勇者の武器屋

第三二話 苦戦の新ブランド

エピソードの総文字数=3,428文字

魔法剣スリーパー――さっそく店頭に並べてみれば、間違いなく衆目の興味を集めてるんだけど、販売状況は今一歩ね。

店頭で手に取ってくれる人の数は、今まで販売してきた武具のなかでは一番なんですよね。普段は剣を持たない人でも簡単に扱える軽さにまずは驚いて、剣をしっかり握りしめると、封じ込めてある魔力の高さも感じ取ってもらえます。だから皆さん、欲しがるんですよ。でも、悩んだ末に『また今度』ってなってしまいます……。

やっぱり9万8000Gの商品ともなりゃ、そうそう簡単には売れないもんだなぁ……。それでも欲しがってるヤツは多いから、製品の方向性が間違っていたわけじゃないと思うが……。

魔法剣のなかではかなり安くしてるはずなんだよな。それに素材も、封じ込めている魔力も当たり外れがなくて、製品としてバラつきがない。そのあたりは商品説明文でもしっかり謳っているし、安心してお金を出してもらえるはずなんだがなぁ。

私は15万Gでも売れると軽く考えてしまってました……。難しいものですね……。

アタシも、もう少し楽観的に考えてたよ。いざ販売してみると、この価格帯の壁の高さを感じるなぁ。

どうするの? せっかく満を持して、初めて『ドリームアームズ』に投入した新製品なのに、このままじゃ埋もれるだけよ。

アタシだって次の魔法剣開発の計画を練っていたのに、やる気が削がれちまうよ。

王国政府は買ってくれないでしょうか?

無理だろうな。こういうトリッキーな武器を兵士には持たせない。それに、兵士に持たせるには高価にすぎる。

でも、いざというときに兵士さんの命を守ってくれるものになるかもしれませんよ。少なくともモンスター討伐隊とかで遠方に出かける兵士さんは、持っていて損はないと思うんです。

相変わらずおバカね。そんな風にまともに考えてどうするの?

要するに、兵士っていうのは換えが効く存在なわけ。経営的な視点で見れば、兵士なんてタダの捨て駒、労力なのよ。

捨て駒さん、ですか……。

まぁ、魔王討伐に派遣されたアタシらだって、兵士と似たようなもんだったろ? 可能な限り国力を削がずに、アタシらを送り込んで、ゲリラ戦まがいの奇襲を仕掛けて一気に魔王軍を突き崩したわけだ。

そのアタシらに対する財政支援だって、1000人の訓練された兵士や魔導師の軍団を組織して魔界に送り込むよりも遥かに軽く済んだはずだぞ。仮にアタシらが途上で死んだって、魔王軍に打撃を与えられれば役目は果たせたわけだな。

それが真実だったんだろうなって今ではわかるようになりましたけど……なんだか、何のために懸命に戦ってきたのかを考えると、足下が崩れてしまうような気持ちになりますね……。

王国兵だけでも2000人いるのよ。そんな駒に、わざわざ魔法剣を配るものですか。せいぜい庶民より優れた装備、かつ駒としての能力を最大限に引き出しつつ、全体的な指揮統制が取りやすくて、コストが安く済むところ……やっぱ、それなりの品質保証された鋼鉄製ロングソードあたりが落としどころよね。モンスターや野党討伐なら、それで十分すぎるでしょうし。

そういえば戦士さんは、魔王討伐後は兵士さんになりたいって仰ってましたよね? 捨て駒でもいいんですか?

いいよ、俺はそれで。捨て駒だろうと国家公務員だからな。

安定して高めの給料が保証されるし、将来の年金だって庶民よりマシだ。夢や理想に目をつぶれば、俺程度の男には悪くない選択肢なんだよ。俺の実力で職業冒険者にでもなったら、いつか命を落とす可能性だってあるしなぁ。

戦士さんは、冒険者としての実力は備わってると思いますよ。たくさんの実戦に参加してきたので、誰よりも戦闘経験を積んできてます。うちのパーティーの僧侶さんや魔法使いさんみたいな人類有数の実力者と比較しちゃダメだと思うんですよ。

だけどさ、戦士が倒したモンスターって実はゼロじゃないか?

奇襲を受けたときに壁になって立ちはだかったときとかはあったけど、自分からトドメを刺した場面をアタシは見たことないんだよなぁ。

その通りだ……。どうしても俺は剣を振り上げると、相手の人生とかに思いを馳せちまうんだよな……。それがモンスターであって、俺が襲われる側だったとしても、今までの人生に色々なものがあっただろうなと考えちまうと……。

本当に戦士さんは心優しいですよね。私も見倣わなくちゃならないことが多いです。

ていうか、今まで無数の実戦に参加してきたっていうのに、ただの一体すら倒してないってのも逆にすごいわよね。

それに、俺はそもそもバイトの数合わせだからな。並の職業戦士や職業騎士と戦うことがあれば、確実に負ける自信が俺にはある。そのくらい弱いと思うんだよ。

その弱さで魔王を倒す寸前までいったっていうのも、さらに輪を掛けてすごい。

ただの奇跡さ。

とにかく、俺には職業冒険者なんて無理だってことだ。しかも冒険者っていうと聞こえはいいが、要するにホームレスみたいなものだからな。毎日のように野っ原で寝て、ダンジョンで悪戦苦闘して、それだけの果実が得られるかどうかはわからない。生涯の平均値でみれば、王国兵のほうが遥かに収入を得ることになるだろうよ。

ま、夢や希望だけじゃ生きられないのが人生ってこった。

生きるって、とっても大変ですよね。

最近になって、初めてしみじみ感じられるようになりました。

それを考えなくても生きてこられた勇者は、ある意味幸せだったかもしれねーな。

おバカのほうが幸せってことかもね。

うう、おバカなのは心から認めます……。でも、自分が幸せだったとはまるで気づきませんでした……。

しんみりしちまったが、議題を戻そう。問題は、魔法剣スリーパーだよ。現実的に売れてない。これをどう改善していくべきかだ。

もっと安くするか?

正直、限界は9万G前後だ。つまりもう、最初からいいところまで価格を下げて投入している。仮に9万8000Gを、8万9500Gとかに価格改定したところで、それほど好影響があるだろうか?

魔法剣が9万Gを切ってくるとなれば、他では見かけない価格だし、さらに庶民の興味を惹くでしょうね。でも結局、そもそも手を出せる価格じゃないと。

製造原価は6~7万Gなんですよね? だったら、7万G代での販売というのは難しいでしょうか?

掛かるコストは製造原価だけじゃない。広告費、販売人件費、輸送費、管理費、何かあった場合の補填……色んなコストが乗っかっているものだ。魔法剣スリーパーなら、ざっと1本につき2万Gくらいの粗利を見込んでおいて、ようやくトントンじゃないか。だから9万G前後が価格改定の限界だと言ったんだよ。

なるほどです。それ以下になると、販売するほど赤字になっていくということですね。

それと、アタシら自身が管理してるから見えないコストだけど、泥棒対策なんかも普通は必要なんだろうな。『ドリームアームズ』って、今では結構びっくりするような商品が並んでたりするしさぁ。戦闘に慣れた守衛を常時張り付かせておかないと危険だよ。

一番高いのだと、ヘルタイト鉱石を表面に張り巡らすことで魔法防御力を高めたイージスシールドかしら。あえて値札付けてない商品だけど、市場価格は25万Gくらいなんじゃない? いったい誰が買うのって話。

高額商品は宣伝用だ。ディスプレイとして並べておくだけでも、店の格が上がってくれる。

尤も、高級品を追求していけばキリがない。アーティファクト級になってくると普通に数百万G、数千万G、果ては1億Gってものまであるからな。王だって軽々しく買えねーよ。

魔王さんレベルの資産家じゃないと手が出せませんね。

でも買えるヤツが確かにいるってことだ。そういう連中は、実戦で使用する武具として買うわけじゃなくて、資産価値を求めて投資するって感覚だろう。

投資というより、投機だな。百万Gを越えてくる武具は価格の上下が激しすぎて、もう正常な感覚では金は出せんよ。

はぁ……。こういう話をしてると、たかだか9万8000Gの魔法剣を欲しいのに買えない庶民どもが憎たらしく思えてきたわ。今度剣の前で悩んでいる客を見たら、思わずセラフィックヘブンを打ち込んでしまいかねないかも……。

粉々に砕け散るだろ……。犯罪者になるのだけはヤメてくれよ……。

たかだか9万8000Gっていうが、多くの庶民にとっちゃ、ほぼ年収分に匹敵するような金額だ。

庶民と資産家の違いを考えると、なんだか目の前が暗くなるな。

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