もしも敬虔な女子高生が〈神は死んだ〉のニーチェ作『ツァラトゥストラ』を読んだなら

『私のツァラさん』

エピソードの総文字数=2,075文字

『私のツァラさん』


1年C組 菅原ひとみ

私のツァラさんは偉そうなんだけれど、そこまで偉くなくて、ちょうど良い感じがします。なぜって、お日様のことを『君』と呼んでいるからです。

他の本ではお日様のこと『おまえ』って言ったり、『なんじ』って言ったりしていて、少し、ですが、偉そうの度がすぎるかなあという気がするのです。

だって、お日様って全ての生きとし生けるものの母なんです。私は地球の命は全て太陽からの恵みによって生かされていると聞いたことがあります。

全ての母というとマリア様を想像しますけど、そのマリア様にも太陽はきっとその光を投げかけてくださっていたはずです。そんなにエライ太陽様に向かって『おまえ』や『なんじ』ってすごく頭が高いというか偉そうすぎるかなあと思うのです。

そんなことを2年の小早川先輩に言ってみたら、


『そういえば太陽神(ミトラ)はゾロアスター教でも豊作神、軍神、審判神として崇拝されていたのだよな、ちなみにゾロアスターのドイツ語読みは……』


なんてウンチクが始まってしまいました。とにかく、お日様は『君』ぐらいが(それでも偉そうだけど)ちょうど良いと思うのです。

『わたくしのツァラちゃん』


2年A組 早乙女れいか

わたくしが選んだのは丘沢静也さんの翻訳版です。実を申しますと1年の菅原さんが指摘されていた通り、表紙の可愛らしさに惹かれたのがまず最初だったのです。

この両目から流れる涙が身体の輪郭を作っているようなイラストがとても印象的です。

なのですけれど、それだけではなく、読んでみて、とても読みやすいことで、改めて気に入ってしまったのです。まるでファンタジー小説のような気持ちで、この本はやさしくスムーズに読み進めることができます。不思議な世界観やツァラちゃんの言い回しなども含めて、まるで異世界の神話のよう。そんなことを小早川さんに伝えましたら、


『僕らが真実として学校で学んでいる聖書の物語も、他の宗教の人たちから見ると異世界の神話に見えるのではないかな。そして、この、僕らが今読もうとしている本を書いた男は何を思ってこんなファンタジー仕立てにしたんだろう? そんな謎も追って見ると面白そうだな』


なんて、栞理の、謎を見つけると解明しなくては気が済まないあの悪い癖が出てしまったようで、親友としては少し心配な今日この頃なのです。

『僕のツァラ・・・(呼称未定…呼び捨てでもいいのだろうか?)』

「2年A組 小早川栞理・・・。

いや、あの、なんだ。

別に作文してほしいわけではないのだよ? 400字詰め原稿用紙を持ち出して何をするのかと思えば」

「えー、せんぱーい、ノリ悪いですよぅー?」

「えー、せっかく書いたのにー」

「ですよねー。作文は文科系の花じゃないですかあ〜♪

 先輩の素敵な文章見て見たいです〜」


「や、やめてくれ給え。ぼ、僕は作文は苦手なのだ」
「ええっ!? そうだったんですか!? 意外っ!」
(字が猛烈に汚いのよね……。うふふ、ひとみちゃんに見せたくないんだ)
「と、とにかくこの方向は追求しないでいただこう」
「もう、格好つけたがりなんだから……」
「ふん……」
憮然とする栞理先輩であった。
「ちぇー。ちょっと残念ですー」


(でも栞理先輩の可愛いらしいところ見つけちゃった!)

「二人とも、一応は意識して『ツァラトゥストラ』とはっきり書かないでいるようだが……、こんな文章、万が一にでも他人に見られでもしたらまずいだろう」
「やっぱ、ツァラさんじゃわかっちゃいます?」
「ツァラちゃんなら大丈夫かなって思いましたけれど?」
「伏せ字にすらなってないじゃないか。特にれいかのは訳者まで書かれているだろう……。この学校にこれだけ訳書が揃っていることを考えると、やはり、過去に誰かが研究していたように考えられる。最新のものはわずか数年前だ。もしかすると、まだ在校している誰かが、これらの本を読んでいたかもしれないんだ」
「そっかー。その頃の選書委員の先生が誰だったか、私、調べて見ましょうか?」
「あ、図書委員!」
そう言ってれいかがひとみを指差す。そう、彼女は図書委員なのだ。最近は完全に委員則を破ってしまっているのだが……。
「今の段階で図書委員はとても貴重だ。まだひとみ君は危険を犯さない方がいいだろう。とりあえず、禁退出本として、こうやって地下室で読み、また閉架に返すことを心がけておいて、誰かに貸し出されるようなことがあればこっそりチェックしておいてもらえるとありがたい。もちろん、可能ならば、だがね」
「できると思います。貸出記録って本当は見ちゃいけないんですどねー」
「それを言ったら、この本もそう、本当は見ちゃいけないのよね」
「そういえばそうでした(テヘッ)」
「おいおい、くれぐれも慎重に頼むぞ」
「はあい♪」
(ひとみ君もれいかもすっかり馴染んでしまって、場の空気が緩くなってしまっている……このまま秘密が守れるのか心配になってくるな……)
紅茶にお茶菓子が積まれた読書会のテーブルを眺め、(昨日は冷たい空気が流れたのに……)と一人ため息をつく栞理だった。


〈つづく〉

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