もしも敬虔な女子高生が〈神は死んだ〉のニーチェ作『ツァラトゥストラ』を読んだなら

『悪魔のごはん』

エピソードの総文字数=2,261文字

(しかばね)を背負い、歩き始めたツァラトゥストラ。

だが、まだ百歩も進まないうちに一人の男が忍び足でやってきて、彼の耳に囁く……。なんと、その男はあの、『綱渡り師』を飛び越した道化であった。
「この街から出ていけ。おう、ツァラトゥストラ」と道化は言う。「ここにはあんたを憎んでる奴が多すぎる。人が良くて正しい連中にだって、あんたは憎まれてる。連中、あんたのことを自分らの敵だと、自分らを軽蔑してやがると思ってる。正しい信仰をもってる信心深いやつらが、あんたのことを民衆に対する危険だと言っている。よかったじゃないか、みんなに笑われて、だって、現にあんたの話し方は道化みたいだったんだからな。よかったじゃないか、あのくたばった犬っころと手を結んだのは。そんな落ち目なざまだったから、今日のところはあんたは助かったってわけなんだからな。だがこの街からは出て行け。──さもなきゃあ、おれは明日あんたを飛び越すぜ。おれは生き延び、あんたは死ぬのさ」。そう言い終えると、男は姿を消した。
「なんですかこのひとー、最初、親切に警告してくれているのかと思えば……」
「本当に悪魔みたいな道化ですわね。しかもこの最後のところ、これは脅迫にあたるんじゃありません?」
「『明日あんたを飛び越すぜ』という部分だな、それをすると飛び越されたのは落ちて死ぬらしい、もしそうだとすると、『みたいな』ではなく、本当に悪魔なのかもしれないな」
「ツァラさん、死んじゃわないですよね?」
「さあ、それはどうかな? 神も死んでしまったぐらいだしなあ」
「えー、もう、やめてくださいよぅ」
こんなところで死んでしまっては冒頭で物語が終わってしまう。もう少しは長生きしてもらいたいころだ。

さて、そんな悪魔的道化師の忠告にかまわず、(くら)い小路をさらに歩いていったツァラトゥストラは街の門のところで墓掘り人たちに出会う。彼らはツァラトゥストラの顔を認めると、ひどく(あざけ)り笑うのだった。
「ツァラトゥストラが死んだ犬を背負って出て行くぜ。けなげなこった、ツァラトゥストラは墓掘り人になったってわけだ。そりゃあおれたちの手はこんな腐れ肉にふれるにゃあ綺麗すぎるからな。ツァラトゥストラは悪魔の食い物をくすねようって算段か? けっこうじゃないか! たっぷり味わえよ! まあ、悪魔がツァラトゥストラより上手(うわて)の盗人じゃなければいいけどな! ──悪魔なら、お前ら二人ともかっぱらって喰っちまうぜ!」。そして彼らは声をそろえ、頭をすりつけあって笑った。
「んもー、嫌な人たち。ツァラさん、こんな街からはさっさと出てっていいんじゃないですかね」
「物言わぬ同行者がもし口を聞けたら、そういったかもしれないな」
「そういえば、さっきの悪魔の道化師もこの墓堀り人たちも、落ちた人のことを犬扱いしてますわね。死んだら犬になってしまう、なんてことあるのかしら」
「さてなあ、ただ、昔から犬は人間に従順でよいペットとされているしな。この男どもは自分より弱い者を隷属的と見下して犬っころ扱いしているんだろうと思うが」
「わんこだって可愛いですよ!!」
「うむ、それは僕もそう思う。彼らは可愛いものを理解できないのだ」
猿は苦手でも、カエルと犬は好きらしい栞理である。
「まったく、ほんと世も(すえ)ってかんじ。末人(すえじん)とはよく言ったものです!」
末人(まつじん)、な」
一応は訂正しておく栞理であった。

その後、ツァラトゥストラはとぼとぼと歩き続け、ふと空腹であることに気がつく。
「飢えがわたしを襲ってくる」、とツァラトゥストラは言った。「盗賊が襲ってくるように、森と沼のほとりで、飢えに襲われている。この真夜中に。」
「つられて飢えが私を襲ってくる! ダイエット中だと言うのに、この真夜中に!」
「お菓子まだありましてよ、どうぞ♪」
「わあい☆」
「デブってもしらないぞ?」
「もー! 先輩たちもお菓子バリバリ食べてるじゃないですかー! それで何でデブんないのか不思議ですっ!」
「僕たちは摂取した糖分を脳の活動につかっているからさ」
「えぇー、そんなことできるんですかあ?」
「たしかに頭を使っているときは甘いものほしくなりますわね」
「きっと、必要としている器官に優先的にエネルギーが回るようにできているのさ」
「……私は、ウエストや二の腕がエネルギーを必要としているんですよぅ、きっと……。

むぅー……(涙)」

「頭の体操や適度な運動もしたほうがいいぞ……。


 ともあれ、ツァラ殿の空腹は不意に襲ってくるらしいな。

 いつも考え事をしていて食事を忘れてしまうタイプなのだろう。

 そういえば、兄もそんなタイプだったなぁ」

「栞理だってそうじゃない。しょっちゅう昼食わすれてますわよ?」
「ん、そうだったか?」
「だめですよ、規則正しい食生活は健康の基本なんですから」
「うー、それ以上痩せられたら困りますぅ。ちゃんとゴハンたべてくださーい!」
「ひとみちゃんはご飯忘れるなんてことはなさそうで安心ね」
「け、健康には気を配ってますからっ!(´;ω;`)ブワッ」
飢えたツァラトゥストラを差し置いてご飯談義に花が咲く彼女たちである。


さて、健康に気を付けているかどうか、かなり不明なツァラトゥストラと、もう健康どころか命すら失ってしまった背負われの屍は無事食事にありつけるのか。

そして何より、冒頭の悪魔の予言は成就されてしまうのだろうか。

ツァラトゥストラの余命やいかに。

このあたりは、また、次回のお楽しみとさせていただこう。

〈つづく〉

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