放蕩鬼ヂンガイオー

6「ばいばい、サンタロー」

エピソードの総文字数=2,492文字

 深夜のオレベース。
 一階奥にある休養室の扉を開けると、くまりが冷蔵庫に背を預けていた。

「――燦太郎くん。それでいいんですか?」
「いやおまえ、まだいたのかよ。そろそろ本格的にストーカーだぞ」
「違いますっ! おじいさんに付き合ってお酌をしていたんです!」

 くまりが指差すほうを見ると、部屋の角で天甚が顔を真っ赤にして爆睡していた。
 肩に薄手の毛布がかけられている。くまりが用意してくれたのだろう。

「さんざん愚痴を聞かせられました。ヂンガイさんがいなくなるのが寂しいんですって」
「ったく、子供だなあ……」
「それ、燦太郎くんが言えるんですか?」
「ぐ」

 口をつぐむ燦太郎。
 すがすがしいくらい、まったく何も言い返せなかった。

「言えませんけどさ」
「もう一度聞きますよ。燦太郎くんは、本当にそれでいいんですか? ホンモノのヒーローと一緒に戦って、楽しかったんじゃないんですか?」
「良いも悪いも、AQがンなこと聞いていいのかよ」
「日本AQとしてではありません、姫荻くまりとして聞いています。燦太郎くんの気持ちがどうあれ、どのみちくまりに決定を覆すことはできませんから。希望を聞いても何も変わらないです。……ただ単純に、ひとりの友人として、燦太郎くんが自分の気持ちに嘘をついて苦しんでいないか、相談に乗りたかっただけです」

 燦太郎は大きくため息をついた。ばればれだったらしい。

「サンキュな。でもいいんだ」

 くまりにどいてもらい、冷蔵庫からペットボトルを取り出して水を飲む。

「子供のころからヒーローにずっと憧れてた。これでおしまいって言われて、何も感じてないっつったら嘘になる。けど、世界ではいろんな人が俺と同じようにヒーローに憧れて……でも、普通の暮らしを繰り返してる。そんな中、なんのとりえもない俺だけがヂンガイと出会って、謎の力を手に入れて、ヒーローの真似事をして平和を守って。それ自体が特別すぎることだったんだよ。元通りの生活に戻って、それで当然だ」

 くまりに説明をしているという気分ではなかった。

 なんとなくわかる。
 いま自分は、自分で自分を説得しているのだろう。

「そう……ですか」
「そうです」

 さて、と休憩室から出ようとする燦太郎。

「こんな時間だし、もう泊まってくだろ? 一階でも二階でも好きな部屋使いな。俺はいまちょっとあいつと顔合わせにくいし、少し店でボーっとしてから上がるわ」
「燦太郎くんがいいっていうなら、まあ、いいんですけど……」

 不服そうなくまり。
 お前がそんなでどうすんだよと燦太郎は手を振って笑った。

 ヒーローの真似事も、これで本当の終わりになる。

「……これで、いいんだよな」

 店内を、琥珀色の常夜灯が柔らかく照らしていた。

 浮かび上がる商品たち。
 どれを見てもヂンガイとの思い出がよみがえる。

 やはり、さっきはきつく言い過ぎてしまった。
 あのまま帰ったら、ヂンガイも気分がよくないだろう。

「うん」

 明日あやまろうと心に決め、燦太郎はレジの司令椅子に腰掛けた。


   ●   ●   ●


 無数のヂゲンが混線する亜空間。

 アイススカルに肉は無く、よって眼球の機能で物質の色を識別・感知することは出来ない。

 だが、アイススカルは理解していた。

 目前に開けた金色に輝くヂゲンこそ、放蕩鬼が根拠地にしているスピノザであると。

 アイススカルに肉は無い。よって口蓋垂の振動によって音を周囲に伝えることは出来ない。

 だがアイススカルは声を発した。目的地を発見、これより攻撃に移ると。

 アイススカルは口から吹雪を漏らし、金色のヂゲンへ飛び込むように加速した。


   ●   ●   ●

 
 ヂンガイは急に目を覚ました。
 スーツに備わった通信機が呼び出し音を発していたのだ。

 慌ててベッドを確認するが燦太郎の姿はなかった。
 時計は深夜二時をさしている。こんな夜中にどこに行っているのか分からなかったが、これなら機密の通信ができる。

 応答すると、馴染みの担当官とつながった。

「アメモリ!? どうしたのだ、帰還の時間はまだ……」

 通信相手から伝えられた返答に、ヂンガイの瞳が驚愕に見開いた。

「そんな、スピノザAQが直接……?」

 何点か受け答えを済まし、手早く情報交換を済ます。

「うん、うん。すぐ戻るのだ。また連絡するから、うん」

 通信を切ると、ヂンガイは大急ぎで荷物をまとめ始めた。

 押入れに片付けてあったクッキー缶をひっくり返し、中に収納していたヂグソーを全て開放する。すぐさまヂグソーのコントロールを得て、自身の周囲に浮遊させた。

 ついでに旅行用のバッグも引っ張り出してきて、土産にもらったDVDやら何やらを強引に押し込んでいく。
 さらに部屋を何度か見回すと、お気に入りのマグカップとタオルケットを見つけてそれも一緒にバッグへと放り込んだ。

「えっとえっと……あたし、何もお返し持ってない……」

 時間がない。

 ふと、ちゃぶ台の上に食べ残しのおでん缶が見えた。後で食べようと思ってとっておいた玉子が残されている。

「それあげる!」

 あとで食べてくれと、心の中で念じて荷造り完了である。

 バッグを担いで廊下を駆け下りる。 

 静まり返ったオレベース店内に入ると、燦太郎がレジに深く座ったまま眠っていた。

 ヂンガイは勢いあまって前を通り越したあと、すぐに引き返して燦太郎のすぐ隣に近づいた。

 少しだけためらってから、燦太郎の首元に顔を近づける。
 息をひそめて呼吸を一つ。

「このにおい、忘れないのだ」

 ヂンガイはすぐに顔を離して、いまだ目を覚まさない燦太郎に対して歯を見せて笑った。
 表情はぎこちないながらも笑顔だが、その目元には涙が浮かんでいた。

「ばいばい、サンタロー」

 それだけ言うとあらためて駆け出し、ヂンガイは夜の秋葉原に消えた。

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