ブラの名前

エピソードの総文字数=3,203文字

 それから気楽は、たった一人で何気ないふりをして四人の仕事の様子を覗き見たり、手が空いてそうな隙を狙っては話しかけたりして、彼女たちが本当に犯人なのか調べることにした。
 それにしても、本物の刑事などではないのだから、いったいどんな風に話しかけていいものやらさっぱりわからない。
 昨日める子が事情聴取していた時は、いかめしい顔をして横に座っているだけで良かったし、テストをやってもらっている時も、黙って時間を計っていただけなので、いざ一人で話をするとなると、緊張せざるを得ないのだ。
「ち、ち、ちょっといいかな。時間が空いてれば」
みたいに、童貞のナンパみたいになってしまうが、そこは大人の女性の優しさゆえか、あるいは刑事という肩書きの力(嘘)か、メンバーは真摯に応対してくれるというものである。
「あ、刑事さん。いいですよ。今大丈夫です。何か手がかりはあったんですか?」
 最初にそう言って手を止めてくれたのは、安藤玲であった。
 さあ、読者にも思い出してもらおう。ここでテストだ。安藤さんの容姿はどんなだったか、覚えているかな?
 ……正解は、近くで見れば見るほど、『こりゃいったいどんな作りになっているんだ』と思わざるをえないようなジャケットを軽く着こなしているのが安藤玲である。デザイナーらしくどこか気難しそうな印象も受ける。
 一言で言えば、芸術家肌の才女というのが気楽が感じたファーストインプレッションだった。
 ……う、しっかり者そう。とひるみかけた気楽であったが、こういうタイプには、単刀直入に尋ねたほうがいいだろう、と覚悟を決めて話を切り出す。
「実は、昨日書いてもらった問題、というかアンケートというか、それについて気になった点があってね。そのことで聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
「ええ、あのなんだか世界史のテストみたいなやつのことですね」
 快く返事をする安藤玲である。その反応に動揺の色はなさそうだった。ただ、彼女は直感鋭い女性のようで、併せてこんなことを聞いてくる。ぎくりとするのはむしろ気楽のほうである。
「あの、今回の事件って、何か宗教がらみのトラブルなんですか?わざわざあんなテストをやらせるなんて、不思議だったんです」
「い、いや。いろんな可能性があってね」
と、ややしどろもどろになりそうな気楽だが、ここで偽刑事っぽい態度を見せるわけにもいかない。
「もちろん、ライバル会社の宗教的なモチーフが下敷きになっている可能性もある。ただ、実際のところは私は安土さんへの怨恨の可能性も視野に入れているんだが」
 ちょっと、ひそひそ話風に語りながら、玲のめる子への姿勢を引き出してみるつもりだった。ところが、意外なことに、玲はいっさいめる子のことを悪く言おうとはしなかった。
「安土さんですか?あの人は本当に仕事ができるすごい人です!あたし、このチームに入れて心から幸せだと思ってます。安土リーダーに対する怨恨だなんて、考えられないと思います!」
 その言葉は取り繕ったもののようには見えない。気楽も驚いて、
「いや、でも、あの性格だから……、て、敵も多いなんてことはないのかな?」
とつい自分目線で話してしまう。
「刑事さんは男の人だから、女性らしさみたいなものを要求しがちなのかもしれないけど、おなじ女性から見れば、頼れる大先輩ですよ!まあ、しっかりしすぎで男役になってるのかもしれないけど」
 けたけたと笑う玲である。彼女なりに、める子が男まさりには、賛否両論ありそうなことは理解しているらしい。

「……ところで、回答してもらった件だけれど、安藤さんの答えには葬式に関する記述がなかったことが気になってね。ああ、事件には無関係かもしれないけれど、刑事というのはなんでも調べておかないと気がすまない仕事なので、気に障れば申し訳ない」
 気楽が頭を下げると、玲は全く気にした様子はなく、こんなことを言った。
「あの、なんていうか。私まだそういうお葬式みたいなのに出たことがないんです。おじいちゃんもおばあちゃんも元気だし、親戚も亡くなってないし」
 ああ、なるほど、と一応気楽も納得せざるを得ない。まだ二十代のうら若き乙女なわけだから、この長寿命高齢化社会の中で、まだ親族が誰も亡くなっていない、というのはあり得ることである。
「だから、うちの宗派のこととか、実はよく知りません。お寺もきっとあるんだろうけど、まだおじいちゃんがそういうのをやってるから、お父さんだってどこまで関わってるか」
「……なるほどね。よくわかった、ありがとう」
 会釈をして、その場を後にする。葬式の記述がなかった点に、『そもそも葬式に出ていない』という合理的な理由。安藤玲の態度を総合的に見ても、彼女がキリスト教がらみのなんらかの知識をあえて隠しているとは、気楽には思えなかった。

 次に気楽が話せたのは、ロリ巨乳の子門優羽であった。
 コンピュータに向かう作業がひと段落して、給湯室へお茶を飲みに出てきたところを捕まえる。
「いやーん。刑事さん、あたしを疑ってるんですかあ?」
 声をかけるなり、この反応である。どうやら俗世には乳のでかい女はなんとかだという俗説があるらしいが、それが当てはまるのだろうか。
 ん?乳がでかいとダメなのかって?誰もそんなことは言ってないだろう失敬な。
 乳がでかいのは『な・ん・と・か』だとしか言ってないのだから、そこは汲んでくれたまえ。気楽はまだ、全世界のグラマーな女性を敵に回すつもりはないのである。
 さて、ロリというのは、基本的は少女から幼女を指す言葉であって、大人の女性のように落ち着いて行動するにはまだ未成長である、ということになる。
 とすればすなわち、その動きは子供のように活発かつ多様にきゃわいく動き回るわけであるから、ゆ、揺れるのだな。
「刑事さんもコーヒー飲みます?はい、ど・う・ぞ!おいしくなあれ!」
と、まるで噂にしか聞かない秋葉原のメイドのような行動で、さらに気楽を打ちのめす優羽であった。
「じ、事件について、何か思い当たることはないかな?」
 とりあえずは、当たり障りのなさそうな会話から入ろうとするが、気楽としては、目のやり場に困りながら、
「ううん~。知らないですう!え~、うっそーん~、まじですかあ~、怖いですう~」
と、優羽が体をフリフリさせるたびに、別の何かがもれなくゆっさゆっさしてくるので、こちらも何かが大変なことになっている。

 ところで優羽のテストの結果は、「最終問題を全部外す」という本来なら『聖書やキリスト教に関する答えをわざと答えていない』可能性を疑わざるを得ないものなのだが、こうやって直に話せば話すほど、どうやらちょっとニュアンスが違っているのではないか、という気がしてくる。
 ああ、気楽もすでに気付き始めているのだ。
 この子門優羽という女性は、パタンナーとしては優秀なのだろうが、それ以外は、ア、ア、……アホなのではないかと思わずにはいられない。

「あたし~ザ・ニーズ好きなんですう~。歌手の福山田さんもかっこいいしぃ!あ、お笑いの人も大好き!」
 一時が万事、そんな調子である。もし、この女性が犯行現場にわざと聖書を残し、そして痕跡もなくミカエルを盗んだのだとすれば、天下随一の大怪盗か、あるいは、今のこの態度が全部まるっとごりっと嘘っぱちの演技かのどちらかということになる。
 残念ながらそれを見抜けるほど、こちとら人間観察に優れてはいないのだ。
 気楽はいろんな意味で自分の限界というやつを思い知らされることとなってしまった。
 『新世紀が通天閣だったのは、マジなボケだったのか』
 とこれまた納得の回答である。残念ながら、彼女もまた容疑者から外さざるを得ないのであった。

◆作者をワンクリックで応援!

0人が応援しました。

◆コメント欄は未記入でもOK! 公開されないのでお気軽に。

ページトップへ