同然な生活なんだから屈辱以上の何でもない。ちょっとした救いとしては、激しい憎悪の対象というわけでもなく、むかっ腹が立ってうざい止まりな事。……というより、何を思ったって、もう、諦めるしか、ないわけだし。

火事の発生地点は渡した地図にある通りです。アドニヤ兄上にどう動いてほしいか、ボクから積極的に指定はしませんが、何かと外に出る事は多いでしょう。護衛としてヨアブを付けます。他に彼の部隊を合わせ――
……ヨアブじゃなきゃ駄目?
もし《あの人物》が関わっているのなら、適任だと思いますが
……そう。ならヨアブだけでいい。あいつ一人で十分オレを護れると思うし

 護衛無しでいいと言えるほど戦いに自信は無かった。それにしてもヨアブか。適任、まさにその通りだとも。……ああ、だけど、最悪だ。

 もう彼と会う気なんてなかったのに。

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