オーバー・ザ・フェンス~十字架と罪過は誰が為

第二十六章 イザヤ書四十三章一節

エピソードの総文字数=2,425文字

『ヤコブよ、あなたを創造された主は イスラエルよ、あなたを造られた主は今こうしていられる。怖れるな、私はあなたを贖う。あなたはわたしのもの。わたしはあなたの名を呼ぶ。』イザヤ書四十三章一節


「姉さんのこと……ですか?」夢奈は俺の言葉をもう一度よく聞こうと口を開き、俺はゆっくりと頷いた。
「ああ、姉さんが居なくなった時の事をもう一度話してほしい。君の母親の話だと気づいたのはミサが終わった……」
「ええっと、そう、母の話だと昼のミサが終わっていなくて……私が居ないと聞いたのは夕方の頃です。教会の、確かそう、招命ミサに出た後に」
「ちょっと待て、招命ミサだって?」聞きなれない言葉に戸惑うと夢奈は首元を撫でて恥ずかしげに笑った。
「ええっと、なんというかな……司祭になることを考えている人たち向けの集まりっていえばわかりますかね?」
「とはいえ、女性は司祭になれないはずだが……?」
「ええ、でもなんというかあくまで向けってだけでそうじゃない人が参加しても構わないんですよ」
「ああ、なるほど……」俺はそこで言葉を切った。俺は荒川運輸を後にしてコナーと二手に分かれた後、向かったの夢奈がいるであろう実家に向かった。彼女は午後に都内に出て新居の準備をするから午前中の間だけ話をするということになった。
「それがクリスマスの……」
「前です。ええ、扉の前に置いた朝ご飯が残ってて……」
「夢奈、その朝ごはんは手付かずだったのかな?」俺は頭に引っかかっていた棘を引っ張り出した。夢奈はきょとんとすると眉をひそめた。
「どうなんでしょう……母さんが言うには姉さんは一口も食べてなかったって」
「いやそうじゃない、お盆にいろいろと皿を置いていたんだろう?それが扉の前に置かれていたわけだ。置いた場所にそのまんま置かれていたのかって聞いているんだ」
 夢奈はあっと声をあげて考え込んだ。彼女は腕を組んで眼を閉じた。俺は彼女をまるで噴火寸前の活火山を見るように見守った。彼女は瞼をあげた。
「それは母に聞かないとわからないでしょう、でももし仮に置かれていた場所のままだったら姉さんはその上をまたいで行かないといけない。でも姉さんがそうするとは思えません。脇にどかしておくでしょうね。それにその日だけ食べなかった理由がわからないですし……」
「考えれば、その日に出て行ったというわけじゃない。いなくなった日はその日だとわかっているだけでいつ出て行ったのかはわからないというわけだ」
「……じゃあいつ姉さんは……」その後の言葉を俺が続けた。
「出て行ったのか、それはわからない。君は彼女とろくに話していないし、君の母親もそうだ。父親も……期待は出来まい。ということはそのずっと前に出ていてもおかしくはなかったというわけだ」
「でもその前に出ていたらそれはそれでわかりませんか?例えばその日の前日の夕飯だって無くなってたら……」
「となると彼女は夜中か早朝に出て行った、だが物音も立てずに海外旅行用のトランクを持っていけるか?中身が空とはいえあの手のトランクはかなり音が出る」
「待ってください、トランク?」彼女はやや前のめりになった。カーディガンの隙間から見える胸元の白い肌に目が惹かれたが無理に戻した。
「海外用のトランクだ。父親が使っていたのを彼女は持っていったらしいんだ。だが一方で何を持っていったのかが分からない。少なくとも彼女の部屋を見た時、ごっそり持って行かれていた物がなさそうだったしな、下着も然り」
「……」彼女は椅子に背を預けて天井を仰ぎ見た。そして視線を戻した。
「何も持っていかずにトランクだけ……どうして?」
「一つ考えているのは彼女は外部の人間から助けてもらったんじゃないのかってことだ。だからトランクだけ持って行って中身はその外部の援助者が用意すれば」
「でもだったらトランクだってその人に用意してもらえばいい話じゃないですか?」
「……その通りだ。全く」俺は彼女の言葉に半ば頭をぶんなぐられた気分だった。確かにわざわざデッドウェイトになりえる海外旅行用のトランクなんて持っていく必要はないのだ。
「その、こういうのもなんですけど、その外部の人って誰なんです、利人さんですか?」
「いや、彼じゃない。引きこもってから彼も没交渉だったんだ。それにラインでの会話が途切れて連絡がつかなかったからな」俺は言葉を切って続けた。
「だから教会の人間か学校の友人の誰かが手助けしたんじゃないかって思っている。だがそれもどうかってところだ。そのトランクの件もそうだ。ただの家出と考えるにはあまりにもイレギュラーが多すぎる。そもそも引きこもりがいきなり家出するのか?その引きこもりの理由もいまいちわかっていない、何もかもが筋道だっていないんだ」そして心の中で付け加えた。そして家族の中には捜査を邪魔しているのもいる、と。
「そういえば、何か家族に調査のことで何か言われたか?」と、俺は言った。彼女は一瞬顔を暗くし、直ぐに表情は戻ったもののどこか心配そうに眉をひそめた。
「実を言うと、父に何を話したのかは聞かれました。でも何も話していないと言ったんです。あともし彼が来ても何も話すなって……」
「ふうん……」俺は唇を湿らせた。すでに頭の中で一つの仮説が浮かんでいた。だがその仮説はあくまで経験と憶測の混合物でしかない。だがそれでも当たってみる価値はある。
「そういえばその時は平日の昼じゃなかったか?彼は普通に仕事中だと思うが」俺の言葉にああ、それはと夢奈は答えた。
「実を言うと父は昼までも家に帰ってくるのが多いんですよ。それについてはどうしてって聞いた事は無いのですが、まあでもそう言われてみれば……」
「なるほどな」と、俺は言った。
 いずれにせよ、まだ調べる事は多い、それに一度資料をひっくり返さねばなるまい、
 それも見て胸糞悪くなる資料を。

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