ペイガニズムの倫理と資本主義の精神 ――浪人ですが東インド会社に就職しました――

4-5. それはもはやセックスなのでは

エピソードの総文字数=4,854文字

「歴戦の猛者が、僅かな油断で死ぬ! 最高だねえ、銃は良いなェ、弾正忠(だんじょうちゅう)殿(どの)おハマり(・・・・)するのも頷けるってもんだあ!」

 抜刀突撃する敵兵の後方、ピンネースの船尾甲板でフザが腹を抱えて笑っている。

「――その見識には同意するよ」

 そんなフザに、ひたりと狙いをつける射手が一人。メリメント号の艦首で片膝を立て、冷徹に長銃(マスケット)を構える者――ド派手な衣装に身を包んだその姿、リズだ。

 ばしゅん、と気の抜けるような音。白煙。

「良い時代だね。魔女が銃を扱う時代さ」

 リズは予断なく〝靴屋の妖精(ルコルパン)〟を起動しながら、鋭い視線を向けていた。

「――ぐっ、」

 フザの上体がゆらりと傾ぐ――頭部に出血。リズの放った弾丸は、確かにフザに命中していた。

「ぐぁ……ぐ、ぐぇはハハハハハ! 件の見えない(・・・・)嬢ちゃんだな!? よくぞこの俺に当てた!」

 フザは、生きていた。金属製の眼帯が砕け、右の眼窩からぼたぼたと血を垂らしているが、左目は相変わらずぎらぎらと厭な輝きを見せている。

「ちぇ。そこは死んどいてよホント。怖いよ……ま、こっちも二段構えさ」
 リズが呟き、さっと左手を掲げ、合図を出す。
「やっちゃえ、フラン」

「……承知ですわ! 今でしてよ、発射(Feu)発射(Feu)発射(Feu)!」
 フランの指揮で、メリメント号の艦首旋回(ファルコネット)砲が葡萄弾(グレイプショット)を吐き出す。照準は当然、ピンネースの船尾甲板――布袋に包まれた細かい散弾がはじけて、雨のように降り注ぐ。
「ぐちゃぐちゃに潰れちゃえ」
 リズがぼそりと独りごちる。葡萄弾(グレイプショット)は、近接射撃用の対人砲弾だ。その散弾は()で制圧し、運の悪い獲物を挽肉(ミンチ)に変える。

「ひょおー! おっかねえおっかねえ。最近の女子供は元気が良いなあ、実に()()があらァ!」
 葡萄弾(グレイプショット)が着弾、弾けた木片が凶器となって人体を襲う――も、フザは手近な兵を捕まえて、盾にした。哀れなオランダ兵の身体に無数の破片が突き刺さり、あっという間に顔も分からない死体が出来上がる。
「ほらほらぁ、お前らも撃ち返すんだよお! 撃たれたくなきゃあ撃つ、撃った後は撃たれない、常識だろォ!?」
 フザが怒鳴ると、船尾甲板に残った銃兵が慌てて顔を出した。長銃(マスケット)でメリメント号に撃ち返してくる。

「ああもう! 何なんですのあのスペイン訛り、むちゃくちゃですわ! 魔法でも使っているんですの!?」
「魔術の形跡は無いね。たまに居るんだよ、ああいうの(・・・・・)人間(ヒト)の身で()めちゃってるやつ……」
 フランとリズは二人揃って慌てて物陰に隠れ、射線から逃れた。 

「おういお嬢ちゃん方ァ! 今日は戦場(いくさば)だ、せっかくなんでこの間の続きと行こうぜえ! どんどん撃ってきな、おじさんもどんどん撃ってどんどん殺して、どんどん犯してやるからなァ! 待ってろよお」
 フザが物陰からひらひらと手を振っている。どこまでも人を食ったような男だ。

「あっ、しまった」
 長銃を構えかけたリズが、しかし途中ですぐに頭を引っ込めた。
「なんですの!? この土壇場でムラムラ来たとか、ナシですわよ!?」
「フランと一緒にしないでよ……ボクの性欲はそこまで見境なしじゃないよ。実は」
 ばつが悪そうに、リズはもじもじと銃身を撫でる。

「イオリノスケくんを援護する分の弾が、無くなっちゃった」
 
 フランとリズは揃って顔を見合わせた。


     * * *


突撃(Annval)突撃(Annval)!」

 敵兵の群れが斬り込んでくる――下手に逃げ出せば、銃兵隊の餌食になる。かといってこのままでは囲まれる。
「これは、まずい……かな?」
 フザとリズ達が撃ち合っている最中、伊織介は敵船のど真ん中で孤立していた。味方の海兵隊は、最初の斉射で行き足を挫かれてしまっている。同じ甲板上とはいえ、敵の射線は伊織介を完全に分断していた。

『何度も言わせるな、イオリ。お前は一人じゃない』
 落ち着いた美しい声が、伊織介の口内から響く――〝魔女の舌〟だ。敵陣においては、この声だけが頼りだった。
「そこまで言うなら、ルウもこっちに来てはどうです?」
『ばか言え。わたしには艦の指揮がある。それにわたしは魔女だからな。剣も銃もクソほど使えん』
「リズさんは剣も銃も扱えますが」
『直接戦える魔女の方がおかしいんだよ。後方から陰謀を巡らし、下僕を戦わせるわたしの方が正統派だ』
「フランさんは……」
『あいつは占いと尻の穴が使えるだけだ』
 しょうもない話を繰り広げながらも、ル=ウは意識(リソース)伊織介(こちら)に回してくれている――情報が次々に視覚に幻覚投影(ダンプ)される。敵兵の数。視線の向き。そして銃兵の射線。

(あれほど恐ろしかった銃が、怖くない)
 いつ、どこから撃たれるか分からない銃は、それだけで脚をすくませる。銃とはもそもそういう(・・・・)兵器だ。弾丸の物理的な威力よりも、敵の士気を崩し組織的な戦闘力を奪う効果こそが火薬銃の本質。スペイン式方陣(テルシオ)に、オランダのマウリッツ、そして織田信長――洋の東西を問わず、勝者は常にこの本質を捉えている。
(これなら……!)
 伊織介は、抜身の小太刀をぎゅっと握った。

『今だ、行け! イオリ!』
「皆までっ!」
 伊織介は姿勢を低くして、突っ込んでくる敵兵の群れに飛び込んだ。ル=ウが視界に射線を表示(ガイド)してくれるので、その線を避けるだけ――かつてオランダの奴隷だった時、伊織介の死因は銃弾だった。しかし今は、装填に数十秒もかかる火縄銃(マスケット)が何丁あろうと、当たる気がしない。今なら後ろからの射撃だって問題にならない。

「せいっ……!」
 一人目を斬ったとき、敵兵の群れは仰天していた。
 ――出て来るはず(・・)がない。
 ――出て来られるはず(・・)がない。
 ――銃撃によって制圧しているのは、こちらのはず(・・)
 その思い込みは、魔術によって容易に打ち破られる。
『舞え、イオリ』
 舞台は狭い船上、おまけにオランダ兵は密集(・・)している――即ち、そこは、閉所。

 伊織介の間合いだった。

 鮮血が乱れ飛ぶ。オランダ兵が目を白黒させているうちに、2人、3人、4人と次々に斬り伏せられていく――。
「はぁっ」
 一呼吸入れた瞬間には、既に半数のオランダ兵が血を流していた。
 〝居合〟。抜刀術に頼らない(・・・・)、閉所専門の戦闘技術。索具やマストの立ち並ぶ狭い甲板上は、伊織介にとっては狩場に過ぎない。ろくな剣術の訓練も受けていない銃兵相手ならば尚更だ。

『前進だ』
「承知っ!」
 白刃を煌めかせながら駆ける。銃兵の射線が()える。(くぐ)る。躱す。飛び越える。行き足がつけば、そこから先の理屈は一撃離脱だ。先に斬る。先に斬れば、斬られない。

 伊織介の通った後には、血溜まりの道が出来ていた。オランダ兵は浮足立ち、混乱を始める。射線は乱れ、舶刀(カトラス)持ちは足が止まる。
「オオオオオオオーーッ」
 そこに声を上げて突っ込んだのは、メリメント号の海兵隊だった。
 さすがはリチャードソン選りすぐりの切り込み隊だ。伊織介の奮戦を見て持ち直すどころか、数で勝るオランダ兵を押し始めている。

『後続は海兵隊に任せる。高給分の仕事はさせるさ。(うしろ)はリズが守っている』
 ル=ウの声を聞きながら伊織介はひたすら甲板上を最奥に向かって走る。射線を躱し、銃兵を斬り倒し、船尾甲板へ。
『だからイオリは――(くび)を獲って来い!』

「――日本人が怖いだあ? 寝言だよお、なにせ俺が日本人だ(・・・・・・)ァ」
 船尾甲板に立つフザは、逃げようとしたピンネースの船長を一刀の下に斬り捨てた。
「ったく……これからが大一番だってえのに、無粋なやつぁ嫌ェだよお」
 フザが蹴飛ばすと、白旗を持ったオランダ人船長の首がごろりと海に落ちる。身体も後を追うように海面に落下していった。

「……あんたは、味方を……ッ!」
「よぉぉぉぉぉく来たなァ、ミスター・イオリノスケ」
 血振りもせず、二尺六寸(80cm弱)の打刀をだらりと構えて。

稽古(おままごと)じゃなァい、大人(ガチ)の熱い逢瀬を楽しもうぜい」

 右目から血を流した大男、フザ=アルフォンソと――伊織介は、ついに相対した。


     * * *


「何人斬ったよォ、イオリノスケぇ。なァ、何人斬ったよォ。教えてくれよお」

 にやにやと伊織介を見つめるフザ。上半身を曝け出した着流し姿に、右手には無骨な打刀。さらには二本(・・)の代わりか、腰帯には鋭剣(レイピア)を差している。右目の眼帯は今や無く、血塗れの眼窩からは痛々しく血が流れているが、本人は気にする風もない。

「俺ァ、まだ斬ってないんだよお。仕事だからさあ。ビビった奴ばっか斬ってんのよぉ。哀しいだろお? 仕事だからさあ」
 緩やかに歩み寄るフザの視線に殺気は無い。
「何人斬ったよォ、イオリノスケぇ。今日は何人斬ったんだよォ」
 ゆらゆらと身体を揺する様は、酔っ払いそのもの――しかし、隠しようのない〝危うさ〟を、この男は全身から発していた。

「……十三。十三人、斬った」
 片手で小太刀を構えながら、伊織介は冷静に足元を踏み確かめる。――甲板上は、斬られた船長の血で濡れていた。フザ側の位置には踏み込みにくい。

「あはァッ」
 フザが右目をかっ開いた(・・・・・)
「数えてるじゃあん。数えてるんじゃねえかあ。やっぱりなあ、そうだと思ったんだよお」
『……どういうことだ』
 問うたのは、伊織介ではなくル=ウの声だ。
「どうもこうも無ェよう。いやあ、イオリノスケくんよお、やっぱり斬り様(・・・)が堂に入ッてるとは思ったんだよお。やっぱりだよお」
 フザはル=ウの声を気にする素振りも無い。打刀を右肩に担ぎながら、首をぐるぐると回している。
「俺ァ昔っから、数えてるからよう。酒飲んだら忘れちまうけど、その日斬った数くらいは数えるもんだと思ってたんだがよう――大方は違うんだってなァ。数えられるヤツと、数えられ無ェヤツがいるんだとよお」
『何が言いたい』
 ル=ウの声が苛立っている。
「いやいや、大したことじゃ無ェんだがよう。つまりだ、イオリノスケ……お前は俺とおんなじ()なんだよお」
「同じ……?」

「おんなじさあ、お前は。俺とおんなじ――〝人斬り〟ってヤツだよお」

 本当に、大したことでもなさそうに。酒のツマミの世間話、それくらいの気軽さで、フザは言う。

「僕が……人斬り……?」
 伊織介が顔をしかめる。
「仕事だからよお。こういうのイケ無ェとは思うんだがなァ。俺ァさあ」
 少し言いにくそうに言葉を区切って、フザが一度俯いた。
「今時さあ。あんまり居ねェんだよォ〝人斬り〟。だから俺ァ、お前が鬼を斬ったって聞いてさあ……キュン、っていうのかなあ、きちまってさあ」
 ばりばりと頭を搔くフザ。その仕草は妙に無警戒で――刀を手にしていなければ、思わず惹かれてしまいそうな。

「イオリノスケ。〝人斬り〟同士で斬り合い(セックス)したら、ぜってェ何か産まれると思うんだよお」

 フザが顔を上げると――笑顔。純粋な、子供のような。

 蟻の巣に水を注ぐ時の、飛蝗(バッタ)の足をもぐ時の、蚯蚓(ミミズ)を引き千切る時の、純粋(ピュア)で無垢で無邪気で危うい笑顔が、そこにあった。

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