フェンリル娘と始める異世界生活

召喚主エムペドクレス

エピソードの総文字数=3,383文字

ッハ!!
風呂に頭までつかり息を止め限界まで耐えきったあとの一息のような開放感。

先ほどまで頭をじんとさせていた長時間労働の疲れが吹き飛んでいる。

あれ?寝てたか。
こんなにすっきりするのは10時間以上眠れた時にしか感じたことがなかったからそう思ったシューマだったが、はっきりとしてきた視界を確認するにしたがって、今の状況が常識のものでは測れないのだとゆっくりと認識されていった。
現代にはそうそうない、例えるならばお城の玉座といった風情の空間。

高そうな柱が何本も立っており、その間には1枚数百万もしそうな緑でふちどられた赤色のタペストリーが所せましとかかっている。

シューマの現実感がボロボロと崩壊していく。

お目覚めかしら?ボーヤ。
シューマはとっさにムッとした。声の主は若い女のようで、いつの間にか30になったシューマよりもだいぶ若く感じる。そんな女性に坊やと呼ばれる筋合いは無い。

その声の主。目の前にある階段の上方から聞こえてきた。

どんな状況であっても自らを侮る存在に対しては敵対心を持ってしまうシューマだった。

いまがどんな状態だったとしても。

誰がボーヤだってーーーー。
言いながら階段の上の方を見上げるシューマの視界に、その少女が映った。
赤い、いやピジョンブラッドの髪の女の子が豪奢な椅子にゆったりと腰掛けている。

その少女は火に包まれていた。火が周りを飛び交っていた。

魔法のような光景に一瞬頭に霞がかかるほど放心しかけるが、持ち前のローテンションでそこを乗り切った。

それからもう一度観察してみるとその火は少女を一切焼くことなく、存在しているのだ。通常そんなに近くに火を置くと嫌でも焼けるものだが、”ここ”では違うのだろうか。

粘質の火はぞろぞろと這いまわり周りににらみを利かし、彼女が敵視したそんざいに即座に襲いかかることは容易に予想がついた。


”ここ”はそういうのがまかり通るところなのだ。

異世界なのだ!

そう瞬間的に判断するシューマ。

そしてそれは傲岸不遜に椅子に座った少女に裏打ちされる。



あなたにとっての異世界へようこそ。

といってもこのわたくし様が呼んだのだから、光栄に咽び泣いてもいいくらいよね。

ほら泣いて見せてよ。

言葉に喜びといら立ちが等分含まれた奇妙な声色で話す少女。

その理由をシューマは窺い知ることができないが、あまり目の前の少女が尊敬できる類の人間では無いことがわかった。

いきなり変な要求をしてくる人間にろくなのはいない。

あいにく楽しくも悲しくもないのに泣けないたちなんだ。悪いけど遠慮させてもらうよ。

それでねお嬢ちゃん。僕は今年で30歳なんだ。お嬢ちゃんは十代くらいだろ?

あんまり目上の人間に偉そうにしちゃダメだよ?

シューマはあくまですこしたしなめるつもりだった。

最初にこちらもちゃんと意思のある人間だということを示したかったのもある。


フフフ……。わたくし様に歳のことで言ってくる人間なんて長い間いなかったから逆に驚いたわ。そうよね。確かに私様の姿を始めてみたら10代に見えるわ。

たかが30歳の子供にそんなこと言われるなんてね。

でもあんたの今の見た目だったら10代でも通るんじゃない?

十代……?メタボ予備軍のポチャ腹の僕にそんな感想が……。

ってなんじゃこりゃああああ!

そこには十代のころですら見たことがない薄く6つに分かれている腹筋だった。

胸筋もしっかりとついているのを感じる。

大量についている感じではなく、生き残るための引き締まった動物的筋肉だと言ってよかった。一瞬だけ自分の筋肉に見惚れる。


ほぅ……
自分の筋肉をみてため息をつくシューマ。


私様は変態を呼んでしまったのかしら。

まぁいいわ。今回の練習。異世界に向かって召喚術式を展開する第一歩。

私様はじめてのサーヴァントだったけど手応えは悪くなかったわ。

次からもいかしていきましょう。

それで?僕は何かをするためにここに呼ばれたのか?


いいえ?何も。

強いて言うなら強くなる事かしら。

あんたは私様が異世界から呼んできた最初の僕(サーヴァント)なの。

普通は異世界からなんて無理なんだけどそこはわたくし様だから可能になったの。

それでサーヴァントは召喚主を守るもの。

でも私様はサーヴァントがいなくても支障がないぐらい強いの。

だからあんたもわたくし様を守っていても死なないくらいには強くなってもらいたいの。

わかった?


それには少しばかり矜持が傷ついた。

凡人であってもプライドはある。それがシューマだった。

強くなるっていうのがどういうことかわからないがやってやればいいんだろう!

せっかく異世界に来たんだ!何か目標があっても悪くないさ!

うんうん。いい意気ね。若い子はそれだから好きよ。

わたくし様のために馬車馬のように働きなさい。

細かいことはわたくし様の部下がやっとくわ。


そういえばここはやたら豪華な部屋だし、部下もいるみたいだし。

キミは何か高そうな椅子に座ってるけどいったいどういう存在なんだ?


私様のことは”魔女”でいいわ。エムペドクレスって名前もあるけどほとんど呼ばれたことは無いわ。



確かに言いにくい名前かもね。じゃあーー。
僕はエムちゃんって呼ぶよ。
なぜかそのあだ名はシューマの口からするりとこぼれてきた。

いつか使ったことがあるかのような。

ーーーーーーーー。
対してあだ名なんてものを初対面の男に言われたエムペドクレスは視線を宙にさまよわせフリーズしてしまった。


どうかした?エムちゃん。

ーーーーーーーー!!!

わたくし様をそう呼んでいいのはーーーー…………?

あれ……? わたくし様をそう呼んだ人間なんて今までいたっけ……?

びっくりした。エムちゃんが急に大声出すから。驚かさないで欲しいな。
だからエムちゃんなんて呼ばないでって!
えー。嫌だった? なんかすっごいしっくりくるんだけど……?
……なんで……?

わたくし様は嫌だって思ってない……?

どちらかというと……うれしい……?

うっ……。頭が……。

大丈夫エムちゃん?
あんた……あくまでそう呼ぶつもりなのね……。

いいわ。特別に許してあげる。

わたくし様の最初のサーヴァントなんだからそれくらいのことは許してあげなくっちゃね。


よっしゃ!美少女をあだ名で呼ぶ権利ゲットやで!
きゃっ! 何……? 大声出して……。

ーーーコホン。

それじゃあ、あんたには魔物を倒して強くなってもらうわ。

どうすれば強くなるかは自分で考えてね。方法は幾らでもあるから。

どんなことしてもいいし好きにしていいから勝手に強くなりなさい。

強くなったらご褒美上げるから

エッチなのもありですかッ!
テンションが上がったシューマは自分でも押さえられない時がある。

困ったものです。

そんなことこの私様にしようとする男この数百年であんただけよっ!?

もうっ!ちゃっちゃといっちゃいなさいっ!

ピカー!
雑なしぐさで白い光を当てられたシューマは、足元が不安定になり視界がぐにゃりと捻れるのを感じた。


うおおおおおおおおお!

さっきと同じ感覚うううううう!

僕また飛んじゃうのほおおおおおおお!!

そのままシューマは光の渦に飲み込まれどこかへと消えていった。

テンションが上がったまま。

何だったのかしらあいつ……。

異世界からの召喚なんて世界にとっても一大実験のはずなのにろくに記録も取れなかったわ……。

それに……あの時の感覚……ん。懐かしい……?

わたくし様が懐かしいなんて思うなんていつぶりかしら。

もう数百年も生きてて、差なんて何もないのに……。

エムちゃん……。

なんでだろう……。すごくドキドキしてる。

こんなにドキドキしてるのはほんとにちっちゃなころに異世界から王子様を召喚するんだって息巻いてたときくらいかしら……。

あれからもう何百年たったのかしら……。もう覚えてもないわ……。

エムペドクレスは自分がなぜ異世界に執着するのか分からないまま突っ走ってきた。

それは子供のころに異世界に王子様がいて、エムペドクレスが召喚してくれるのを待っているという妄想だった。それが数百年たった今でも根底にあった?

その妄想を半ば妄信するかのように召喚術から他の魔法へと広げていった経験があるエムペドクレスにその妄想はただの妄想ではなく隠れていた本当の想いですらあった。

ご褒美……何上げようかしら……。
そんなことをついこぼしてしまいわけも分からずかぶりを振って散らすエムペドクレスの姿があった。

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